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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第五章 リコール
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大4畳半にて

「あたしはぜったいに反対だかんね」


 コタツにどっぷりとつかりながら、アニーが言った。


 4畳半ひと間。この惑星マツシバで社員に支給される社宅としては、最低ランクの居住スペースにあたる。


 寒々として殺風景な部屋の中、ジークたち5人はひとつのコタツに足をつっこんでいた。場所がないのでカンナはジークの膝の上だ。


「支払いの見通しが立たない以上、すぐにでも手を引くべきよ! いますぐにね!」


 体の前に抱いたカンナを盾にして、ジークは消え入りそうな声で抗議した。


「でも引き受けた仕事を途中で放りだすわけにはいかないだろ? 契約だってあるんだし……」

「あら社長、契約書には政権……いえもとい、業務権が変わった時のことについても明記してありますわよ」


「なんだって?」

「なんらかの事由により、ラセリア・デュエル・マツシバが代表者たり得なくなった場合、本契約は破棄されるものとする――ああ、お茶がおいしい」


 エレナは契約書の1項をそらで言ってみせた。最後のはお茶をすすって出た言葉だ。


「なるホド、だからあのネーちゃん、なんも言ってこなかったわけか。会社人だったら、契約が無効になったらとっとと帰ると思うわな、フツー」


 ジークの膝の上でミカンの皮をむきながら、カンナがうなずく。


 株主総会の多数決をもって、ラセリアは社長を解任されていた。新しく彼女の役職は、適正その他から判断した結果、工場のライン労働ということになっていた。今日も朝から近くの工場に働きに出ている。


 筆頭秘書のエドモンド氏をはじめとして、ラセリア派と呼ばれていた局長、部長など要職についていた面々は、ほぼ全員が配置転換をさせられていた。空いたポストは、もちろんカサンドラの子飼いの部下が引き継いでいる。


