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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第四章 海賊来襲

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地表の戦闘

 降下ポッドは、市街区に降りるばかりではなかった。


 放浪惑星の変則的な重力場のためか、いくつかのポッドは惑星の中央部分から離れた場所に落下していた。


 北の大斜面グレート・ウォールの中程に「27番目のポッド落下」との報を受けたとき、カワシマは己の出番が訪れたことを知った。警備局警備部・首都防衛課・第7特別機動係――それが彼の率いる部隊の呼び名だった。


 カワシマ家は名家である。

 先祖代々、首都の防衛をつかさどる要職をまかされてきた。家柄だけではない。彼自身、訓練に明け暮れた少年時代と、幾度もの死線をくぐり抜けた青年期を過ごしている。まさに叩き上げの係長なのだった。


 社の大事にあたって働きを見せなければ、ラセリア社長からたまわった動甲胄が泣こうというものだ。


 カワシマは鞘に収められた大太刀を体に引き寄せた。

 金属光沢を放つ無骨な外骨格は、音ひとつ立てず、彼の動きをスムーズにトレースしている。着ている者に重さというものを感じさせない見事な作りの鎧だった。30センチ厚のチタン鋼さえ両断する大太刀とともに、係長以上の者に支給される備品である。


「カワシマ係長、あと3分でポイントに到着します」


 彼と部下たちを乗せた浮遊艇は、目標のポッドが降下した地点に急行するところだった。艇内には、彼がみずから鍛えあげた200人の部下たちがずらりと顔を並べている。これから始まる戦闘を前にして、恐れをみせる者はひとりもいない。


「いいか貴様ら! 給料分の働きをしてみせろ! この作戦はボーナスの査定にかかわると、そう思えぃッ!」


 ボーナスの季節も近い。艇内の士気はいやがうえにも高まった。


    ◇


 岩石の転がる荒涼とした斜面が、見渡すかぎりどこまでも続いていた。


 傾いた地面に足を踏みだすまで、3度もの耳抜きを必要とした。斜度15度のこの場所は、全長2万キロにもおよぶ大斜面グレート・ウォールのほんの入口にしかすぎないそれでもすでに、大気圧は4分の1気圧を大きく割り込んでしまっている。呼吸には酸素マスクが必要だった。


 普通の球形をした天体では、表面のどこにいても重力は真下に向かって働く。だが円筒形の放浪惑星では、緯度があがるにつれて重力の働く方向が斜めに向かうようになる。地表に立つ者には、あたかも大地が傾斜しているように感じられるのだ。


