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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第四章 海賊来襲

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13/333

社内見学

 海賊たちを超空間へと追いもどしてから、3日が過ぎていた。


 ジークたちはカンナに呼ばれて、科学局の建物へとやって来ていた。この惑星マツシバの例にもれず、そこもまた凄まじい規模を誇っている。


『つぎはァ~分析部前、分析部まぇ~、材質研究部、分子化学部お乗りかえでぇ~す』


「社長――そろそろですわよ」

「うん」

「あん……あまり動かないでくださいな」


 悩ましい声でたしなめられて、ジークは体を硬直させた。

 身動きもできない満員電車の中、エレナの胸に埋まった顔を引きあげることもできない。


 科学局のビルディングは一辺が50キロメートルほどの大きさで、内部に複雑怪奇な交通システムを備えていた。

 いまジークたちが乗っている列車は、建物内部をぐるりとめぐっている環状線だ。


 時刻は昼どき。

 車内は白衣を着た研究職の人々で埋めつくされている。

 昼食をとりに出かける飢えた人々の群れだ。乗車率は400パーセントをとうに超え、圧死者が出るかと思われるほどの混雑ぶりだった。


 列車がホームに滑りこんでゆく。

 ぐっとブレーキが掛かりはじめた。その荷重に、ジークの背中に張りついていたアニーが悲鳴をあげる。


「あー、もう! 胸がつぶれるぅ!」

「つぶれるほどあんのかよ?」


 素直な感想だ。顔面にエレナ、右腕にはジリオラ。柔らかくて豊かなのと、硬めだが大きいのと――それら2組と比べてみた感想だ。


「なによ、このぉ」

「こ、こらっ! やめれ――やめ!」


 ぐいぐいと押しつけられて、今度はジークが悲鳴をあげる番だった。

 列車が止まり、ジークは人波に押し出されるようにしてホームに降り立った。息遣いも荒くまっ赤な顔のジークを、聞き慣れた声が呼び止めてくる。


「やーやー、よく来たナ」

 ビーグルの座席に座ったままで、カンナが片手をあげていた。


「まあ、乗れヤ」

「ま、待ってくれ。その……、ち、ちょっとでいいから」


 ジークはすがるような声で言った。自分ではどうにもならない事情により、前屈みにならざるを得ない。


「なによ、そんなにしちゃってんのに、まだナイチチだなんて言うつもり?」


 勝ち誇ったように、アニーが言う。


「列車の中でナニやってたんだヨ、おマエらは……。いいから早く乗れッて。ほらっ! そこでチンチン立ててるおマエもだ!」


 道行く何人かが振り返ってくる。ジークは泣く泣く車に乗りこんだ。


    ◇


 中央分離帯のある廊下をカンナの運転で飛ばしながら、ジークたちはお互いの状況について報告をかわしあった。

 この3日間というもの、科学局にこもりきりのカンナとは電話で話をしただけだ。

 ひさしぶりに見るカンナの顔は、少しやつれたようだった。聞けば一睡もしてないらしい。


 ハンドルを握るカンナに、ジークは言った。


「《サラマンドラ》の修理は順調に進んでるよ。やっかいなとこはもう終わった。あとは表面装甲を張り替えるだけだから、ここの技術者にまかせてきた。戻るころには終わってるだろ」


3番(サーディン)はどうさね? 10G出るようになったか?」

「10Gなら、主機だけで出るようになったよ。けど3番(サーディン)はだめだな。焼きついちまった単周期水晶(モノ・クリスタル)の換えがない。ここじゃまず無理だろ。まあ、だましだまし使ってゆくしかないさ」


「でもあたし知らなかったなぁ……。あの船、本当はあんな色してたんだ。純白で、とってもきれいなの」

「あら、前のラベンダー色も奇麗でしたわよ」

「エレナさん、ありゃ焼けたチタンの色だって」

「あら、そうでしたの」


「それからさ――カンナ信じられる? コンソールのパイロット・ランプ、ぜんぶ灯が入ってるんだから」

 心底嬉しそうな声で、アニーは言った。


「部品がないから、あらかたはレッドやイエローのままだけどな。けど全機能が回復したのって、10年、いや11年ぶりか? 恒星の中に潜って以来だよな」

「そんなことしてたわけ!? うちの船って!?」


 アニーが驚いた声をあげた。


「しかたないだろ、そういう場所に遺跡があったんだから……」

 異星人の遺産というものは、往々にしてとんでもない場所にあるものだ。


「そうそう、遺失物アーティファクトでもって思いだしたけどサ。いやー、この星ってあの姫さんの故郷だけあって、やっぱスゲーわサ。銀河がひっくり返るようなシロモンがゴロゴロしてるぜい」