「しかしまァ、あのネーチャン。2週間も経つのに消しにきてないトコを見ると、以外といい人だったんじゃないかね?」


 カサンドラによるラセリア暗殺の可能性もあった。ジークたちが住みこみでガードしているのはそのためだ。


「ねぇジーク、もう帰ろうよ。ここにいたって、もうすることないよ。新しい社長は契約の更新をするつもりはないみたいだし……」


 アニーが言いかけたところで、足音が聞こえた。


「ただいま、ですわ~」


 襖を開けて入ってきたのは、ラセリアだった。ねずみ色のコートを小脇にかかえ、もう片方の手には大きな紙袋を下げている。失敗作のシュークリームの山だ。


「ひとりで帰ってきたのか?」

「はい?」


 コートをたたむ手をとめて、ラセリアはジークを見た。


「帰るときには連絡をくれるようにって……言っといただろ?」


 ジークは難しい顔をしたまま、自分の手首を指ししめした。

 同じ型のコミュニケーターが、ラセリアの手首にも巻かれている。


「あら、こんなに近くなのに迎えにきてもらうなんて……。そんなこと、申しわけなくてできませんもの」

「だから申しわけないとかそういうんじゃなくて……君の安全のためなんだってば!」


 船に戻らず、こうしてラセリアの部屋に居候しているのも、すべて身辺警護のためなのだ。

 仕事先まではついていけないが、行き帰りと日常の生活はカバーできる。ラセリアの仕事場は、歩いて3分の距離にあった。


「ねえねえ、お説教するのもいいんだけどさ……」


 アニーがコタツの下で足をつついてくる。


「寒いなか帰ってきた大家さんを立たせといて、自分はぬくぬくとコタツに入っているつもり?」

「あっ、ごめん!」


 ジークは慌てて立ちあがった。

 遅すぎるとは思いつつ、自分の座っていた場所をラセリアに譲る。ラセリアは嬉しそうにうなずくと、コタツに足をすべりこませた。


「ほい、これも」

 ひょいと、カンナを渡す。


「ああ……、あたたかいですわぁ」

「私ゃネコかい。これッ、冷たいんだから、なつくなッてーの――うひゃっ!」


 服の中に手を入れられたカンナが、おかしな悲鳴をあげる。

 部屋の中がにぎやかになったところで、ジークは階段を上がってくるもうひとつの足音に気がついた。

 その足音はためらいがちに廊下を進んでくると、襖の前でぴたりと止まった。ジークは顎をしゃくって、ジリオラに合図した。


 壁に張りついたジリオラは、片手で銃を構えながら一気に襖を開け放った。


「まあっ、エドモンドではありませんか」


 そこに立っていたのは、スーツを着た初老の男だった。ラセリアの元で執事を務めていた老人である。全員の視線を向けられて、彼はぺこりと頭を下げてみせた。


 30分もしないうちに、何人もの来客があった。

 全員が全員とも、ラセリアを慕って集まってきた元臣下の連中だ。ただでさえ狭い部屋に10人以上もの人間が詰めこまれ、足の踏み場さえない状態である。


「お前さんなどまだましだ。家族計画のセールスがどうした。わしなど清掃課だぞ。若造どもにまじって毎日ゴミ集めだ。ああ腰が痛い」


 作業着姿の元警備局長が、エドモンド氏をつかまえて愚痴を言う。


 カサンドラは社長に就任するやいなや、ラセリア派に属していた者をひとり残らず更迭していた。

 重要なポストには自分の腹心を配置し、着々と基盤を固めつつあった。

 それにくらべ、いまや等しく平社員となってしまったラセリア派の者たちは、何の手も打つことができず、新しい職場と生活に追われるありさまだった。


「はーい、おまちどーさま! 湯飲み足りなかったから、お隣さんから借りてきちゃった」


 盆を持ったアニーが、襖を足で開けて入ってくる。


「ああ、わたしが配りましょう」


 腰をあげて盆を受け取ったのは、いつかラセリアの説教を受けていた大気部長、ハセガワだった。平社員に降格されたおかげで現場に復帰できた彼は、ひとり溌剌とした雰囲気を発散している。


「いやしかし、カサンドラの振る舞いは、腹に据えかねるものがありますな」


 お茶を受け取った人事部長が、ひと口すすってそう言った。その言葉に全員がうなずく。話題がそのことになると、誰もが声をひそめるようになった。


「これは資源局の知り合いから聞いてきた話ですがな。なんでも使途不明の《力素エネルギー》が、少なからず出ておるようですぞ。調べようとしたところ、上からストップが掛けられたとか……。しかもカサンドラ社長直々に」


 痩せた通信局長が、それに相槌を打つ。


「出社もしないで、宮殿から仕事の指示を出しているという話も聞きましたな。噂では男を引っ張りこんで同衾しとるとか……」

「へぇーっ! やるじゃない」


 お茶を配り終えてジークの隣に戻ってきたアニーが、感心したように言う。


「ずいぶん不真面目な社長なんだな。よくそれで支持されたもんだ」


 ジークが言うと、明かりでも落としたかのように部屋の雰囲気が暗くなった。


「私どもの力が至らなかったばかりに……」

「気にする必要はありませんよ。わたくしがポチ……いえ、《星鯨》を止められなかったのがいけないのです。はい、これでも食べて元気だして――ね?」


 うつむいて反省をはじめた元重役たちに、ラセリアはいたわりの言葉をかけながら自分で作ったシュークリームを渡してゆく。


「ラセリア様……」


 中には涙まで流す者もいた。

 悔し涙なのか、それとも感動の涙なのか、ジークにはわからない。


「そういえばジーク殿。これはさる筋から仕入れた話ですがな……なんでも、繁華街のある酒場に、夜な夜な怪しげな男どもがやってくるとか、こないとか……」


 ラセリアの手からシュークリームを受け取ったエドモンドが、ひと口かじりながらジークに言った。ジークは眉をあげて聞き返した。


「怪しげな男?」

「はあ。どうも話によると、この星の者ではないそうなのです」


 確信がなさそうな口調だが、わざわざジークの耳に入れるということは、それなりに確信を持ってのことなのだろう。

 ジークはエドモンドに言った。


「オレたちに調べろって言うんだな? いいよ。場所を教えてくれるかい?」

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