 本陣に向かうカワシマに、副官である係長補佐が駆け寄ってくる。


「総員、配置につきました」

「よし、索敵開始。目標を発見しだい攻撃を加えろ。容赦するなよ」


 空中からの捜索では、ポッドは発見されなかった。だが周囲数キロ圏内に降りていることは間違いないのだ。


「しかし係長――妙だと思いませんか?」

 早足に歩くカワシマに歩幅をあわせながら、若いが有能な係長補佐は言った。


「他の地区に降りたポッドからは、すぐにアンドロイド兵が出てきたそうです。ここにはなぜ、何もいないのでしょうか?」

「さあな、落下の衝撃で故障でも起きたのか、それとも儂らを油断させる手か……。いずれにしても、見つけだして叩く――簡単なことだ」

「はっ」


 カワシマは設営されたばかりの本陣に足を踏みいれた。剥きだしの機器が山と積まれた中で、3人の情報士が次々と送られてくる報告に耳を傾けている。


「どうだ?」

「全エリアの15パーセントを探査しました。目標はいまだ発見されません」

「そうか。つづけろ」


 カワシマは折り畳み式の椅子を自分で開き、どっかりと腰をおろした。付き従う若者に、思いついたように言う。


「しかし儂らは考えようによっては幸運だぞ」

「は? なぜでありますか?」

「考えてもみろ。人も建物も施設も、ここには何もない。被害を気にせず、思う存分戦えるというものだ」

「はっ」


「他の係は苦戦しとるようだが……。ふっ、出るなら出てみろ。アンドロイドども! E兵器で吹っ飛ばしてくれるわ」

「い、E兵器を……使うのでありますか?」

「おうよ。ラセリア社長から、すでに許可はいただいておる」

「し、しかしあれは――」


 その時、情報士の切迫した声が聞こえてきた。


「G班! どうしたG班! 応答しろ!」


 カワシマは一挙動で立ちあがっていた。

 椅子を蹴立てて情報士の背後に回りこむ。


「どうした! G班に何があった!?」

「わかりません! 呼び出しに応じません!」


 カワシマはパネルのひとつに映る全隊員のライフ・マーカーに目をやった。200の光点のうち、いくつかが黒く消灯している。

 カワシマは別の情報士に叫んだ。


「G班の山側にいるのはFとHだな? その2班をG班のエリアに下りさせろ! 至急援護だ。残りの全班は現在の行動を中止。別命あるまで待機だ!」

「了解!」


 情報士が各班の班長に伝達を開始する。


「係長! G班と連絡がつきました!」

「回せ」


 動甲胄に仕込まれた指揮者用の回線に、錯乱した男の声が飛びこんでくる。


『うわーッ! 来るなっ! く、来るなーッ!』

「儂だ! カワシマだッ! どうした! 何があった!?」

『かっ、係長――助けてくださいっ! ばっ、バケモノが……バケモノがっ!』

「バケモノではない! このバカモノがッ! 貴様それでもマツシバの社員かッ! 叫んどらんで状況を報告せんか、状況をッ!」


 上司の叱責を受けて、男の声が正気を帯びる。条件反射のたまものだ。


『げっ、現在目標と交戦中! 敵はひとり――いえ、1体! アンドロイドではありません! 人間です! 黒いマントの生身の人間ですっ!』

「人間だと? 間違いないのかッ!?」

『は、はいッ! 係長ッ、指示をッ! 銃が――銃が通用しませんッ! 指示をくださいっ!』


 会話の合間にも、小銃を乱射する音が聞こえてくる。

 カワシマは考えた。――生身の人間だと? しかもたった1人だと?


「そこにムラカミはおるかっ!?」

『班長は殉職されました! 斬り殺されて――』

「よし! G班はF班の指揮下に入れ! すぐ援軍を向かわせる! 45秒持ちこたえてみせろっ!」

『はッ――はいっ!』


 交信を終えたカワシマは、マイクを置いて立ちあがった。


「全班に通達! 集結せよ!」

 そう言い残して、一歩を踏みだす。


「かッ…係長! どこへ行かれるんですか! 指揮はどうするんですかっ、指揮はッ!?」

「馬鹿者ッ! たった1体の相手に、作戦も糞もあるものかッ! 貴様もあとからついて来いっ!」


 叫ぶと同時に、カワシマは駆けだしていた。


    ◇


 物言わぬ死体が、いくつも転がっていた。


 皆、手塩にかけた部下だった。それが脳天をかち割られ、腹を裂かれて臓物を撒き散らし、はては全身をいくつもの輪切りにされて斜面を転がっているのだ。荒い砂が血を吸って、黒い染みをいくつも作りあげていた。


 ぬめつく地面に足を取られ、カワシマは転倒した。血と臓物と脳漿の海に、頭からつっこんでしまう。白銀の動甲胄が血にまみれる。


「ぬうっ」


 体をささえた手の下に柔らかいものがあった。

 持ちあげた手指に、誰のものとも知れぬ腸が絡みつき、湯気を立てていた。


「ぬおおぉぉっ!」


 鬼神のごとき形相を顔に浮かべ、カワシマはふたたび走りだした。動甲胄の倍力機構が過負荷に軋みをあげる。


 遠くに戦場が見えはじめた。

 薄い空気を通して、自動小銃の乱射音が聞こえてくる。敵は終始一定の速度で進んでいた。ただ歩き、間合いに入った者を無造作に切り捨ててゆく。


 全滅した班が3つを数えたところで、カワシマは直接攻撃を控えるよう命じていた。敵の武装はひと振りの剣だけと聞いている。遠距離からの銃撃戦に持ちこめば時間を稼ぐことができる。


「とうッ!」


 目の前の大岩をジャンプで飛び越え、カワシマは戦場に躍り出た。空中にいるあいだに、戦場の様子を目で捉える。


 集結した部下たちが隊列を組んでいる。目標を焦点とした散開隊形だ。誰からも等距離となる位置に、目標はいた。


 その男は悠然と歩いていた。


 無数の火線が集中し、1秒に何千発もの弾丸を浴びせられながら、その男は歩いていた。

 川辺を吹くそよ風にでも乗るような、そんな足取りだった。黒いマントが風になびく。スーツも手袋も、男の身につけている物は何もかもが黒一色で統一されていた。


 カワシマは目を疑った。動甲胄のバイザーには、弾丸の軌跡が連なった流れとなって映しだされている。倍感機構が正常に働いているなら、弾丸は男の体から1、2センチのところで不自然に曲がり、体にそってすべるように進んだあと、背後でふたたび元の軌道へと戻っていた。