「んな大げさな……」


「いや、ホント。ざっと数えても、《完全剛体》だロ。それから《力素(エネルギー)》だろ――」

「《完全剛体》だって?」


 それジークも知っている物体だった。

 異星人の遺跡でときたま発見される偽物質フェイク・マターの一種だ。

 それは物質ではないが一定の体積をもち、外部から加えられるあらゆる力に抵抗する。

 理論上、破壊することも変形させることも不可能だとされている。

 たった数センチほどの《完全剛体》に、一生遊んで暮らせるだけの値段がつくこともあるという。


「この星じゃあ、好きな形と大きさのモンを作り出してるヨ。ドリルの先端とか、建築資材とか、軸受けだとか……」

「そりゃあすごいな。んで――もうひとつの《力素エネルギー》ってやつは?

 そっちは聞いたこともないぞ」


「この星のあらゆる技術の基盤さね。わかりやすく言うと、そうさなァ……純粋なエネルギーが凝結した滴ってとこかい?」

「それって、高いの?」


 目を輝かせたアニーが話に割りこんでくる。

 アニーの頭を脇に押しのけて、ジークは訊ねた。


「純粋エネルギー? なんだい、そりゃ? そんなものがあり得るのか?」

「前にも言ったろ? この星じゃあ、空気も水も、太陽の光さえも造ってるッて……そのエネルギー源はどこからくると思う?」


「核融合か?」

「そんなんで足りるもんか。この星で1年間に使われるエネルギー総量、ちょいと試算してみたんだが、いったいどのくらいだと思うね? 平均的な惑星にくらべてサ」

「ええっと……」


 いきなり質問をふられて、ジークは考えこんだ。

 頭の中で大まかに暗算をしてみる。惑星マツシバの人口は約200億。これは平均的な惑星人口の100倍ほどに相当する。さらに空気と水と、食物の合成に必要なエネルギーを掛けあわせる。最後の項には、完全循環式の宇宙船のデータを代入してみた。


 2秒ほどかけて出した答えは、自分でも驚くほどのものだった。


「2000倍、かな……」

「ハズレ! 聞いて驚くナ、実際はおマエの答えのざっと5000万倍さね!」

「5000…倍?」


「おマエそれ前にもやったろ? 5000万倍だヨ! ゴセンマンバイ!」

「あ、やっぱり……」


 ジークは驚かなかった。ただ呆れた声が出るだけだ。


「ええっと、2000の5000万倍ってことは、いち、じゅう、ひゃくの――」

 伸ばした指を一本ずつ折り曲げてゆくが、最後まで数えないうちに短気なカンナが邪魔をする。


「1000億倍だヨ! イッセンオクバイ!」

「ねぇ? それってけっきょく、どのくらいなわけ? ゼロが多すぎて、あたしさっぱりわかんないんだけど?」


 アニーが言う。それにはジークも同感だった。


「物質――反物質反応なら2000億トン。直径2、3キロほどの小惑星ってトコだな。石油なんかに換算すれば、だいたいまあ……地球型惑星の体積とほぼ同じくらいかね」


 ジークは思わず想像してしまった。

 まるごと全部が石油でできた惑星、どこまでもつづく石油の大海原――。


 ぶるぶるっと、体に悪寒が走る。


「それだけのエネルギーを毎年ごとに食い潰してるってわけか!? この惑星マツシバの連中は!? まったくなんて浪費だよ!」

「まあまあ、そう怒るな。文化の違いってヤツだ。ご家庭で惑星1個分のエネルギーを使っちまってんのには、それなりのワケがある。鉄やアルミニウムや炭素なんかは、地表まで析出してる純元素鉱脈から掘りだせばいいケド、水素やら酸素やら窒素やら……揮発物質のたぐいは造らにゃいかん。ひとりあたま、年間数100トンの空気が必要だからナ」


