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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第三章「過去」
101/333

突入

 天井から降りてきたレーザーガンを、ジークはレイガンの抜き撃ちで破壊した。


 警備ロボットが、高周波ナイフを振り回しながら突進してくる。

 小型車ほどのその物体を、足払いひとつで転倒させる。


 とどめも刺さずに、先を急いだ。雑魚にかまっている暇はない。

 横の通路から、一つ目玉のアンドロイドが飛び出してくる。数メートルもある巨体からいって、ギガント・タイプのほうだろう。


 ジークは慌てなかった。

 あれ(、、)の倒し方は、前に一度見ているからだ。


 眼球から発射された極太のレーザーを、見切って横にかわす。

 レーザーを片腕で巻き込むようにして引っ掴み、ぐいと――手で引き抜く。

 ずるずるとした感触が手に伝わり、アンドロイドの体内からすべてのエネルギーが抜き去られる。


 急激にパワーを消耗したアンドロイドは、がくりと膝をついて作動停止した。頭部の単眼から、光が消えてゆく。


「きりがないな、このままじゃ」


 通路の先に何体ものアンドロイドが出現したのを見て、ジークはつぶやいた。

 びちびちと――手の中で跳ねているレーザーを、雪玉を握るように、丸いボール状に押し固めてゆく。


 腕にはめたコミュニケーターに小さなマップ画面を呼びだし、現在位置を確認してから、横の壁に向かってエネルギー球を投げつけた。


 爆発が起きる。

 真空の宇宙に向かって、大穴が開いた。


 吸い出される空気の流れに逆らわず、ジークは床を蹴った。

 真空の世界を渡って、一本となりのシャフトにたどり着く。レーザーで外側から撃ち抜いて、内部に侵入する。


 そこは――どこまでもまっすぐ降下してゆく、エレベーター・シャフトだった。設計図には存在しないものだ。


 ジークはシャフトをまっすぐに降りていった。

 あるはずのない場所につづくエレベーター・シャフト――この先に、やつがいるにちがいないのだ。


    ◇


 閉じられた隔壁の、最後の一枚をレイガンで焼き切る。

 どろどろに溶けた金属を素手で押し広げて、ジークはその部屋に足を踏みいれた。


「おお――待っておったぞ」


 聞き覚えのある声が、ジークの耳に聞こえてくる。

 ジークは顔をあげた。そこいたのは、ひとつ目のミュータント――ドクター・サイクロプス、その人だった。


「まずは自己紹介をさせていただこう。我が名は――」

「その必要はない」


 ジークはレイガンを振り向けて、ドクターの口上を中断させた。

 時を越えてここまでやってきたのは、あの悲劇を取り消すためだ。

 くだらぬ口上を聞くためではない。


「せっかちだな、君は――いかんぞ、そういうのは」


 ドクターは拗ねたように口をとがらせた。

 すぐに気を取り直して、ジークに聞く。


「君の名前を聞いておこう。大宇宙の因果律が、このわしのもとに送りこんできた《ヒーロー》だ。さぞや名のある――」

「ジークだ」


 銃口を微塵も動かさず、ジークは言った。


「ジークだと――? 知らんぞ?」


 ふたりのあいだに、沈黙が落ちる。


「……」


 耐えかねて、ドクターが口を開いた。


「あー、君……。なにか話したまえよ。予定の時間まで、あと十分もあるのだぞ? いまからこの調子では、間がもたんではないか」


「あれが制御装置か?」


 銃口はそのまま、目線だけを動かしてジークは聞いた。

 部屋の一角にコンソールがある。他にはとくにめぼしいものは見あたらない。


「うむ。そのとおりだ。あれがこの宇宙樹(ユグドラシル)全体をコントロールする――」


 ジークは銃口を振り向け、引き金を引いた。

 何度も、何度も――。コンソールが原形を残さずに破壊され、溶けた金属となって床に広がってゆくまで、青いレーザーを何度も撃ちこむ。


「つくづく人の話を聞かんのだな、君は……」


 ひとつしかない目を見開いて、ドクターは呆れたように言った。

 ジークは眉をひそめた。

 制御装置を破壊したというのに、足元から伝わる微弱な振動は止まらない。宇宙樹(ユグドラシル)はまだ稼働しているのだ。


「どういうことだ?」


 ふたたびドクターに銃口を向ける。


「だからわしは、こう言おうとしたのだ。あれが制御装置であるわけだが、破壊したところで止まらんよ――とな。この宇宙樹(ユグドラシル)全体が、いま現在、|《ヒーロー力》の支配下にある。彼を倒さぬかぎり、止まりはせんのだよ」


「彼――だって?」

「このようなときは、どう言うのだったかな……そうそう、思いだしたぞ。『先生、お願いします』と言うのだったな」


 ドクターが足のつま先をわずかに動かした。

 何かボタンのようなものを踏みつけたと思った瞬間、横手の壁が音を立ててせりあがりはじめた。


 ガラスの一枚板の向こうに、水槽があった。

 濃緑色の汚らしい粘液の中に、うごめく肉襞におおわれた肉の塊が浮かんでいた。


「君のような《ヒーロー》が来ることは、当然予想していたのだよ。計画の遠大さに比例して、障害として現れる《ヒーロー》の力も増大する。これは明確な定理であるからな。したがって、備えのほうも万事抜かりはない」


