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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第六章 地下組織《労働組合》
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武装蜂起

「さぁて……イッてみようかい」


 薄暗い指令室の中、カンナは不敵な笑みを浮かべた。縦横にマス目の切られた戦況マップだけが、明るくライトアップされている。


 両者の戦力は駒の形をとって盤上に並んでいた。

 完全な布陣を敷く相手方に対し、組合側には歩ばかりが目立つ。なんとも頼りない陣容だが、座布団に胡座をかいて座るカンナにはまるで気にした様子がない。


 歩のひとつを取りあげ、前に進める。


「6六歩」


 ぱちん、と。

 乾いた音が指令室に響く。

 何系統もの通信機器に囲まれたエレナが、インカムのマイクに澄んだ声を吹きこむ。


「6番隊、前進願います」


 15人構成の歩兵部隊には1から9までの番号が振られている。

 その6番隊が先陣となって進攻を開始した。


 こちらの一手目に応じて、先方も行動を開始する。

 これだけの戦力が街中で動いているのだ。奇襲作戦というわけにはいかない。双方が万全の体勢で挑む総力戦だった。戦場となる市街地も住民の避難は完了し、人気のないゴーストタウンと化している。


 エレナは前線から届けられるいくつもの報告を総合して、敵の動きを導きだした。静かな声で盤に向かうカンナに告げる。


「第2手、3四歩ね」

「ふふン、角ミチを開けてきたか。定石どおりだナ、つまらん」


 そう言って、カンナは布陣の中に1枚だけ存在している「銀」に手をかけた。


「3手目だワサ。6八銀」


 エレナは口元にマイクを引き寄せ、言った。


「社長――出番ですわよ」


    ◇


 通信機からエレナの声が聞こえてくる。

 ジークは機械の殻に包まれた体を立ち上がらせた。待機状態スタンバイ・モードに入っていたパワード・スーツは一瞬だけ渋ったものの、すぐに良好な操縦性を取り戻した。


『みんな、準備はいいか?』


 近接回線で伝えると、了解という意味の青いシンボルが視界の端に出現する。数は15個。小隊の人数と同じ数だ。


 肩のハード・ポイントからアサルトタイプのパルス・レーザーを外して、手の中に持ってくる。数十キロはある金属製の銃身も、パワード・スーツのおかげで軽々と取りあつかうことができた。


 背後で、都市迷彩に彩られた動甲胄が、それぞれの武器を構えるのが見える。

 後ろを向く必要はなかった。パワード・スーツはマツシバの動甲胄とは違って、自由に動く“首”というものを持っていない。そのかわりに装着者は、特殊な視覚変換機を通して360度あらゆる方向を同時に見ることができるのだ。指揮をするにはうってつけの機能だった。


 ジークは遮蔽物となっていた雑居ビルの陰から進みでて、すぐ後ろにいるアニーと、14人の強者たちに向けて声を張りあげた。


『行くぞっ!』

 ホバーの噴射を大地に叩きつけて、16体の装甲兵は宙に舞いあがった。


    ◇


 他のどこよりも早く、ジリオラの部隊は交戦を始めていた。

 飛行ユニットを装備して空中を自在に飛びまわることのできる彼女たちは、前線をかきまわし、足の遅い歩兵部隊の到着まで敵の進攻を遅らせるという役目を負っていた。空中にいるということは、地上の敵にたいして有利な攻撃ポジションにつける反面、格好の標的になるということも意味している。


