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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第五章 リコール
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星鯨との鬼ごっこ

 《星鯨》と遊ぶこと、小一時間。


 《サラマンドラ》は持てる推力のすべてを振りしぼっていた。

 遊びのコツを覚えてきたのか、回を重ねるごとに《星鯨》の照準は正確さを増してゆく。

 ビームが至近距離を通過してゆくこと数回――ついにアニーが悲鳴をあげる。


「もおダメっ! もうおしまいッ! 姫さんに言って! はやく早くぅ!」

「そんなこと言うなよ。向こうはまだ遊び足りないみたいだぞ? もうすこし付きあってやれって」


 日頃の仕返しとばかりに、ジークは意地悪く冷やかした。


「あっだめっ! そこダメっ! あっ、あっ! あァーっ!!」

 叫びながらも、アニーは両手両脚を駆使して船を操っていた。

 舌を巻くほどの操船技術で、わずかに残された安全地帯に飛びこんでゆく。


「あと30秒ってトコロかね」

「いや、オレは20秒が関のやまだと思うぞ」

「あんたらねぇっ! 言ってなさいよ! 道連れにしてやるからっ! 道連れにして死んでやるんだからっ!」


 きいきい声で怒鳴りながら、アニーは乱暴な動作でスロットルを全開域に叩きこむ。


「おいカンナ。ああは言ってるけど、どう思う?」

「べつに死にゃあせんと思うゾ」

「せっかく直ったばかりなのに! 冗談じゃないわよ! また壊すなんて! いいからとっとと姫さまに言いなよッ! あんた早いのだけが取り柄なんだからさッ!」

「なッ――なんのことだよっ! だいたいそんなの、やってみなきゃわかんないだろっ!」

「オイオイ――」


 カンナに言われて、ジークははっと我に返った。


「お、おほん……エ、エレナさん、例のやつの用意をよろしく」


 エレナはたっぷり3秒ほどジークの顔を見つめてから、「はい」とうなずいてみせた。整った指先がコンソールの上をすべるように動く。


「ポイント・デフレクター・カニさんバリア展開……」

「カ、カニさんぅ?」


 ジークはうわずった声で聞きかえした。


「ええ、だってカニさんにそっくりですもの。いけません?」

「い、いや……。名前くらい、べつにいいけど……」

「なにゴチャゴチャやってんのよ! ――ああっ、だめっ! もうもたない!」


 アニーの声が切迫したものになる。


「いやっ、だめッ! そこダメっ! あっあっ! 死んじゃう死んじゃう! 死んじゃうーッ!」


 アニーの絶叫とともに、《星鯨》の“視線”がついに《サラマンドラ》を捉えた。


 きんっ――。


 真空の宇宙に音が響いたようだった。

 直径10メートルもの途方もないレーダー波は、船体にあたる瞬間、何物かによって反射された。入射角と等しい反射角をもって、虚無の宇宙空間へと長く長く伸びてゆく。


「なッ――なに!? いま何が起きたのッ!?」


 事態が飲みこめていないアニーに、ジークは得意げに言った。


「いまのがポイント・デフレクター……。その、カ…カニさんバリアとかいうやつだ」

「カニさん?」

「ほら、これがそうですよ」


 エレナがモニターを切り替えた。船殻表面の光景が映しだされる。


「なによこれぇーっ!」


 10本の脚を持つ多脚型のメカが、ぞろぞろと群れをなして上甲板を歩いていた。全身が銀色――完全な鏡面でできている。特に背中の甲羅は完全な平面で、1枚の鏡のようだった。


「こいつが《サラマンドラ》の新装備だ。ボディも背中の鏡も《完全剛体》でできてる。さっき鯨レーザーを跳ねかえしたのはこいつらだ。対ビーム、対レーザー装備ってとこかな」

