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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第五章 リコール

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発射試験

 カウントを刻むエレナの声だけが、静かなブリッジに響いていた。


「3……、2……、1……、発射……」


 1万キロの下方――惑星マツシバの表面で、小さな炎が生まれた。

 それはみるみる速度を増しながら上昇をつづけ、薄い大気圏をわずか数十秒で突きぬけてくる。

 噴射炎を引きずりながら宇宙へと昇ってきた物体は、マツシバ社員の手による国産第1号のミサイルだった。


「ねぇ。なんかへろへろ飛んでるけど、だいじょうぶなの?」


 アニーが言う。

 ジークは自分の手元にミサイルの軌道図を呼びだしてみた。動かない的を狙っているにしては、多すぎる軌道修正の回数だ。


「目標到達まで、あと10秒」


 軌道上に投棄しておいた不用物デブリが射撃の的だ。ミサイルは自分のセンサーだけを頼りとして、これを破壊しなくてはならない。

 なんのことはない。自己誘導式のミサイルだ。兵器としては500年も前に確立していた技術だが、その手の技術を捨て去ってしまっていた彼らには試作品を作るのも大変だったらしい。花火職人から人工太陽職人まで、かなりの数の技術者が動員されたという。


「3……、2……、1……、ゼロ……、あら?」


 ゼロをカウントして、エレナは小首をかしげた。

 ミサイルは標的の数百メートル脇をまっすぐ通過していった。


「やっぱりハズれたか……」


 ジークはため息をついた。

 惑星マツシバでの弾薬補給は諦めたほうがよさそうだ。燃料や推進剤はともかくとして、残り少ないミサイルが心配だ。


「自爆コード、送ってやれ」

「あいサ」


 宇宙空間に人工太陽にも勝る輝き出現した。ブリッジ上部のメイン・スクリーンが瞬時に防眩モードに切り替わる。


「社長――下のラセリア姫から通信ですわ」

「出してくれ」


 メイン・スクリーンいっぱいに、ラセリアの顔が映し出される。


『勇者さま――わたくしどものミサイルはどうでしょう? 命中いたしました?』

「えっと、その……ちょっと精度に問題があると思うな」

「使いものにならないって、はっきり言ってやればいいのに」


 腕のひと振りでアニーを黙らせ、ジークはつづけた。


「だけど火力のほうはもうしぶんないと思う」


 まだ輝きつづけている光球を横目で見ながら、ジークは言った。

 これは本心だ。

 放射エネルギー量のゲージは、反物質爆弾でさえ比較にならないほどの値を示している。


「爆弾のほうに設計変更したらどうかな? きっと星でも砕けるような凄いのができると思う」


 ジークがそう言った途端、ラセリアはいままでに見せたこともないような硬い表情になった。


『それはできませんわ。たとえ勇者さまのお言葉でも……』


 なぐさめるつもりが、何か触れてはならない話題を掘り起こしてしまったようだ。助けを求める視線を女たちに送るが、4人が4人とも知らん振りを決めこんでいる。

 ジークがフォローの言葉を探すあいだに、ラセリアはいつもの笑顔に戻っていた。


『それでは勇者さま。わたくし準備にまいります……。前に回っていただけますか』


 そう言い残して、ラセリアはスクリーンから姿を消した。

 暗くなったスクリーンを、ジークは見つめつづけていた。


「バカな子だね、おマエは。星を壊せるような武器がぽこぽこ出回っちまったら、いったいどういうことになると思うんだね?」

「そうだな……」


 ジークにも、もうわかっていた。


「ねぇ、移動していいの? いけないの?」

 アニーの声で、ジークは我に返った。


「ああ……やってくれ。高度5000だ」

「ところでさ――この星って、どっちが前なの?」

「へっ?」

「だから、どっちが前でどっちが後ろなのって聞いてるの。前に回る手筈なんでしょ?」


「それは、えっと――カンナ?」

「北極だわさ」

「だ、そうだ……」

「了解」


 軽く答えて、アニーはスロットルを押しこんだ。


    ◇


 惑星マツシバには磁極はないが、前後の区別はあった。

 直径1万5000キロ、全長6万キロの円筒形をしたこの惑星は、生物学的に定義できる方向性を持っていた。


 簡単なことだ。

 すなわち――口のあるほうが前なのである。


 この惑星マツシバが《星鯨》と呼ばれる一個の生物だと聞かされたとき、ジークはさして驚かなかった。惑星スケールの生命体なら見たことがあったからだ。

 子供の頃のことなのでよく覚えていないが、意識を持つ“海”という代物に出くわしたことがある。それとの違いは、動き回るかどうかという点だけだ。驚くほどのこともない。惑星全体が丸ごとひとつの会社という事実より、まだしも常識的に思える。