「造るって……? エネルギーから物質を合成してるってのか? まさかそんなことが!?」

「《力素エネルギー》ってやつは純粋なエネルギーさ。その液体から、なんでも好きな元素が生成できる。アッ――ほら、そこで現場が見れるワサ」


 カンナはそう言ってビーグルを急停止させた。

 一枚板の大きなガラスの向こうで、防護服に身を固めた研究員たちが何やら作業をしていた。数メートルほどの大きなタンクと、その下部から流れるベルト・コンベアのラインが見える。近くの壁を見ると、『試料合成部、5丁目7番地16号』と書かれたプレートが貼ってあった。


 部屋の中央に据えられたタンクは透明な材質で、その中には虹色の不思議な光をはなつ液体が満たされていた。

 時折こぽこぽと気泡があがっている。


「あれが物質生成機さね。いま出しているのは純度100の金属だナ」

「ねっねッ! あれってもしかして金じゃないの!? ねーねー!?」


 ビーグルから飛びおりたアニーが、ガラス窓にへばりつく。

 ベルト・コンベアを流れているのは、黄金色をした金属の塊だった。元素番号79――金に間違いない。金塊の列が流れさってゆくと、今度は拳ほどの大きさの透明な物体がいくつも転がりでてくる。


「こんどのは炭素の単結晶だわさ」

「――ってことはッ! それダイヤモンドじゃないっ! きゃーっ! きゃーッ!」

「やかましいっ!」


 耳元を突き抜ける甲高い悲鳴に、ジークは負けじと叫びかえした。


「あァ、そうだそうだ。チョット待ってナ」


 言うが早いか、カンナはビーグルから降りていた。ガラス窓のわきにあるドアに向かって、すたすたと歩いてゆく。


「なにやってんだ?」

「カンナぁ! あたしの分もおねがいねーッ!」


 部屋に踏みこんでいったカンナは、身振り手振りをまじえながら研究員たちと何事か話しあっていた。ややあって、係長らしき男が大きくうなずく。

 合成機のパネルに取りついた研究員が、いくつかのボタンとスライダーを操作した。最後にレバーを引く。ベルト・コンベアを流れるダイアモンドの後ろに、六角柱状の透明な結晶がひとつだけ転がりでてくる。それを持ってカンナは部屋から出てきた。


 ぽいと、ジークに投げてよこす。


「ほいヨ、単周期水晶(モノ・クリスタル)。これで3サーディンも直るだロ」

「あーッ! あたしのダイヤモンドはァ!?」

 ジークは手の中にある水晶クリスタルを、じっと見つめた。生み出されたばかりのそれは、まだほんのりと暖かみを持っていた。


「コイツが私の3日間の成果だ。ようやくここまで分解できたワサ」


 分析台の上に横たえられているのは、骨格まで剥きだしにされたアンドロイド兵だった。

 身長は3メートルほどもあるだろう。目がひとつしかないのが印象的だった。さながら神話に出てくるサイクロプスといったところか――。


 分解されながらもまだ動力は生きているらしく、胸部中央にある動力炉が、びくりびくりと生物的な鼓動を刻んでいた。


「気持ちわるゥ~」

 アニーはそう言ってジークの後ろに身を隠した。


 ジークは背中のアニーをかばいつつ、自分もこわごわとカンナに聞いた。


「それ、だいじょうぶなのか? 動きだしたりしないだろうな?」

「本人はいまでも動いてるつもりさね。中枢に割りこんで、仮想現実バーチャルの戦闘データを流してやってる。そうしてやらないと自爆しちまうからナ」


「自爆っ!?」

「そうだヨ。行動不能のダメージを受けたり捕らえられたりした場合は、自爆するようにプログラムされてる――ッて、だからだいじょうぶだってばサ! 私を信じろってェの!」


