社内見学
海賊たちを超空間へと追いもどしてから、3日が過ぎていた。
ジークたちはカンナに呼ばれて、科学局の建物へとやって来ていた。この惑星マツシバの例にもれず、そこもまた凄まじい規模を誇っている。
『つぎはァ~分析部前、分析部まぇ~、材質研究部、分子化学部お乗りかえでぇ~す』
「社長――そろそろですわよ」
「うん」
「あん……あまり動かないでくださいな」
悩ましい声でたしなめられて、ジークは体を硬直させた。
身動きもできない満員電車の中、エレナの胸に埋まった顔を引きあげることもできない。
科学局のビルディングは一辺が50キロメートルほどの大きさで、内部に複雑怪奇な交通システムを備えていた。
いまジークたちが乗っている列車は、建物内部をぐるりとめぐっている環状線だ。
時刻は昼どき。
車内は白衣を着た研究職の人々で埋めつくされている。
昼食をとりに出かける飢えた人々の群れだ。乗車率は400パーセントをとうに超え、圧死者が出るかと思われるほどの混雑ぶりだった。
列車がホームに滑りこんでゆく。
ぐっとブレーキが掛かりはじめた。その荷重に、ジークの背中に張りついていたアニーが悲鳴をあげる。
「あー、もう! 胸がつぶれるぅ!」
「つぶれるほどあんのかよ?」
素直な感想だ。顔面にエレナ、右腕にはジリオラ。柔らかくて豊かなのと、硬めだが大きいのと――それら2組と比べてみた感想だ。
「なによ、このぉ」
「こ、こらっ! やめれ――やめ!」
ぐいぐいと押しつけられて、今度はジークが悲鳴をあげる番だった。
列車が止まり、ジークは人波に押し出されるようにしてホームに降り立った。息遣いも荒くまっ赤な顔のジークを、聞き慣れた声が呼び止めてくる。
「やーやー、よく来たナ」
ビーグルの座席に座ったままで、カンナが片手をあげていた。
「まあ、乗れヤ」
「ま、待ってくれ。その……、ち、ちょっとでいいから」
ジークはすがるような声で言った。自分ではどうにもならない事情により、前屈みにならざるを得ない。
「なによ、そんなにしちゃってんのに、まだナイチチだなんて言うつもり?」
勝ち誇ったように、アニーが言う。
「列車の中でナニやってたんだヨ、おマエらは……。いいから早く乗れッて。ほらっ! そこでチンチン立ててるおマエもだ!」
道行く何人かが振り返ってくる。ジークは泣く泣く車に乗りこんだ。
◇
中央分離帯のある廊下をカンナの運転で飛ばしながら、ジークたちはお互いの状況について報告をかわしあった。
この3日間というもの、科学局にこもりきりのカンナとは電話で話をしただけだ。
ひさしぶりに見るカンナの顔は、少しやつれたようだった。聞けば一睡もしてないらしい。
ハンドルを握るカンナに、ジークは言った。
「《サラマンドラ》の修理は順調に進んでるよ。やっかいなとこはもう終わった。あとは表面装甲を張り替えるだけだから、ここの技術者にまかせてきた。戻るころには終わってるだろ」
「3番はどうさね? 10G出るようになったか?」
「10Gなら、主機だけで出るようになったよ。けど3番はだめだな。焼きついちまった単周期水晶の換えがない。ここじゃまず無理だろ。まあ、だましだまし使ってゆくしかないさ」
「でもあたし知らなかったなぁ……。あの船、本当はあんな色してたんだ。純白で、とってもきれいなの」
「あら、前のラベンダー色も奇麗でしたわよ」
「エレナさん、ありゃ焼けたチタンの色だって」
「あら、そうでしたの」
「それからさ――カンナ信じられる? コンソールのパイロット・ランプ、ぜんぶ灯が入ってるんだから」
心底嬉しそうな声で、アニーは言った。
「部品がないから、あらかたはレッドやイエローのままだけどな。けど全機能が回復したのって、10年、いや11年ぶりか? 恒星の中に潜って以来だよな」
「そんなことしてたわけ!? うちの船って!?」
アニーが驚いた声をあげた。
「しかたないだろ、そういう場所に遺跡があったんだから……」
異星人の遺産というものは、往々にしてとんでもない場所にあるものだ。
「そうそう、遺失物でもって思いだしたけどサ。いやー、この星ってあの姫さんの故郷だけあって、やっぱスゲーわサ。銀河がひっくり返るようなシロモンがゴロゴロしてるぜい」
「んな大げさな……」
「いや、ホント。ざっと数えても、《完全剛体》だロ。それから《力素》だろ――」
「《完全剛体》だって?」
それジークも知っている物体だった。
異星人の遺跡でときたま発見される偽物質の一種だ。
それは物質ではないが一定の体積をもち、外部から加えられるあらゆる力に抵抗する。
理論上、破壊することも変形させることも不可能だとされている。
たった数センチほどの《完全剛体》に、一生遊んで暮らせるだけの値段がつくこともあるという。
「この星じゃあ、好きな形と大きさのモンを作り出してるヨ。ドリルの先端とか、建築資材とか、軸受けだとか……」
「そりゃあすごいな。んで――もうひとつの《力素》ってやつは?