「ねぇ……口ってどこ? なんにも見えないよ」


 スクリーンに目をこらして、アニーが言った。

 人工太陽の陰に入っているため、《星鯨》の北端は闇に閉ざされていた。肉眼では地表の様子を伺うことはできない。


「レーダー・スキャンに切り替えてみろって」

「んっ、……うわァ」


 アニーが感嘆の声をあげた。

 暗闇で見えなかった円筒の北端が、まるごと口だったのだ。

 電波の目で見た地表の様子がスクリーンに大写しにされている。

 生物図鑑のひとコマと錯覚しそうな映像だ。

 6枚が閉じ合わさったそれは、まぎれもなく生物の口だった。ジークはヤツメウナギとかいう地球産の生物を連想した。


「ほー、こりャすごい」


 総合科学者を自任するカンナは、興味深げに分析機アナライザーをのぞいている。


「あの歯……堆積物に覆われてるけど、その下は《完全剛体》みたいだワサ。史上、確認されたなかで最大の大きさだ。こりャ学会に報告しないとナ」


 表示されているスケールを見る限り、“歯”の1枚1枚が大陸ほどの大きさを持っていた。それが6枚もならんでいるのだ。


「なんのために歯なんてあるんだよ?」

「コイツだって生き物なんだから、食いもんを採るために決まってンだろ」

「食べものって……何だよ?」


 わかってはいたが、あえて聞いた。聞かずにはいられなかった。


「あの口径から推測するに……マァ、惑星だろうナ。それも頭から丸噛りさね」

「あら、おいしそうね……」


 そう言ったエレナを、ジークはぎょっとした顔で見た。


「ぶ、文明圏には来てほしくないなぁ……」

 丸噛りされる惑星を、思わず思い浮かべてしまう。


「社長、ラセリア姫から通信ですわ。――スクリーンに出ます」


 現れるなり、ラセリアは言った。


『あの……、口元ばかり見ないでやってくださいな。ポチが恥ずかしがっておりますわ』

「ポ、ポチぃ……?」

『はい。わたくしたちのあいだでの呼び名です。爺やたちには内緒ですのよ。勇者さまも、よろしかったらそう呼んでやってくださいな』

「あ、ああ……ポチね。わかった……」

『ところで――こちらの準備はよろしいですわ、勇者さま』


 ラセリアが待機しているのは、社長宮殿の地下深くに設けられた《瞑想の間》と呼ばれる一室だった。

 《星鯨》の脳に向けて設置された思考波レンズの、ちょうど焦点に位置する部屋だ。


 《星鯨》はテレパシーによって人と交感する。

 その能力は、ある家系の女性のみに代々受け継がれていた。金色の髪の女たちだ。世代を重ねても輝きのそこなわれない金髪は、300年前、他の祖先たちとともにこの地に漂着したテレパスの少女から受け継いだものだ。


 もっとも優れた巫女が社長を兼ねるという風習は、《星鯨》と心を交わした少女が5万3000人の漂着者を導き、《力素エネルギー》とその利用法を手にした歴史からきている。空気も水もない星に漂着した彼らが生きてこれたのは、ひとえにそのおかげだったのだから――。