 無数の発光弾が撃ちあげられ、闇の中に黒い機体が浮かびあがる。執拗な十字砲火がジリオラたち飛行兵を追いまわす。


 左翼に展開していた一騎が、火線にふれてバランスを崩した。

 体勢を立て直すこともできず、そのまま地上へと落下する。6枚ある姿勢制御翼スタビライザーのひとつが、完全に砕け散っていた。あれでは飛行をつづけるのは無理だろう。


 ジリオラはピンを抜いた手榴弾グレネードを敵の一隊の中に投げ落とした。

 もうすぐ味方の歩兵部隊が進攻してくる。幸運ならば、回収されることだろう。ジリオラはそうなるように願った。


 戦闘が開始されてから、隊の人数はもう半分にも減っていた。

 だが、まだ仕事は残っている。レシーバーから聞こえてくる指示に従い、ジリオラは6枚の姿勢制御翼を操って次のエリアへと機体を向けた。


「おーシ、おし」

 カンナは嬉々とした声ではしゃぎ、閉じた扇子でぴしゃりと膝をはたいた。


 思惑通り、前線は膠着状態に陥っていた。

 展開した歩兵同士が向かい合い、お互いに牽制しあって動けない地域が幅広く存在している。

 敵の本陣より飛来した「飛車」「角」の大駒が戦線を切り崩そうとして飛びまわっているが、「金」や「銀」という足の遅い機甲部隊の到着を待たなければ成果を上げることはできないだろう。

 こちらの「飛車」は、いまのところ揚動と攪乱だけに専念している。


 一方で、混乱する前線を尻目にやすやすと侵入を果たした敵部隊もある。

 2枚の「歩」を付き従えて、1枚の「銀」が突入してきていた。

 前線を抜ければ、本陣まではまったくの無防備だ。阻むものはない。


「サァって……ウチの大将にも働いてもらおうかい」

 カンナは盤の中でひときわ大きな駒に手をかけた。「姫」と書かれたその駒を、一歩前に進める。


「5八姫」


 その一手を受けて、オペレータ席のエレナがマイクに告げる。


「ラセリア姫、ご出陣願います」


    ◇


 彼女がその場に現れたことで、戦場の雰囲気はがらりと変わった。

 ローブの裾をひらめかせ、背筋を伸ばしてたおやかに歩くさまは、その場にいる誰もの目を惹きつけた。

 引き金にかけられた指はそのままの形で凍りつき、敵も味方も関係なく、誰もが手を止めて彼女の姿を見つめる。


 ラセリアは戦場のちょうど中央に立つと、ぐるりと顔をめぐらせた。

 敵の部隊の全員にたいして均等に視線を向けてゆく。

 その視線は遮蔽物に隠れて見えないはずの相手にまで及んでいた。

 全員が全員とも、動甲胄のバイザー越しに心の奥を見透かされるような視線を感じて身をすくませていた。


 敵の小隊長にたいして、ラセリアはゆっくりと話しかけた。


「あなたがたは、なんのために戦っているのですか?」


 声をかけられた小隊長は、ここが戦場であることも忘れて立ちつくしていた。

 驚くのも無理はない。暴動を鎮圧するために出動してみれば、そこに先代の社長が現れたのだ。つい半月ほど前まで自分が仕えていた相手だ。


 ラセリアは小隊長の胸の徽章に目をとめた。


「首都防衛課のサイトウですね?」

「ラセリア社長……い、いやラセリア様、どうしてこのような場所におられるのですか? ま、まさか貴方がこの暴動を首謀されたなどということは――?」


 ラセリアは軽くうなずき、それから問いかける。


「もういちど聞きます。あなたがたは、なんのために戦っているのですか?」

「それは……」


 彼は言葉を詰まらせた。

 この出動は上層部からの命令である。

 つまりは、カサンドラの命ということだ。彼とて、カサンドラの行いには腹に据えかねるものもある。

 だがこのマツシバに仕えて二十余年、業務命令は絶対にして唯一のものだった。


「カサンドラは海賊と結託し、このマツシバを我が物にせんという気です。あなたがたの力をわたくしにお貸しください。このマツシバの未来のために」


 小隊長は震える声で聞き返した。


「し、しかし……。それが事実だという証拠は……」

「残念ながら、ここに示せるものは何もありません」

「それでも信じろと言われるのですか?」


「いいえ。誰かの言葉ではなく、ご自分を信じてください。自分の判断を……。あなたがたは、なんのために戦っているのですか?」

「それは……」


 サイトウは沈黙した。


 ラセリアはふたたび部隊の全員に視線を向けた。

 40人はいる全員の名前を、ひとりずつ呼びあげてゆく。ひとりの間違いもなく、ラセリアが全員の名前を呼びあげたとき、小隊長であるサイトウは、腹の奥から声をしぼりあげるように言った。