「ひっどーい! なんであたしに黙ってたのよぉ!」

「全、員……、整、列……と」


 エレナの指がキーボードを鳴らすと、数十体のカニ型メカが甲板上に整列した。


「一同、礼……と」


 まったく同じ動作で、カニたちは一斉にお辞儀をした。


「帰、投、せよ……」


 カニたちは一糸乱れぬ行進をみせて、ウエポン・ベイを次々とくぐっていった。


「かっわいーっ! ねーねー、こんどあたしにもやらせて? ねっ、ねっ?」


 さっきまで怒っていたのをころりと忘れ、アニーは目を輝かせてエレナに言った。


『あの、勇者さま?』

 スクリーンの片隅に常駐しているラセリアが、ジークに言った。

『もう終わっちゃうのって、ポチが聞いてますけど?』


「ああ、ごめん。そうだな……この訓練はもういいか。アニーとこの船を相手にここまでやれるんだから、あの海賊たちには楽勝さ。請け合ってもいいよ」

『まあ――ポチ、よくできましたって言ってくれてるわよ』


 おおおぉーん――。

 腹を揺さぶる吠え声が、宇宙空間に響いた。


『うふふっ、ポチも喜んでいますわ』

「そりゃあよかった。カンナ、次はどうする?」

「そうさね、体当たりの練習でもヤルか。名付けて“プラネット・ストライク”――けけけっ! こいつぁ凶悪だぞぅ、なんたって質量比ほぼ無限大の正面衝突だからナ」


『――ポチ? どうしたの、ポチ?』


「どうかしたかい?」

『いえ、なんでもありま――だめ、いまはだめ。だめよ、ポチ! おあずけ!』


 ただならぬ雰囲気を感じたのか、思い思いの姿勢でリラックスしていた女たちはそれぞれのコンソールに向き直っている。


「ラセリア、いったい何が――」

『勇者さま! 早く戻って! 大気圏に――いえッ! 地表まで降りてください! 早くッ!」


「アニー、全開だ! 3サーディンも使え! ラセリア――いったい何があった!?」


 指示を先に出してから、ジークはラセリアに叫んだ。


『ポチが、ポチがジャンプしようとして――ああだめ、止められない!』

「置いてけぼりはごめんだワサ」

「おい、なにやってる! 3サーディンも使えっていったろ!」

「動かないのよ!」

「ジルっ!」


 ジークの叫びに応えて、ジリオラは拳を頭上に振りあげた。

 朝、ジークを起こす時の要領で、ジリオラはハンマーのような拳をパネルに叩きこんだ。3サーディンはすっきりと目覚めた。作動ゲージに灯がともる。

 起動音が立ちあがるのももどかしげに、アニーはスロットルを突きあげた。プラスチックのストップ・バーをへし折って、その奥にあるオーバー・ブースト領域にスロットルを叩きこむ。


「何秒かかる?」


 ジークの問いに、カンナが即答する。


「250秒さね」

「減速のことは考えるな」

「なら250秒」


「ジル! リミッターカットだ! マツシバの連中の仕事を信用してやれ!」

 ジリオラがうなずいた。細心かつ大胆な操作でリミッターが取り払われてゆくと、20で止まっていた加速度計の表示がじわじわと上昇をはじめる。35を越えたあたりで、ふたたび均衡が戻ってくる。


「カンナ――何秒だ?」

「だいぶ縮まったナ。あと160秒」


 ジークはスクリーンの中のラセリアを励ました。


「がんばれ! あと2分ちょっとだ!」


 額に汗を浮かべたラセリアは、苦しげにうなずいた。


『はい、なんとか抑えてみせますわ――意地でも』

「意地でも――ときたかね。気丈な姫さんだこと。おいジーク、ここの斜面がよさそうだゾ」


 カンナが立体地図をスクリーンに呼び出した。最終減速を省いたツケは、不時着という形で回ってくる。カンナが選び出したのは、大斜面グレート・ウォールのなかでも比較的平らなポイントだった。


「アニー」

「わかってる。ポイントは――いまもらった!」

「よし」


 やるべきことをひと通り終えて、ジークはキャプテン・シートに深く腰をかけた。ラセリアはスクリーンの中で必死に祈りを傾けている。青ざめた顔は、極度の精神集中をしめしている。


 おぉん、おおおぉーん――。


 宇宙の真空を通じて、《星鯨》の哀しげな鳴き声が聞こえてくる。

 聞いているだけで、こちらまで切なくなってくる鳴き声だった。


 じりじりとした2分が過ぎると、《サラマンドラ》の船殻は灼熱のプラズマに包まれた。外部視界モニターが、一瞬にしてオレンジ色に染まる。百数十秒間の加速は、流れ星に数倍する速度を《サラマンドラ》に与えていた。真空に限りなく近いわずかな大気でさえ、凄まじい摩擦を及ぼすことになる。


「船外温度、1万3000度」


 エレナの声が聞こえた。

 この減速Gの中、どうすれば言葉がきけるのだろうか。ぎりぎりと体に食いこんでくるベルトに顔をしかめながら、ジークは頭の中で思いをめぐらせた。ここが船の中心にある戦闘ブリッジでよかった。船体表面に突きだしている航行用のブリッジだったら蒸し焼きになっているところだ。もっともそちらのほうは、10年も前から閉鎖されたままだが――。


 いくつもの警告灯がまたたいては消えてゆく。

 いくらも経たないうち、点灯しているのはいつものランプ群だけとなった。重要であるがために無駄と思えるほどの冗長度を持たされた機器群である。


 130Gをピークとして、減速Gはゆるやかに下がりはじめた。シートと周囲のフレームに埋めこまれたGキャンセラーからも、過負荷のうなりが聞こえなくなる。

 ある程度まで速度が落ちると、《サラマンドラ》はすとんと一気に高度を失った。


「もうっ! バーニアがあっちもこっちもッ! せっかく直したのにぃ!」

 アニーはわめきながらも、生き残った数少ないバーニアを操って《サラマンドラ》を斜面にタッチダウンさせた。衝撃が来るが、予想していたよりもはるかに小さい。雪のような微粉末が堆積した斜面を、船は秒速数キロの速度で滑走していった。