 ドクターは水槽に向かって歩いていった。ガラスを二度ほど叩く。


「起きたまえ――仕事の時間だ。契約条項を果たしてもらおう」


 水槽の中で、やつが身じろぎする。

 肉襞の一部が横に割れ、生まれでた眼球がジークを見つめる。


「彼は未来からやってきた異星人だ。タキオン嵐に飲みこまれ、この時代に不時着したところをわしに拾われたのだ。タイムマシンのエネルギーが切れて難儀しておったのでな……。チャージしてやるという条件で、いずれ現れる《ヒーロー》と戦ってもらうことにした。君専用の相手だよ――どうかね?」


 水槽の中の肉塊は、戦闘形態に変形をはじめた。

 いつか見たプロセスが目の前で再現されてゆく。手足が形を取り、頭が生じて、甲皮を破って一対の角が伸びだしてくる。


 水槽のガラスが内側から砕け散った。

 濃緑色の粘液を浴びる前に、ドクターはテレポートによって姿を消していた。

 どこからともなく、テレパシーに乗って〝声〟がジークの頭に送られてくる。


《では頑張ってくれたまえ。わしは高みから見物させていただくことにする。怪我をしてはつまらんからな》


 ジークは目の前に立つ怪物を見上げた。

 角は二本とも揃っている。

 目も左右、二つとも揃っている。未来で見たときのこいつは、片方の角と片目を失っていたはずだ。


 ――そうか。


 ジークは、にやりと笑ってみせた。


「お前は、オレに勝てはしない」


 確信をこめて、怪物に告げる。

 半分は本気で、半分は挑発のための演技だ。


 ジークはレイガンを腰のホルスターに収め、両手を広げてみせた。ひらひらと手を振り、怪物をあおりたてる。


「さあ、来いよ――」


 言葉は理解できなくとも、意味は通じたようだ。

 怪物は体を震わせた。そこに表れた感情は、怒りだろうか。


「どうした? こんなひ弱な地球人が怖いのか? 来いよ、ロリコン野郎」


 ジークはせいいっぱいの侮蔑を声にこめた。

 怪物が咆哮をあげる。


 床を踏み抜きながら、猛然と突進をはじめた。

 二本の角を突き出して、ジークを串刺しにしようと迫りくる。


 避けようと思えば、できないことはなかった。


 だがジークはその場に立ちつくしたまま、怪物の突進を体で受けた。

 鋭い先端が胸に突き刺さる寸前、両手で二本の角をがっしりとつかまえる。


 いや、掴んではいない。

 ジークの手と鋭くとがった角のあいだには、わずかな隙間ができていた。

 おたがいが放出する意志の《力》が、そのわずかな間隙でせめぎあっていた。

 ジークの体と怪物の体のあいだに、青白いスパークが何本も飛びかう。


 怪物はその巨体と体重を利用して、ジークを押し潰そうと体重をくわえてゆく。

 巨大な象ほどの体重が、ジークの体に集中した。角を掴んだまま、ジークの背中が徐々にのけぞってゆく。


 ジークよりも先に、床のほうが根をあげた。

 フロアが半球状に陥没する。足場を失ったジークは、怪物の角に持ちあげられた。そのまま一気に、背後の壁に叩きつけられる。


 金属とカーボンの複合材が紙のようにやぶれた。

 コードや電子部品の破片が巻き散らされるなか、ジークの体は怪物とともに壁を突きやぶっていた。


 怪物の勢いは止まらない。

 幾層もの隔壁をつきやぶり――ついに宇宙へと飛び出してしまう。


 ジークはいまだ怪物の角を握ったままだった。

 その手に、渾身の力をこめる。

 あっけなく――角は根元から、へし折れた。


 怪物は苦痛の呻きをあげた。

 激しく首を振りまわして、ジークを跳ね飛ばす。


 ジークは空中にいるあいだに姿勢を整え、足で近くの構造材を蹴りつけて、床――と思われる場所に足先から降り立った。

 空気も重力もない場所で、床も天井もない。

 自分が下だと思った方向が床になるのだ。


 片方の角だけになった怪物も、ジークが立っている面に移動してくる。

 警戒心を感じさせる、ゆっくりとした動きだった。


 ジークは周囲を見回した。

 ここは宇宙樹(ユグドラシル)の中心部――巨大な菱形のコアの上らしい。足元にある平らな面は、どの方向にも数キロほどは続いていそうだった。


 全力で稼働している宇宙樹(ユグドラシル)は、構造材の周囲にちろちろと小さな光が走りまわっていた。

 遠くに林立するパイプ状の茎と、その茎に支えられる何枚ものリーフが、小さな光をまとって輝いている。

 目に見えないはずのニュートリノが、宇宙樹(ユグドラシル)のもたらす力場によって光っているのだ。


 この宇宙樹(ユグドラシル)が、本来の目的に使われてしまう前に、片をつける必要がある。

 時の彼方から送られてくるタキオン流が、この宇宙樹(ユグドラシル)にやってくる前に――。


 怪物は自分から近づいてこようとはしなかった。

 ジークが一歩足を踏みだすと、おなじように一歩後ろに下がる。


