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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第六章 地下組織《労働組合》
19/333

13番倉庫

 足元の雪を踏みしめながら、ジークは倉庫の入口に立った。


 剥げかけたペンキで、大きく13番倉庫と書かれている。たしかにここだ。指定された場所に間違いない。


 コンテナを出し入れするための巨大な鉄の扉は、ちょうど人が通れる大きさだけ開けられていた。まるでジークを招いているかのようだ。


 追いつめた男たちを横取りされたジークたちが、とぼとぼと部屋に帰ってみると、一通の手紙が《ヒーロー》宛てで届いていた。場所と時間を指定の上で、《ヒーロー》――すなわち、ジークひとりで来るようにと書いてあった。


 ジークは左の手首を口元まで持っていった。「いまから入る」と、コミュニケーターに声を吹きこむ。ジリオラとアニーは、同じ港湾ブロック内で待機中だ。


 汗ばむ手を握りなおして、ジークは倉庫の中に足を踏みいれた。外よりもわずかに暖かい空気が、寒さに慣れきった頬をなでてゆく。


「誰もいないのか!? 約束通り、ひとりで来たんだぞ!」


 張りあげた声の残響が、がらんとした倉庫の中を何度も往復する。


 ジークはさらに数歩、足を進めた。

 外からの光が照らしだすぎりぎりの境界線まで進み、ふたたび足を止める。闇の中に目を凝らそうとすると、足元を照らす光の帯がすうっと細まっていった。


 鉄扉の閉まる重々しい音が、背後から聞こえる。

 周囲は完全に闇に包まれた。


 風を切る音とともに、闇の奥から何かが飛来してくる。

 音だけを頼りに、ジークは横に飛んで身をかわした。だがそれは最初から狙っていたように、空中で方向を変えてジークの足首に巻きついてきた。


「うわっ!」


 叫んだ時にはすでに遅く、ジークの体は空中に吊りあげられていた。


 明かりが灯る。

 逆さ吊りになりながらも、ジークは自由になる両手で目を覆った。


「不甲斐ない。これが異世界の《ヒーロー》とやらか!?」


 男の声には、聞き覚えがなかった。


「オレは《ヒーロー》なんかじゃない」


 ジークはむっとしながら声の主に言いかえした。

 ようやく薄目が開くようになる。痩せた体に刃物のような気配をまとった男だった。顔は般若の面に隠されて見えない。


「楓よ――こやつ、ここに来てから何度死んだ?」


 一陣の風が吹くとともに、男の背後に黒塗りのプロテクターをまとった女が現れる。

 海賊たちをさらっていったあの女だ。


「4度は死んでおりまする」


「この者、ラセリアの頼りとする《ヒーロー》とやらに間違いないのだな?」

「御意」


「おいこら、勝手に話を進めるな。《ヒーロー》じゃないって本人が言ってるだろ! 本人が!」


 ジークの言葉など耳に入らないかのように、般若の面の男と楓と呼ばれた女は小声で話しあっていた。

 ややあって結論が出たのか、顔を空中にいるジークに向ける。


「認めよう。お前は《ヒーロー》などではない。ただの少年だ」

「やっとわかってくれたか……」


「ならば我々が話すことは何もないな」

「わかったなら、とっとと下ろしてくれ」

「それは出来ぬ。我らの顔を見た者は、生かしては返さぬ決まりだ」

「ち、ちょっと待て! それっていったい――」

「楓――」


 命じられて、女は細長い刃物をどこからか取りだした。

 投擲ポーズを取って、ジークに狙いをつける。胸の中央やや左寄り――心臓の位置だ。


「待て! こら待て! おいってばおい!」


 逆さ吊りになったまま、ジークは体を左右に揺り動かした。


「せめてもの情けだ。一発で仕留めてやれ」

「はっ」

「待アあぁッたぁァ!!」


 女が投擲を行おうとした、まさにその瞬間――。

 倉庫を揺るがすような大音声が響きわたった。


 開け放たれた倉庫の入口。

 雪明かりを背にして、女たちのシルエットが浮かびあがる。5つの人影のうち、いちばん小さなひとつが前に歩みでる。


「うちのノビタくんを、返してもらうゾ」

「ノ……ノビタ君だぁ?」


 逆さになったままで、ジークは尋ねた。いっとき覚えた感激もどこかに飛んでいってしまっている。


「20世紀末に実在した、史上で最も情けない男の子の名前さね。お使いのひとつもできないオマエにゃぴったりだワサ」


 般若の面をつけた男に顔を振りむけ、カンナは言った。


「それで? あんたが組合長かい? 地下組織《労働組合》とやらの?」


 男はうなずいた。


「さよう。わしが長だ。だが感心せんな。犠牲は少なくてすむように、仏心を出したつもりなのだが……」


 組合長の言葉に、アニーが喧嘩腰で応じる。


「はんッ! あたしたちまで消そうっていうの? やれるもんならやってみ……あっ、やっぱりやめて……ごめんなさぁい」


 体を回して振り返ってみれば、アニーは背後に立つ男によって喉元に刃物を突きつけられていた。どこに隠れていたのか、仮面に顔を隠した男たちが何人も現れて、女たちを取り囲んでいる。