「ジャンプが始まるゾ」

 カンナの声に、ジークは船外モニターを見た。オーロラがかかったように、空は虹色に染まっていた。絶えずうごめくマーブル模様で覆いつくされている。


 ジャンプの瞬間が訪れた。


 生まれてこのかた何万回となく経験しているのに、いっかな慣れることができない。この宇宙の外――超空間を通りぬけるあいだ、人の意識はうたかたの夢幻をさまよう。それは一瞬でも無限でもあるような、長くて短い時間だった。


 ジークはシートに座って、ぼんやりと前を見つめている自分に気がついた。目には星々の残像が残っている――ついさっきまで、光速の何千倍もの速さで星々のあいだを駆けぬけていたのだ。


 ジークは頭を揺すって、夢の残滓を振り払った。


「おい! しっかりしろ!」


 叫び声に、女たちはそれぞれの席でびくりと身をすくませた。


「あれ――あれれっ?」

「あれあれじゃない! 船体を引き起こせ! いつまで腹をこすってる気だ!」


 アニーは目をしばたきながらも操縦桿を引いた。

 上甲板のバーニアが噴射を止める。船体を斜面に押さえつけていた下方向のベクトルが消えると、船は反動でふわりと浮きあがった。主機に再点火して大気圏外に向かって上昇をかける。


「いやー、クスリもなしでジャンプするもんじゃないナ。とんでもない夢みちまったワサ」

「どんなのだ?」

「いままでの人生の走馬灯」

「たった8年分かそこらだろ」


 ジークが言い捨てると、カンナはぶすっとした顔で押し黙った。


「艦内時計で25秒が経過しています」

「それっぽっちなの? あたしてっきり――えっ?」


 スクリーンを見上げたアニーは、息を詰まらせてジークを振り返った。


「ジーク、姫さまが……」


 言われなくてもわかっていた。

 スクリーンの隅に、床の上に倒れ伏したラセリアの姿が映っている。


「このまま宮殿に向かってくれ――いや待て! あれは……あれは、いったいなんだ?」


 ジークの目は、北の地平にのぼる四角い月(、、、、)を捉えていた。

 さっきまではなかったものだ。ついさっき、ジャンプ前までは――。


 《星鯨》の口の向こうに見えるということは、それは少なくとも1000キロ単位の大きさを持っていることになる。エレナとカンナが、同時にコンソールを操作した。スクリーンに拡大映像が現れ、しばらく遅れて分析されたデータが重なる。


「一辺が2200キロの正6面体? 主成分は銅――それも純度99以上だって!?」

「スペクトルにゃそう出てるけど、私ゃ純度100と見るね。自重でちょっとは丸みが出てるけど、小数点以下6桁まで完全なサイコロ型だ。もしかしたら単結晶化かもナ」

「こんなものが自然にあるわきゃないな。ということは……」


 ジークとカンナは顔を見合わせた。


「罠か」

「罠だワサ」

『銅は……ポチの好物です』


 いまにも途切れそうな弱々しい声が、繋ぎっぱなしのレーザー回線を通して聞こえてきた。


「ラセリア! だいじょうぶなのか?」

『はい……ちょっと気を失っていたみたいです。でも勇者さま、わたくしなどのことより、早く……早く降りてきてくださいまし』


「なんだって? どうしてまた……?」

『この先に……数光年先に、ポチが同じものを見つけていて……』

「このどでかいやつと同じのだって?」

『ええ……その先にも、何光年かごとにいくつか見えていて……』

「これが何個もあるのか!」


 ジークは船外モニターをにらみつけた。

 《サラマンドラ》はふたたび軌道高度へと昇ってきていた。月ほどもある銅結晶の姿は、大気に乱されることなくはっきり見えている。


食事(、、)がすみしだい、ポチはまたジャンプします。ですから早く……』


 ラセリアが訴えようとしている内容に、ジークの意識はようやく向いた。


「ちょっと待て? そんなにすぐなのか? だってあの結晶、2000キロ以上も――」


 モニターに映る光景に、ジークは言葉をのみこんだ。


 地平の彼方に、開きつつある6枚の歯が見えていた。それぞれが数千キロもの大きさを持つはずなのに、完全に開ききるのにわずか数十秒しか必要としなかった。


 差し渡し2万キロにも及ぶ巨大な“口”にとって、たかが2千キロの銅塊など一呑みにすぎなかった。

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