そっちは聞いたこともないぞ」
「この星のあらゆる技術の基盤さね。わかりやすく言うと、そうさなァ……純粋なエネルギーが凝結した滴ってとこかい?」
「それって、高いの?」
目を輝かせたアニーが話に割りこんでくる。
アニーの頭を脇に押しのけて、ジークは訊ねた。
「純粋エネルギー? なんだい、そりゃ? そんなものがあり得るのか?」
「前にも言ったろ? この星じゃあ、空気も水も、太陽の光さえも造ってるッて……そのエネルギー源はどこからくると思う?」
「核融合か?」
「そんなんで足りるもんか。この星で1年間に使われるエネルギー総量、ちょいと試算してみたんだが、いったいどのくらいだと思うね? 平均的な惑星にくらべてサ」
「ええっと……」
いきなり質問をふられて、ジークは考えこんだ。
頭の中で大まかに暗算をしてみる。惑星マツシバの人口は約200億。これは平均的な惑星人口の100倍ほどに相当する。さらに空気と水と、食物の合成に必要なエネルギーを掛けあわせる。最後の項には、完全循環式の宇宙船のデータを代入してみた。
2秒ほどかけて出した答えは、自分でも驚くほどのものだった。
「2000倍、かな……」
「ハズレ! 聞いて驚くナ、実際はおマエの答えのざっと5000万倍さね!」
「5000…倍?」
「おマエそれ前にもやったろ? 5000万倍だヨ! ゴセンマンバイ!」
「あ、やっぱり……」
ジークは驚かなかった。ただ呆れた声が出るだけだ。
「ええっと、2000の5000万倍ってことは、いち、じゅう、ひゃくの――」
伸ばした指を一本ずつ折り曲げてゆくが、最後まで数えないうちに短気なカンナが邪魔をする。
「1000億倍だヨ! イッセンオクバイ!」
「ねぇ? それってけっきょく、どのくらいなわけ? ゼロが多すぎて、あたしさっぱりわかんないんだけど?」
アニーが言う。それにはジークも同感だった。
「物質――反物質反応なら2000億トン。直径2、3キロほどの小惑星ってトコだな。石油なんかに換算すれば、だいたいまあ……地球型惑星の体積とほぼ同じくらいかね」
ジークは思わず想像してしまった。
まるごと全部が石油でできた惑星、どこまでもつづく石油の大海原――。
ぶるぶるっと、体に悪寒が走る。
「それだけのエネルギーを毎年ごとに食い潰してるってわけか!? この惑星マツシバの連中は!? まったくなんて浪費だよ!」
「まあまあ、そう怒るな。文化の違いってヤツだ。ご家庭で惑星1個分のエネルギーを使っちまってんのには、それなりのワケがある。鉄やアルミニウムや炭素なんかは、地表まで析出してる純元素鉱脈から掘りだせばいいケド、水素やら酸素やら窒素やら……揮発物質のたぐいは造らにゃいかん。ひとりあたま、年間数100トンの空気が必要だからナ」
「造るって……? エネルギーから物質を合成してるってのか? まさかそんなことが!?」
「《力素》ってやつは純粋なエネルギーさ。その液体から、なんでも好きな元素が生成できる。アッ――ほら、そこで現場が見れるワサ」
カンナはそう言ってビーグルを急停止させた。
一枚板の大きなガラスの向こうで、防護服に身を固めた研究員たちが何やら作業をしていた。数メートルほどの大きなタンクと、その下部から流れるベルト・コンベアのラインが見える。近くの壁を見ると、『試料合成部、5丁目7番地16号』と書かれたプレートが貼ってあった。
部屋の中央に据えられたタンクは透明な材質で、その中には虹色の不思議な光をはなつ液体が満たされていた。
時折こぽこぽと気泡があがっている。