「それはおかしいですわ」


 ラセリアが言う。

 黒塗りの刃物に怯むことなく、足を踏みだして男たちの包囲をするりと抜ける。組合長の前まで進み、ラセリアは足を止めた。


「何がおかしいと言うのですかな? ラセリア元社長」

「だって変ですもの。顔を見られたから消すというのは……」

「我ら《労働組合》は、このマツシバにあってはならぬもの。こうして見られてしまったからには、なかったことにする他ありますまい」

「でも皆さん仮面をつけてらっしゃいますもの……わたくし、まだどなたのお顔も拝見させていただいてませんのよ?」

「はっは!」


 組合長は笑った。


「そのお面を取っていただけません? 工場長?」


 組合長は、ぴたりと笑いを止めた。カンナたちを取り囲んでいる男たちのあいだにも、それとわかる動揺がつたわる。


「なんのことですかな? 工場長とは……?」

「お顔を見せていただければ、消すことにも理由ができると思いますの」

「ですから、なんのことですかな?」


 ラセリアの背後を、楓と呼ばれた女が取った。

 逆手に握った刃物を首筋に押しあて、凄味をきかせた声で言う。


「言え、組合長がお聞きだ」

「あら、木下さん」


 そう呼ばれて、楓はぎくりと身を強ばらせた。


「わたくしといっしょに、いっつもシュークリームをダメにして叱られている木下さんじゃありませんか?」


「ち、違うぞ。私はそんな――」

「もうよい。下がれ、楓よ」

「はっ」


 楓が後ろに下がる。

 皆が注目する中、組合長は般若の面に手をかけた。頭の後ろで結んだ紐をほどき、ゆっくりと顔から面をずらしてゆく。


 面の下から現れたのは、人の良さがにじみ出た初老の男の顔だった。


「ほら、やっぱり工場長でしたわ」


 ラセリアはにっこりと微笑んだ。


「さすがは先代社長。ご慧眼、感服いたします」


 面の中に変換機構が備わっていたのか、声の質もがらりと変わる。貫禄のある太い声ではなく、ナーバスそうな高い声だ。


「オッちゃん、あんた面つけてたほうがカッコいいぞ」


 カンナに言われて、組合長は照れたように咳払いをした。


「ところで……聞かせてもらえますかな? 諜報部でさえ知り得ぬ組合長の正体を、どうして知っておられたのかということを」

「あら、簡単なことですわ。だってわたくし、姫ですもの」

「は、はぁ……」


 答えにならない答えに、組合長は曖昧にうなずいた。


「あのぅ……。ところでそろそろ……その、下ろしてほしいんだけどな」


 場に張りつめていた緊張がとけるのをみて、ジークはおずおずと声をかけた。

 長いこと吊り下げられていたおかげで、頭に血がのぼってぼうっとする。


「甘えてんじゃないわよ。自分でやんなさい。銃、持ってるんでしょ?」

「あ、そっか」


 ジークは腰のホルスターから銃を引き抜いた。足首に巻きついたロープに先に狙いをつける。

 引き金を引こうとしたところで、地上からふわりと黒い人影が飛びあがってきた。片手だけで梁の上に体を引きあげる。


「それでは切れませぬ。完全剛体の自在鞭ゆえ」


 鳥のように身軽な彼女は、フェイスガードをはずしてみればとびきりの美少女だった。年頃もジークやラセリアとさほど変わらない。


「わわっ!」


 梁にからみついた鞭がほどかれると、ジークの体は空中に投げだされた。わけのわからないうちに、ジークは楓に抱えられて地面に立っていた。


「なっさけないなぁ、ほんとにもうっ」


 怒ったように言うアニーを無視して、ジークは組合長に言った。


「それで? わざわざオレを呼んだのには、理由があるんだろ?」

「それか……? 力を、試そうとしてな……」

「力を?」

「異世界の《ヒーロー》とやらの力が、本当にドラマでやっておる通りなら……」

「ドラマだって?」


 ジークは横にいるラセリアに顔を向けた。


「公共放送で流しているヒーロー・ドラマのことですわ。銀河のあちこちで拾った放送電波を、すこしずつ繋ぎあわせて1本の話にしているんですの」

「生身で宇宙艦隊にも匹敵するというその力。もし真実ならばと思ってな」


「だからオレはそんなんじゃないんだって……」