 弾丸が男を避けているのだ。


「馬鹿なッ――!?」


 空中で華麗に1回転してから、カワシマは部下たちの前に着地した。


「か――係長ぉ!」

「撃ち方やめィ!」


 各班の班長が、カワシマの命令を復唱してゆく。何度も繰りかえす木霊が消えるころには、銃の発射音も止まっていた。

 カワシマは歩きつづける男をにらみつけて、手近な部下に命じた。


「やつを倒すにゃ、そんな水鉄砲じゃいかん! おい! アレを持ってこい!」

「は……アレと申しますと?」

「たわけが! E兵器に決まっとろうが!」

「せ、戦術力素(エネルギー)兵器……ですか? いやしかし、あれはッ――」

「バカモノっ! いま使わんで、いつ使うというのだッ!」


 たったひとりの男に押されて、部隊全体がじりじりと後退しつつあった。命じられた男は、観念したように背後の者に指示を回した。


「砲術士、前へ!」


 隊列の後方から、長い筒状の物体が数人がかりで運ばれてきた。

 ちょうどバズーカ・ランチャーをふた回りほど大きくしたような兵器だった。中に収められている弾頭は、惑星マツシバの最終兵器である戦術力素(エネルギー)弾頭だった。


 200年前に開発された当時、その威力を知った時の社長リディア・ミレル・マツシバが、以後の武器開発を禁止したといういわく付きの代物である。


「ようく、狙えよ――」


 狙いをつける砲術士の後ろに立って、カワシマは言い聞かせるようにつぶやいた。


「当てようなどと思うな。手前1メートルに着弾させろ。やつをエリア内に放りこんでやれ!」

「はっ」


 弾丸は男の体に触れることもできなかった。だが半径10メートルに効果を及ぼすエリア兵器ならば――どうなるか?


 カワシマは苛立ちを感じた。

 男は依然として歩みを刻んでいる。走りさえすれば距離を詰められるだろうに、まるで仕掛ける隙をわざと与えているかのようではないか。


「撃てェ!」


 200年ものあいだ一度も使われたことのない超兵器が、その軛を解かれて空中に躍りでた。ロケット推進で加速しつつ、狙いたがわず男の足元に吸いこまれる。


 火球が出現した。


 男も、大地も――すべてを飲みこみつつ膨れあがってゆく。光と熱が圧力をともなって、見ている者の顔を叩きつける。


 プラズマの火球は、半径10メートルに達したところで成長をやめた。巨大なボール状の球体は、下半分を大地に埋めたまま安定した姿をみせていた。まるで太陽の一部を切り出して、地面に落としでもしたかのようだ。


 人工太陽に使われているのと同種の技術が、そこには活かされていた。爆発を起こさず、恒星内部の熱と圧力を球形の空間に封じこめる。兵器として使用された場合、それはあらゆる物質を原子以下のレベルに分解する灼熱の溶鉱炉となる。


「やったぞ!」


 カワシマは拳を振りあげた。

 火球に呑まれてゆく男の姿を、確かにその目で見たのだ。


 これで火球が輝きつづける3週間のあいだ、男を構成していた原子の1個でさえ、この超高温の檻から逃れ出ることはできない。


 あの男が何者であったにせよ、終わったのだ。


 カワシマは部下たちに振り返った。喝を入れるつもりで大声をあげる。


「よしッ、撤収準備だ! 後始末にはいる! やつの乗ってきたポッドがこの近くにあるはずだ! AからJ班で捜索を行え! KとLの2班は、遺体の回収だ! かかれ!」


 部下たちの誰ひとりとして、カワシマの声に反応する者はいなかった。百数十の瞳は、ただひとつの例外もなく火球へと向けられているのだった。


 カワシマは前を振り向いて、そして見た。

 いかなる物質もエネルギーさえも通過不能なバリアの檻から、何かが突きだしていた。


「腕だよ……、ありゃあ腕だよ!」

「ウロたえるな! 馬鹿者ども!」


 どよめく部下たちを一喝し、カワシマは眼光鋭くその物体をねめつけた。輻射光で白く輝いてはいるものの、それはたしかに腕だった。


 腕につづいて肘が――。そして肩が抜けてくる。

 上半身につづいて下半身が、火球の境界面を通りぬけて出現を果たした。

 足が一歩を踏みだすと、砂利まじりの地面は瞬時に沸騰した。輝ける人型は、徐々にその色合いを変えていった。白色から黄色に、オレンジ色から赤に――温度が下がってきているのだ。