「あれが物質生成機さね。いま出しているのは純度100の金属だナ」
「ねっねッ! あれってもしかして金じゃないの!? ねーねー!?」
ビーグルから飛びおりたアニーが、ガラス窓にへばりつく。
ベルト・コンベアを流れているのは、黄金色をした金属の塊だった。元素番号79――金に間違いない。金塊の列が流れさってゆくと、今度は拳ほどの大きさの透明な物体がいくつも転がりでてくる。
「こんどのは炭素の単結晶だわさ」
「――ってことはッ! それダイヤモンドじゃないっ! きゃーっ! きゃーッ!」
「やかましいっ!」
耳元を突き抜ける甲高い悲鳴に、ジークは負けじと叫びかえした。
「あァ、そうだそうだ。チョット待ってナ」
言うが早いか、カンナはビーグルから降りていた。ガラス窓のわきにあるドアに向かって、すたすたと歩いてゆく。
「なにやってんだ?」
「カンナぁ! あたしの分もおねがいねーッ!」
部屋に踏みこんでいったカンナは、身振り手振りをまじえながら研究員たちと何事か話しあっていた。ややあって、係長らしき男が大きくうなずく。
合成機のパネルに取りついた研究員が、いくつかのボタンとスライダーを操作した。最後にレバーを引く。ベルト・コンベアを流れるダイアモンドの後ろに、六角柱状の透明な結晶がひとつだけ転がりでてくる。それを持ってカンナは部屋から出てきた。
ぽいと、ジークに投げてよこす。
「ほいヨ、単周期水晶。これで3番も直るだロ」
「あーッ! あたしのダイヤモンドはァ!?」
ジークは手の中にある水晶を、じっと見つめた。生み出されたばかりのそれは、まだほんのりと暖かみを持っていた。
「コイツが私の3日間の成果だ。ようやくここまで分解できたワサ」
分析台の上に横たえられているのは、骨格まで剥きだしにされたアンドロイド兵だった。
身長は3メートルほどもあるだろう。目がひとつしかないのが印象的だった。さながら神話に出てくるサイクロプスといったところか――。
分解されながらもまだ動力は生きているらしく、胸部中央にある動力炉が、びくりびくりと生物的な鼓動を刻んでいた。
「気持ちわるゥ~」
アニーはそう言ってジークの後ろに身を隠した。
ジークは背中のアニーをかばいつつ、自分もこわごわとカンナに聞いた。
「それ、だいじょうぶなのか? 動きだしたりしないだろうな?」
「本人はいまでも動いてるつもりさね。中枢に割りこんで、仮想現実の戦闘データを流してやってる。そうしてやらないと自爆しちまうからナ」
「自爆っ!?」
「そうだヨ。行動不能のダメージを受けたり捕らえられたりした場合は、自爆するようにプログラムされてる――ッて、だからだいじょうぶだってばサ! 私を信じろってェの!」
こそこそとジリオラの後ろに隠れたジークに、カンナは憤然と言い放った。
「それで……この子から何かわかったんでしょ?」
エレナは恐れ気もなくアンドロイドに近づいて、白い指先で内部のメカをつついていた。
「おうともサ。こいつを作ったのは、マッド・サイエンティスト級の科学者だ。それもかなりの大物に間違いない」
「その根拠は?」
断言するカンナに、ジークは聞いた。
カンナは得意げに胸を張った。
「分解するのに、この私が3日もかかった」
「それだけかよ!」
「いヤいヤ、他にも理由はあるゾ。例えばその鉄球だ。コイツが持ってた武器なんだけど……」
カンナは顎先で、もうひとつの台に置かれた鉄球を指し示した。
鋭いトゲが無数に生えた鉄球だ。直径にして50センチ。重さは1トンは下らないだろう。頑丈そうなチェーンが繋がっているところを見ると、どうやら振り回して使う武器らしい。