「わかり申した! 我らが戦うは、このマツシバがため! このサイトウ! これより貴女の護衛に入りまする!」


 サイトウは自分の部下たちに向かって叫んだ。


「意を得た者は、引きつづき儂の指揮下に入れ! そうでない者はただちに本陣に帰投し、本部の支持を仰げ! 以上!」


 その言葉があがっても、ひとりとして動く者はいなかった。

 ラセリアの顔に微笑みがもどる。


「いいのですか? 手当は出ませんよ」


 サイトウはバイザーを上げ、にっと笑った。


「なぁに、貴女が社長にお戻りになられた暁に、たっぷり賞与を頂きますれば」


    ◇


 カンナはひとり、ほくそえんでいた。

 最初に手に入った3枚の駒を皮切りにして、戦力は続々と増えつつあった。「姫」で取った駒は手持ちにできる――それがこのゲームのルールなのだ。


 「歩」のみで支えていた戦線が崩壊するころには、「銀」や「金」はいうにおよばず、「角」といった大駒でさえ手の内に入ってきていた。


 それらがすべて、踵を返して敵の本陣へとなだれ込んでゆく。戦力の多くを盗み取られた敵側は、対処に追われて攻め入る勢いを失っていた。圧倒的不利からはじまったこの一局だが、盤上の戦力を見る限りもはや互角だった。


 盤面を凝視しつつ、カンナはつぶやいた。


「サて問題はだ……。あッチの隠しダマだが……」


 そのつぶやきにこたえるかのように、エレナがレシーバーに耳を寄せた。


「えっ? 4一……に、なあに? アンドロイド?」

「ほいほい、アンドロイドね」


 カンナは事も無げにそう言うと、じゃらじゃらと駒の入った箱の中に手をつっこんだ。


「4一、アンドロイド……っと」


 草書体で「ア」と書かれた手製の駒を、敵の「玉将」の横に並べる。


「敵さんもようやくホンキになってきたかい……さあジーク、突進だ」


 ぴしりと音を立てて、一枚の「銀」が敵陣に進攻した。


    ◇


「うわわっ!」


 叫び声を上げて、ジークは身をかわした。

 眼前に迫ったアンドロイド兵は、突進の勢いで何本かの並木をへし折っていった。生木の倒れる雷鳴のような轟音があたりに響きわたる。


 地面に転がったジークに、べつの一体が鉄球を振り回しつつ迫ってくる。

 1トンもあるような鉄球をぶつけられては、パワード・スーツの装甲など紙細工のようなものだ。


「ジークっ!」


 アニーの声が飛ぶ。

 大口径のレール・キャノンを腰だめにしたアニーは、アンドロイド兵に向けて撃ち放った。


 ニュートロニウムを《完全剛体》で被覆したマツシバ製の徹甲弾は、厚さ1メートルの鋼板を貫通する威力を持っている。だがアンドロイド兵は、その直撃にも耐えた。のけぞった頭部が振り子のようにもどり、眼窩に赤い輝きが復帰する。


 戦車をも一撃で撃ち抜く砲撃を眉間に加えても、一瞬の機能停止を誘うことしかできない。


「ったく! 警備部の連中、よくこんなのと戦ってたな!」


 ジークは起きあがりざま、腰のラッチから手榴弾を外した。

 ピンを抜いて2まで数えるあいだ、ホバーを全開にして滑るように左右にステップを踏む。アンダースローで放った手榴弾は、狙いたがわずアンドロイド兵の足元に転がりこんだ。