『どうかされました、勇者さま?』

 じっと顔を見つめるジークに、ラセリアはスクリーンの向こうで可愛らしく首を傾げている。


「いや、なんでもない。どうだい? その――ポチのご機嫌は?」

『とても喜んでますわ。勇者さまが遊んでくれるって話しましたから……この子、勇者さまのことが好きみたい』

「そ、そう……そりゃあよかった」


 ジークはシャツの袖で汗を拭いた。猛獣になつかれる気分だ。


「アニー、ジリオラ、準備はどうだ?」

「うん、オッケー」

「ノープロブレム」


 しばらく前までさかんに聞こえていた操作音も、いまはもう聞こえてこない。

 手頃なバランス点を見つけたのか、ふたりとも手を休めている。

 主機関の推力は96パーセントも向上し、各部のバーニア・スラスターも合計で73機が故障から回復していた。

 これだけスペックが変わると、まるで別の船だ。

 推力バランスは一から調整し直さなくてはならない。


「ようし、それじゃあ始めてくれ」

『わかりましたわ――ポチ、いいわよ』


 ラセリアが言い終わった途端――。

 おぉん――と、《サラマンドラ》の船体が鳴り響いた。巨獣が吠えでもしたかのような、そんな音だった。


「なに? なんの音?」


 ぎょっとした顔で、アニーが周囲を見回した。


「メートル波が船殻を叩いた音だよ。――また来るぞ」


 ふたたび、巨獣の吠え声――。

 わりと知られていないことだが、電磁波は圧力を持っている。

 いま《サラマンドラ》めがけて放射されているのは、通常の100万倍は強力なレーダー波だった。予想していたことなので、外部入力を持つ電子機器はすべてカットしてある。そうしないと焼き切れてしまうからだ。


「これだけでも十分使えるんじゃないか? どんな電子戦艦だって、こんなとんでもないECMは持ってないぜ」

「アホかい。レーダーを無効にしたところで、こちとら惑星サイズなんだ。肉眼で見つかっちまうだろッて」

「そりゃあ、ま、そうか……。じゃあ次だ。こっちが見えてるかい、ラセリア?」


 ノイズまじりのスクリーンに向かって、ジークは言った。


『はい。よく見えておりますわ、勇者さま』

 ラセリアは目を閉じながら微笑んだ。


 《星鯨》と感覚を共有するラセリアは、いま電波の目で《サラマンドラ》の姿を捉えている。宇宙を放浪する《星鯨》は、周囲の物体を電波の目で捉える。人間がレーダーと呼ぶメカニズムを、生まれながらにして持っているのだった。


「じゃあ、やってくれ」

『はい。もっとよく見るのよ――ポチ』


 急に高まりだした電磁波強度に、まだ生きている機器がブリッジのあちこちで警告音を鳴り渡らせる。スクリーンのグラフィック表示には、細くすぼまりつつある円錐が描かれていた。広い範囲に放射されていたレーダー波が、《サラマンドラ》を中心にしてスポット状に絞りこまれてくる。


「あはッ、見てる見てる」


 アニーはスクリーンを見上げて、嬉々とはしゃぎ声をあげた。それでも手のほうは、いつでも船を動かせるように操縦桿にかけられている。


「ようし……逃げろ!」

 タイミングを計って、ジークは命じた。


 《サラマンドラ》は10Gの加速を発揮して、弾かれたように移動を開始した。急速にせばまりつつあるレーダーの輪から、飛び出すように離脱する。


「ひョゥ――見ろ、空間が発光してるゼ!」


 後部視界モニターに、《サラマンドラ》が抜けだしてきた領域が映っていた。

 あまりの電磁波密度に、真空に存在するわずかな気体分子が青白い輝きをはなっている。

 宇宙に立ちのぼる光の柱だ。


「ふンふン、エネルギー密度はと……平方センチあたり500メガワットってとこかい。計算通りだナ。これなら武器として充分な威力だワサ」


 カンナは分析機アナライザーをのぞきこんで鼻歌をうたっていた。


「充分だって? ばかいえ、こんなの受けたらどんな船だって蒸発しちまうぞ」

「《ヒーロー》の乗るような特務艦ならベツだろ。ありゃ複合装甲の一部に《完全剛体》を使ってるからナ」

「この船だって大丈夫なんじゃないの? 太陽に潜ったんでしょ? 昔さ……」

「試してみたいか?」

「やめとく」

「賢明だな」


 宇宙空間に伸びていた光の柱が、一瞬またたいてから消え失せる。


『うふふっ――ポチったら、勇者さまが急にいなくなったもので驚いてますわ。それでは、いきますわよ……。ぽーち、ぽちぽち――そら上手にやってごらんなさーい』


 鈴を転がすような声で、ラセリアは言った。

次回。星鯨との鬼ごっこです。

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