「そうそう。こいつはただのノビタくんだワサ」

「ノビタくんでもない! オレはオレだっ!」

「そんでもってサ。もし《ヒーロー》の力が手に入っていたら、どうするつもりだったんだい?」


 カンナがさらりと核心をついた。


「社の未来を愁いて集いし、我ら《労働組合》。隠密をそのむねとせんがため、その戦力はわずかなものよ」

「革命でも起こすつもりか?」

「いいや、何もせん。この戦力差では負けは必至だ。警備部のおもだった部署は、すべてカサンドラのやつに掌握されておる」

「あの4人はどうした?」

「いま洗いざらい吐かせているところだ。だがカサンドラが海賊と結託していることは、もはや明らかな事実。それだけで充分。社員をないがしろにしたその罪、万死に値する」」

 《労働組合》の面々が、組合長の言葉にあわせてうなずく。

「だが、いまは動けん。時を見定め、しかるべき時に――」

「なりません」


 断固とした口調だった。

 ラセリアはその場にいる全員の顔を順に見て、そして言った。


「いま動かねば手遅れになります。あなたがたの力――どうかお貸しください」


 ラセリアの滅多に見せない真摯な表情に、組合長は気を呑まれたように立ちつくした。


「しかし――」

「なァなァ――」


 言いかけた組合長の脇にカンナが並ぶ。服の裾を引っぱるカンナに、組合長はうるさそうに顔を向けた。


「なんだ?」

「問題は戦力差だけなんダロ? なら話は早い。私がなんとかしてやろーじゃナイか」

「何をどうするというのだ? ポケットから秘密兵器でも出してくれるのかね?」


 カンナにしてはめずらしく、投げつけられた侮蔑を受け流した。


「その程度の戦力差なんざ、作戦しだいでどうにでもなるワサ」

「その程度……と簡単に言ってくれるが、どれだけの差があるかわかっておるのか? 将棋でいえば、6枚落ちで戦うようなものぞ」


 その言葉に、カンナの目が光る。


「ほほぅ……あんた、将棋はヤるほうかい?」

「自慢ではないが、わしに勝てる者はそうはおらんぞ」

「どうだい? 私と1局、ヤってみるかい?」

「いまここでか?」

「いま、ここでだワサ」


 組合長はしばし考え、口を開いた。


「よかろう。おい、誰か盤と駒を持ってこい。ひと組くらい、詰め所にあるだろう」


 床板がめくられると、地下につづく階段が現れた。ひとりが飛びこんでゆき、待つほどもなく、折りたたみ式の板と箱に入った木製の駒を手にして戻ってくる。


「ねぇ……カンナってば、いったい何をやるつもりなの?」

「オレが知るかよ」


 小声で聞いてくるアニーに、おなじく小声で返事をする。

 カンナに付きあう組合長には何か思うところがあるのだろうが、それはジークにはわからない。


 コンクリの地面に座布団が敷かれ、即席の対戦場ができあがる。

 どっかと腰を下ろし、カンナは言った。


「よっしャ、じゃあヤるかい。オッちゃん、先手でいいヨ」

「ほほう、余裕だな?」

「それからァ……と」


 手際よく自分の駒を並べた終えたカンナは、そこからいくつかの駒を抜き取った。手の中でちゃらちゃらと鳴らしながら、抜き取った駒を組合長に向けて差しだす。


「ほれ、これもやるワサ」

「ほ、ほう……」


 組合長は頬をひくつかせた。


「言い忘れたかな? このわしに勝てる者は、そうはおらんと。ニュートキオ地区の代表を、ここ十年はやっておるのだぞ?」

「ふぅん……じゃあもう少しハンデやったほーがいいかね。銀も持っていくかい?」


 カンナの陣地に残った駒は、「歩」と「王将」のほかは「金」だけになってしまう。


 チェスや将棋といったゲームには、「駒落とし」というルールがある。

 実力の違う者が対戦する場合に、駒を抜いたり、さらにその駒を相手に渡すことによって、お互いの実力差を埋めるためのルールである。だが普通は「桂馬」か「香車」あたりの小駒を1、2枚落とすだけだ。「飛車」や「角」といった大駒を落とすのは余程のことで、この場合のように「飛車」「角」「銀」「香車」の6枚を落とし、さらに相手に渡してしまうなどということは、プロと素人の対局でも見られる光景ではなかった。