 吹きあがった爆発に、アンドロイド兵の体が足元から照らしだされる。

 対人用の弱々しいものではない。地雷にも匹敵する炸薬量の込められた対パワード・スーツ用のやつだ。


 地面にできたクレーターの中から、アンドロイド兵は平然と這いだしてきた。ジークの位置を見定めてから、鋭いダッシュをかましてくる。


 直進的な突進を、横によけてかわした。

 視覚変換機の360度の視界の中に、もう一体のアンドロイド兵の相手をするアニーの姿が飛びこんでくる。鈍重なことで知られるマクスジェン社のパワード・スーツも、アニーにかかれば妖精のように軽やかに宙を舞う。


 ジャンプを補助するための低出力ホバーを無駄なく使いこなし、ほとんど着地せずに空中で自由自在に姿勢を変化させる。

 「足を常に下に」という空中姿勢のセオリーなどおかまいなしだ。


 突進してくるアンドロイド兵を背面飛びの要領でやりすごし、くるりと身を返してレール・キャノンで狙い撃つ。

 その反動さえも、空中姿勢の制御に使われていた。


 視界の隅で、14個のシンボルが黄色からグリーンに色を変える。それを合図にして、近接回線に音が飛びこんでくる。


『隊長! 連れてきやしたぜ!』


 数体の動甲胄が木々のあいだを抜けてきた。

 その後ろから、木々をなぎ倒してアンドロイド兵が追ってくる。別の方角からも、同様にアンドロイド兵を連れた一隊が出現する。


『ようし! 散開!』


 合図とともに、隊員たちはホバーの出力を最大にして舞い上がった。目標を見失ったアンドロイド兵は眼窩のランプを明滅させて困惑していたが、ジークを見つけるや嬉々として突進を再開した。


 前からの2体も、それに加わる。


 前後左右、4方向から突進してくるアンドロイド兵たちに、ジークはスーツの中で冷や汗を浮かべていた。手の中にある赤いボタンのついたスイッチ・ボックスを握りしめる。


「信用してるからな! カンナっ!」


 アンドロイドを充分に引き寄せておいてから、ジークはスイッチを押しこんだ。

 はぜるような音とともに、4体のアンドロイド兵の内側から激しい炎が噴きだした。眼窩から関節から、装甲の繋ぎ目から――。青白い炎を噴いてアンドロイド兵は燃えていた。いや実際は爆発しているのだ。あまりにも強固な外殻が、四散するのを許さないだけのことだった。


 赤いスイッチボックスは、アンドロイド兵の持つ自爆機構を外部から操作するためにカンナが作りあげた特殊装備――《他爆装置》だった。有効半径は10メートルで、しかも使用は一度きりというのが実用における問題点だ。


「やったね! ジーク!」


 ジークの隣にアニーが軽やかに着地する。

 アンドロイド兵を誘導して誘導するという役割の隊員たちも、ジークの周りに集まってくる。視界の隅に映るシンボルが、誇らしげな色で揺れている。


 一息つくひまもなく、スーツの中の回線に呼び出し音が飛びこんできた。司令部に直結された指揮回線だ。


『こちら司令部。シルバー1。どうぞ――』


 安直なコードだが、それがジークの部隊の識別名だ。


『こちらシルバー、アンドロイド兵4体を自壊させた。――ところで、オレたちが“1”になったってことは、例の作戦はうまくいったのかい? どうぞ――』

『ええ、お友達ができましたわよ。シルバーは2までです。それからラセリア姫、社長のすぐ後ろ――ブロック4五まで迫ってますわ』


 ジークは思わず後ろを振り返った。

 だが見えるはずもない。戦略マップ――カンナがにらんでいる盤面――の1ブロックは、一辺が2キロで構成されているのだ。


『現在、そちらに向かって新たなアンドロイドが進攻中、座標は5三、4二、6三、計12体』

『じ、12体だって?』


 ジークは思わず声をあげていた。

 4体でも苦戦したというのに、12体とは――。しかも頼みの綱の《他爆装置》は、もう使えないときている。


『司令部よりの指示を伝えます。シルバー1は4三へ進攻。入陣せよ。以上――』

『シルバー1、了解――』


 ジークはそう言って通信を打ち切った。

 考えてみてもはじまらない。自分たちは駒なのだ。進めと言われれば、進むのみだ。

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