 こそこそとジリオラの後ろに隠れたジークに、カンナは憤然と言い放った。


「それで……この子から何かわかったんでしょ?」


 エレナは恐れ気もなくアンドロイドに近づいて、白い指先で内部のメカをつついていた。


「おうともサ。こいつを作ったのは、マッド・サイエンティスト級の科学者だ。それもかなりの大物に間違いない」

「その根拠は?」


 断言するカンナに、ジークは聞いた。

 カンナは得意げに胸を張った。


「分解するのに、この私が3日もかかった」

「それだけかよ!」

「いヤいヤ、他にも理由はあるゾ。例えばその鉄球だ。コイツが持ってた武器なんだけど……」


 カンナは顎先で、もうひとつの台に置かれた鉄球を指し示した。

 鋭いトゲが無数に生えた鉄球だ。直径にして50センチ。重さは1トンは下らないだろう。頑丈そうなチェーンが繋がっているところを見ると、どうやら振り回して使う武器らしい。


「この原始的な武器がどうした?」

「たしかに原始的だわな。でも10万馬力で振り回せば、脅威になる。まあ、んナこたァどうでもいいんだ。問題はその中にコイツの頭脳が入ってるってことだ」


「へっ?」

「だから制御中枢がその中に入ってるんだってばサ。コード繋がってんだロ?」


 言われてみれば、鉄球には無数のケーブルが絡みついていた。仮想現実バーチャルのデータを送っているデジタル・ラインだろう。


「いや、だけどさ――」

 ジークは反論した。


「これ武器なんだろ? 振り回して使うんだろ? どうしてそんなモンに頭脳が入ってんだよ!?」

「防戦にあたった警備部の連中も苦労したらしいナ。まさか鉄球のほうが弱点とは思わなくて、頭やら胸やらを攻撃してたってサ」

「そりゃそうだろ」


 ジークはその相手に同情した。


「この発想! そしてこの芸術的なまでの自爆機構! さらにコノ私の手を3日もわずらわせた技術力! 銀河広しとはいえ、こんなモンを作れるのは奴しかナイ!」

「奴? 奴って……知り合いか?」


 言葉の端をとらえて、ジークは聞きかえした。


「あ、いや。こっちのコトだワサ。あッ――そうそう、もうひとつ見せたい物があったんだ。こっちゃ来い――隣の部屋にあるンだ」


 カンナについて隣の部屋に移動しながら、ジークはしつこく訊ねた。


「おい、ごまかされないぞ。奴って誰だよ。まさかお前の友達じゃないだろうな?」

「よせやい――んでもってコレが、見せたかったもうひとつのモンだ」


 いつか聞き出してやろうと心に決め、ジークは分析台に乗った銀色の物体に目を向けた。


「こいつは……鎧か?」

 縦に2分割された外骨格が、左右に分かれて転がっていた。甲殻類が脱皮したあとに残された抜け殻のようだ。


「ここの連中が動甲胄って呼んでるもんだ。独自技術のパワード・スーツさね」


 分断された断面にメカの類は見えないが、この星ではなんでもそうだった。ジークがこの星に来てからというもの、歯車だの電子部品だのといった物を見たことがない。《力素エネルギー》を応用したメカニズムは、呆れるほどに単純な構造で、呆れるほどの高性能をひねりだしている。


「27番目の降下ポッドを追いかけてた連中は全滅だった。これはその現場に残されていたモンだ。――ナニか気づかないか?」

「なにって……真っ二つになってる」

「そうじゃなくてサ――」


 ジークは目を凝らして鎧を見つめた。鎧は金属的な光沢をはなつ不思議な材質でできていた。《サラマンドラ》に積み込んである年代物のパワード・スーツよりも、軽くて丈夫で馬力がありそうだった。


 内部のいたるところに、赤黒い染みがついている。それが着用者の血の染みだとジークが気づくのに数秒ほどかかった。

 ジークは血の染みから視線を離して、鎧の頭頂から股間までを分断した断面に目を向けた。それはあまりにも鋭すぎる断面だった。あまりにも――。


「《完全剛体》か!?」


 ジークは不意に理解した。


 この鎧は《完全剛体》でできている。

 さきほどの話で出てきたばかりではないか。この星の技術は、《完全剛体》を好きな形に成形して作り出すことができるのだと――。


「その通りさね。じゃあ聞くゾ。《完全剛体》でできた鎧を、いったい何者が真っ二つにしたっていうんだ?」


 その答えを、ジークはひとつしか知らなかった。

 絶対に破壊不可能な(、、、、、、、、、)物体を斬ることができる者――それは《ヒーロー》の力を持つ者しかありえない。敵は暗黒の力を持つ《ヒーロー》、《ダーク・ヒーロー》なのだった。

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