 隙間だらけになった自分の陣地を見て、カンナは満足そうにうなずいた。


「うンうン。まァ《労働組合》の戦力ってな、こんなもんだろ。さっ、はじめよーか」


 ジークはカンナの真意をようやく悟った。持ち駒をお互いの戦力に見立て、戦略シミュレーションを行おうというのだ。


「よかろう。だが手加減はせんぞ」


 勝負がはじまった。

 序盤のうちは、圧倒的な優勢をもって組合長が攻めこんでいた。だが1枚の「歩」がカンナの手に渡ったところで、流れが変わりはじめた。駒と駒の交換を重ねるうちに、1枚の「歩」が「香車」に変わり、さらに「金」へと変身する。


「ホイっ、角もーらいっと」


 大駒である「角」がカンナの手に落ちたところで、圧倒的不利に思えたこの勝負も先行きが見えなくなってきた。

 対する組合長は、眉間に縦皺をよせている。


「口ばかりではなかったようだな。だが相手が攻めこんでこなかったら、どうする? たとえばこう――矢倉を組んできたならば?」


 そう言って、組合長は「玉将」の隣に「金」を動かした。

 その後の数手を使って、「玉将」の周囲に堅牢な砦を築きあげる。


「さあ、どうする?」

「あと38だワサ」

「なに?」

「なんでもナイ。ほい、歩をここナ」


 一手打つごとに、カンナは数を数えつづけた。

 カウントが30を切り、20の前半に差しかかる頃になると、組合長の額に汗が浮かぶようになった。


「ほい、こいで18」

「ううむ……」


 腕組みをしたまま、組合長は動かなくなった。

 5分、そして10分。

 プロテクターを脱いで普通の格好になった楓が、冷めきったお茶を入れ替えにはいる。彼女はプロテクターをつけているときよりも、スーツでお茶汲みをしているほうが似合っている。


「ねぇ、いったいどうなってるの? あいかわらずカンナのほうが駒がすくないまんまだよ?」

「オレに聞かれたって、わかんないよ」


 饅頭を茶菓子に緑茶をすすっていたエレナが、横から説明をしてくれる。


「長考にはいったということは、何手も先を読みにかかってるってことね。組合長さんも、なかなか達者な方のようだから……最後まで読みきるつもりなのかしらね」


 エレナはカンナとたまにゲームをしている。チェスならばかなりの腕前だ。

 さらに数分。

 全員が固唾を呑んで見守る中、組合長は大きな声で宣言した。


「まいった! 18手先で詰みだ」

 ギャラリーのあいだから、不満気なざわめきがあがる。

 ジークも含め、誰もが釈然としない顔をしている。晴々とした顔で納得しているのは当事者ばかりというありさまだ。


「なんだ? どうしたお前たち? 何が不満だ」

「我らには、勝負の行方がわかりませぬ」


 組合長のとなりで控えていた楓がそう言った。


「なんだ、そんなことか。こうして、こうして、こうなって――」


 駒をつぎつぎと動かしていった。

 砦の一角に穴が穿たれ、そして「玉」の隣に魔法のように「銀」が出現する。


「これで、詰みだ。わかったか?」


 鮮やかな手並みに、ギャラリーが感嘆の声をあげる。


「実際のトコは、コッチにゃ飛車と銀が増える。紹介するワサ、飛車のジリオラに、銀のジーク」

「えっえっ?」


 ジリオラに腕をつかまれて立ちあがらされて、ジークはうろたえた。組合の面々の視線を熱く感じる。


「その小僧が銀か?」


 組合長の隣にひかていた楓がうなずく。


「ふむ。まあよかろう。そこの女は、飛車に間違いないのか?」

「おうともサ」


 カンナが請け合う。


「ふむ……」


 組合長は腕を組んだ。目を閉じて、しばし考える。


「よし」


 開眼して、言う。


「その話、乗ろう」


 その言葉に歓声をあげたのは、なぜか《労働組合》の面々だった。

労働組合のニンジャ少女、楓さんは、シリーズのだいぶ先に再登場します。6巻(話)「ひとかけらのレイディ」までお待ちを!

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