 輝きが完全に失われた時。

 そこに立っていたのは、まぎれもなくあの男だった。漆黒の闇を思わせる冷たい美貌。黒くなめらかなマントにも、風になびく長髪にも、焼けこげひとつありはしなかった。


 カワシマもその部下たちも、言葉を失って木偶人形のように立ちつくしていた。黒いマントがひるがえり、男の腕が肩の高さに持ちあがる。男の手には、ひと振りの長剣が握られていた。


「――! いかんッ!」


 気づいたときには、もう遅かった。横に一閃した剣先から、形を持たないエネルギーが放たれる。それは一文字に広がりながら、空間を渡って向かってきた。


「ぬおおおぉぉッ!」

 カワシマは両腕を広げて、部下たちの前に立ちふさがった。見えない刃を全身で受け止めようとする。


 血しぶきがあがった。


 わずかに遅れて、いくつもの悲鳴と絶叫が響きわたる。かばいきれなかった両脇の部下たちだった。


 両腕を開いた姿勢のままで、カワシマは男をにらみつけた。眼光だけで人を射殺そうとするかような鋭い視線を、男は柳に風と受け流した。


「その鎧、やはり《完全剛体》だったか……」

 男は初めて口を開いた。いくつもの絶叫が重なるなかで、その深みのある声は不思議とよく聞こえた。


「おうよ、ラセリア様よりたまわりし動甲胄。貴様ごときに斬れるはずもないわッ!」

「素晴らしい、あの者の言った通りだな。まさにこの星は宝の宝庫だ」

「何をわけのわからんことを言っておるかッ! 賊めっ! 名を名乗れっ! この鬼の特7係長、カワシマエイザブロウが成敗してくれるっ!」


 カワシマは腰の大太刀を抜き放った。

 動甲胄と同じ材質で作られた極薄の刃が、ぎらりと光を放つ。


「これから死にゆく虫けらに、語る名など持たぬ」

「虫けらと申すかァ! 舐めるなよ、若造ッ!」


 大太刀を大上段に振りかぶって、カワシマは駆けだした。男との間合いを一気に詰める。


「《ダーク・ヒーロー》の《力》も知らぬ哀れな未開人め。このブレード・カシナートに血を吸われることを光栄に思うがいい」


 カワシマが、渾身の一刀を振り下ろす。

 男は無造作に下からすくい上げた。


 カワシマの斬撃は、空を切っていた。

 大太刀はそのなかばから、すっぱりと断ち切られていたのだった。


「ばッ、馬鹿なっ!」


 高くかかげられた黒い剣が、燕返しに引きもどされる。カワシマの脳天から股間まで、ひとすじの切れ目が入った。


 妻と子――それがカワシマの脳裏に最後に浮かんだイメージだった。


    ◇


 軌道を回る人工太陽が、遠い地平に落ちようとしていた。

 破壊された通信機が紫色の煙をのぼらせている。不揃いのスペース・スーツに身を包んだ十数名の男たちは、思い思いの格好で残骸に腰をかけていた。

 足元には胸を撃ち抜かれた3名の男が、無残にも転がされている。


 彼らはただ、待っていた。


 この1時間のあいだに彼らがしたことは、救難信号を出そうとしていた3名の命を奪い、設備の一切を破壊したことだけだった。彼らの主は、それ以外のことを望まない。主の楽しみを邪魔することは、彼らの望むべきところではなかった。


 やがて日が完全に暮れ落ちた頃――。楽しみを終えて、彼らの主が姿をあらわした。男たちは主を出迎え、それから闇の中にまぎれていった。


 人も記録機械も、彼らがやってきたことを知るものは、もうなにもありはしなかった。

これで戦闘シーンは終了です。

おつかれさまでした!

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