「どうした! かかってこいよ!」


 ジークは怪物に向かって声を張りあげた。

 真空の中で、宇宙服も着けないままだったが、《ヒロニウム》が輝いているかぎりなんの問題もない。


 怪物は一定の距離をとって、常に体の正面をこちらに向けていた。

 横に移動しながら、円を描くようにジークの周囲をゆっくり回っている。


 ジークは舌打ちした。

 最初から、不利な戦いだったのだ。

 やつを倒さなければ、この宇宙樹(ユグドラシル)は止まらない。だがやつのほうはジークを倒す必要がない。

 あと何分か逃げ切れば、それで事は足りるのだ。


 ジークは決意した。


「おいっ! そこの、へなちょこ変態野郎!」


 胸元を開いて、《ヒロニウム》のペンダントを取りだす。


「泣けてくるほど弱っちいお前に、ハンデをくれてやる! ――見ろっ!」


 燦然と輝いていた神秘金属が――ふっと、その光を失う。

 ジークは歯を食いしばっていた。意志を解き放つことができるなら、抑えこむことも可能だった。


 だが《ヒロニウム》が光を失うということは、ジークがただの人(、、、、)になることを意味している。


 真空が牙をむいて、ジークの生身の肉体におそいかかった。

 肺から空気と水分が搾り出され、むきだしの皮膚は気化熱を奪われて凍りはじめる。

 視界がかすんだかと思うと、次の瞬間には、見えるものすべてが白濁していた。眼球が凍り付いたのだろう。


 まだか――?

 無防備で脆弱な肉体を真空にさらしながら、ジークは待った。


 白濁した視界のなかに、巨大な影が出現した。

 ジークの体に衝撃がはしる。

 怪物の突進を受けたのだと気づいたときには、ジークの体は押し潰されていた。骨が砕け、内臓が破裂し――頭蓋骨が叩き割られて、すり潰された脳髄が灰色のペーストと化す。


 戦いは、静かに終わった。

 挽き肉と化したジークの肉体を、怪物は触手を伸ばして、自らの体に取りこみはじめた。

 ゆっくりと、細胞同士が混じりあい、そして――。


《――捕まえたぞ》


 怪物は自らの肉の内から聞こえる〝声〟に、恐怖した。

 ジークの肉とともに取りこんだペンダントが、白い輝きを放ちはじめる。何条もの光が怪物の体を貫いて、外に漏れだしてゆく。


《おおおお――》


 怪物は自分の巨体を両腕で抱きしめて、体の内で暴れる存在を抑えこもうとした。


 だが耐え切れるはずもない。怪物の体は、いくつもの肉片となって四散した。


 巨体が爆散したあとに、白い光に包まれて、裸のジークが立っていた。

 四散した肉片は、まだ生きていた。アメーバのように床を這い、ふたたび集合しようとしていた。


 ジークはゆっくりと歩いていった。

 再生を焦っているのか、肉片から怪物の頭だけがにょきりと生えだしてくる。

 その片目に、ジークは指を突っこんだ。ぐりぐりとこね回し、潰した眼球を引っぱり出す。


「片目と片方の角――こんなもんだったな」


 未来で見たときと同じ姿にしてから、手を離す。


《――――――――――!》


 怪物は、啼いた。

 肉の表面に、金属質の物体が現れたかと思うと、それはカチリ――と音を立てた。


 空間に、穴が生まれる。

 それは時空を貫くタイム・ゲートだった。


 タイム・ゲートに逃げこんでゆく怪物を、ジークは手出ししないで見つめていた。

 このあとのことは、未来の自分に任せればいい。


「いや、昔のオレ――になるかな?」


 ジークがそうつぶやいたとき――。

 ドクターの〝声〟が聞こえてきた。


《むぅ……契約不履行とは、無責任なやつめ。まあ仕方あるまい。他の手段を探すことにしよう。では――わしはこれで失礼する。また銀河のどこかで会うことも――》


 遠ざかっていこうとする声を、ジークは呼び止めた。


「おい待て! ひとつ教えろ! 十五年後――ネクサスはどうなる!?」

《失敗するとわかっている計画を進めるほど、わしも酔狂ではないよ。ジーク君といったかね? いまこの瞬間、君が歴史を変えたのだよ》


 それを最後に、ドクターの声は聞こえなくなった。

 あらゆる気配が消えさった場所に、ジークはひとり立っていた。


 やがて――。

 光が流れはじめた。

 真空が、宇宙樹(ユグドラシル)の構造材が――ありとあらゆるものが、金色の輝きで満たされてゆく。


「タキオン、か――」


 いまこの時――この場所を、タキオンが通り過ぎているのだった。

 だが宇宙樹(ユグドラシル)はすでに停止している。輝きは何分かつづいたあと、静かに消えていった。


 静寂を取りもどした宇宙に、素っ裸でひとり取り残され、ジークは力なくつぶやいた。


「さて――これからどうしよう?」

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