「この原始的な武器がどうした?」
「たしかに原始的だわな。でも10万馬力で振り回せば、脅威になる。まあ、んナこたァどうでもいいんだ。問題はその中にコイツの頭脳が入ってるってことだ」
「へっ?」
「だから制御中枢がその中に入ってるんだってばサ。コード繋がってんだロ?」
言われてみれば、鉄球には無数のケーブルが絡みついていた。仮想現実のデータを送っているデジタル・ラインだろう。
「いや、だけどさ――」
ジークは反論した。
「これ武器なんだろ? 振り回して使うんだろ? どうしてそんなモンに頭脳が入ってんだよ!?」
「防戦にあたった警備部の連中も苦労したらしいナ。まさか鉄球のほうが弱点とは思わなくて、頭やら胸やらを攻撃してたってサ」
「そりゃそうだろ」
ジークはその相手に同情した。
「この発想! そしてこの芸術的なまでの自爆機構! さらにコノ私の手を3日もわずらわせた技術力! 銀河広しとはいえ、こんなモンを作れるのは奴しかナイ!」
「奴? 奴って……知り合いか?」
言葉の端をとらえて、ジークは聞きかえした。
「あ、いや。こっちのコトだワサ。あッ――そうそう、もうひとつ見せたい物があったんだ。こっちゃ来い――隣の部屋にあるンだ」
カンナについて隣の部屋に移動しながら、ジークはしつこく訊ねた。
「おい、ごまかされないぞ。奴って誰だよ。まさかお前の友達じゃないだろうな?」
「よせやい――んでもってコレが、見せたかったもうひとつのモンだ」
いつか聞き出してやろうと心に決め、ジークは分析台に乗った銀色の物体に目を向けた。
「こいつは……鎧か?」
縦に2分割された外骨格が、左右に分かれて転がっていた。甲殻類が脱皮したあとに残された抜け殻のようだ。
「ここの連中が動甲胄って呼んでるもんだ。独自技術のパワード・スーツさね」
分断された断面にメカの類は見えないが、この星ではなんでもそうだった。ジークがこの星に来てからというもの、歯車だの電子部品だのといった物を見たことがない。《力素》を応用したメカニズムは、呆れるほどに単純な構造で、呆れるほどの高性能をひねりだしている。
「27番目の降下ポッドを追いかけてた連中は全滅だった。これはその現場に残されていたモンだ。――ナニか気づかないか?」
「なにって……真っ二つになってる」
「そうじゃなくてサ――」
ジークは目を凝らして鎧を見つめた。鎧は金属的な光沢をはなつ不思議な材質でできていた。《サラマンドラ》に積み込んである年代物のパワード・スーツよりも、軽くて丈夫で馬力がありそうだった。
内部のいたるところに、赤黒い染みがついている。それが着用者の血の染みだとジークが気づくのに数秒ほどかかった。
ジークは血の染みから視線を離して、鎧の頭頂から股間までを分断した断面に目を向けた。それはあまりにも鋭すぎる断面だった。あまりにも――。
「《完全剛体》か!?」
ジークは不意に理解した。
この鎧は《完全剛体》でできている。
さきほどの話で出てきたばかりではないか。この星の技術は、《完全剛体》を好きな形に成形して作り出すことができるのだと――。
「その通りさね。じゃあ聞くゾ。《完全剛体》でできた鎧を、いったい何者が真っ二つにしたっていうんだ?」
その答えを、ジークはひとつしか知らなかった。
絶対に破壊不可能な物体を斬ることができる者――それは《ヒーロー》の力を持つ者しかありえない。敵は暗黒の力を持つ《ヒーロー》、《ダーク・ヒーロー》なのだった。




