表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/64

6話 猫な僕とスライムと笑顔

 投げやりになってきている僕の前で。

 その眼福と言うべきか目に毒と言うべきか、コスプレ女は最後まで優美な足取りのまま地面に降り立った。

 そして、女はどこか眠たそうな眼差しでもって猫たる僕と、横たわる真名実とを眺めた後、婉然と微笑んでみせる。


「あらあらあら、これは可愛らしい子たちですわね。エドもそう思うでしょ?」

「どうしてそれを俺に問う?」


 女に同意を求められたおかっぱ男が、見るからに居心地が悪そうに問い返していた。


「だって、そちらの女の子にちょっと見惚れていましたわよね?」

「誤解を招く言い方は止せ。場所や状況を考えれば、その少女を注視すべきなのは明白なはずだが?」

「あらあらあら、言い訳をなさるのですか? やっぱりエドってむっつりさんですのね」

「誰がだっ!」


 女からの明らかな揶揄に、おかっぱ男がかぶせ気味に声を上げる。

 意外と言えば意外な反応に思えた。ガン無視しそうな堅物のイメージだったんだけど、ムキになって反論するとか……

 もし図星だってのなら、僕としても考えを改めなければならないかも知れない。この爪にかけて。


「ふふ、まあ、それは置いておくとして……」


 おかっぱ男の半眼を気にする様子もなく、露出過多な女は視線を禿頭の方へと転じた。


「隊長さんとしましては、この状況をどう御覧になって?」

「かように素晴らしき胸と太ももと出会えて、とても心躍るものを感じている次第です」


 即答だった。ハゲメガネの回答には一切の迷いがなかった。

 即座に僕は自分の爪を確認する。猫的に手入れが十分なのかは判らないものの、あの禿頭を血祭りに上げるのに不足はなさそうだ。

 問題ない。やれる。確信する。やらなければならない。


「はいはい、そこまでにしておいた方がよろしいですわよ。ほら、そこの小さなナイトさんが怖い顔で睨んでますわ」


 そう言って僕にウインクを投げてくる女の人。

 正直なところ、僕が猫の身じゃなかったらいろいろやばかったかも知れない。

 それでも、飛びかかろうとしていた僕の気勢を削ぐくらいには、なかなか強烈だったわけだけど。

 禿頭の男は仕切り直すように自分の眼鏡の位置を直して見せた。


「現状では情報が少なすぎて判断に困っているのが素直なところですね。その少女が、伝え聞いております天災神と何かしらの関係があるのではないかと言う程度の仮定話は出来そうでしょうが。アリサ様もそう見ておられるのでしょうか?」

「そうですわね。もう少し詳しく調査が出来れば、その辺りも判ってくるのでしょうけど。それにしても、こんなにも何もない場所だとは思っておりませんでしたわね」


 眠たそうな眼差しはそのままに、露出女は周囲を見回す。

 禿頭男が同意とばかりに肩をすくめてから、続けた。


「まあ、あるのは大量の魔獣の死骸と破壊痕ですからね。それもふまえて、ここでの本格的な調査にかかるには、まだまだ時間がかかるでしょうね。よもや大結界が突然消えて無くなるとは、誰も予想してなかったでしょうし。まあ……報告をそのまま信じるのであれば、予兆と呼べるものも無かったようですね」

「あらあら、穏やかじゃない言い方ですわね」

「少なくとも私には彼らの職務怠慢を疑うつもりはありませんよ。私の仕事でもありませんし」


 穏やかな笑みのままで語る声に、少なくない毒味が含まれているのは判った。それと、このハゲ眼鏡の笑みは信用出来ないということも。

 ただ、肝心の内容については、完全に理解不能だった。


「私としましては、生きている内にこの地に立てたことに、感慨深い物を感じているところですね。歴史的な一幕ですよ」

「ふうん……どこまで本心なのかしらね。相変わらず読めないお人ですわね、隊長さんは」

「いえいえ。お褒めに与り恐悦至極」

「……それは褒めていないな。それよりも」


 身体を露出させた女と頭を露出させた男との会話に割って入ったのは、イケメン顔を険しくさせているおかっぱ男だった。


「その娘をどうするか、早く決めた方が良いようだが」

「あらあらあら、エドにしては気が利きますわね。こんなところで寝かせたままなんて可愛そうですものね。女の子はいつだって大切にされるべきですもの」


 明らかな揶揄口調は変わらず、露出過多な女はおかっぱ男に向き直った。視線を微妙に外す相手に、なぜか上機嫌に微笑んでみせる。


「それで、やっぱり気になってしまったわけですの? 好みのタイプだったりとか?」

「おやおや、これは意外ですな。堅物なエドくんは、こうした小柄ながら肉感的な方が興味引かれると。いやはや、そう言って下されば、あなたとは良い酒が呑めそうですのに」

「さっきから何の話をしているかっ! ふざけている状況ではないのが判らないのか?」


 露出女に続いたハゲを睨みつけ、おかっぱ男が真っ向から激高する。

 一方で禿頭男は穏やかな笑みを崩さない。


(……遊ばれてるなあ、この人)


 第三者から見れば、そんな構図にしか見えない。


「まあまあ、落ち着きなさいエドくん。あなたの懸念も理解しておりますよ。原因は不明ながら、周辺に散見される戦闘跡と、この少女。それと子猫ですか。因果関係は判りませんが、ここに留まっているのは得策ではないと言うのでしょう」

「そうですわね。私たちがここに来るきっかけにもなったあの光の降雨が何だったのかも判りませんもの。あの夥しい魔獣の死骸は、あの光のせいなんでしょうけど、あんなのがまた降り出してきてはたまりませんものね。それが無いとしても、新たな魔獣がこっちに来てしまうことだって考えられますしわ」


 そして露出女は眠そうな眼差しのまま、真名実へと視線を向けた。


「では、緊急処置として、この子たちを保護する。それでよろしいかしら、隊長さん」

「了解しました。では、この少女の身柄につきましては不肖私が……」

「この子たちはわたくしにお任せして下さいな。それでよろしいですわよね」


 禿頭の言葉にかぶせるように、露出女が続ける。のんびりとした口調ながら、禿頭の発言を遮るのには十分だったようだ。

 柔和な笑顔のまま2秒ほどの沈黙を挟み、禿頭男は口を開いた。


「了解しました。それではよろしくお願いいたします、アリサ様」

「はい。任されましたわ」


 にっこりと微笑む女に一礼を返した禿頭は、そのまま踵を返すと、ワイヤーに掴まって巨大鎧の胸部へと昇っていった。

 おかっぱ頭の方も無言のまま身を翻し、こちらは膝をついた巨体の足に飛び乗った後、腰部、腕、肩と軽快に飛び移りながら、胸部まで登っていく。冗談みたいな運動能力はまるで忍者みたいな動きだった。


 ……まあ、実際に忍者を見たことなんて僕には無いわけだけど。


 青と緑、それぞれの巨体の胸部が引っ込んでいき、揃って立ち上がる。


「それでは、わたくし達も参りましょうか」


 思ったよりも近くで聞こえた声に顔を向けてみて。

 僕は絶句する。もとより声の出ない身ではあったわけだけど。


「うふふ。それにしても可愛らしい子たちですわね」


 露出女が、屈み込んで僕らを見ながら、やわらかく微笑んでみせる。

 猫な僕のすぐ目の前で。

 一言で言えば、ヤバい絵図がそこにあった。

 その露わになった肉付きの良い太ももとか、ぱっちり見えてしまった下着とか……


(……黒で、しかも紐……!?)


 完全に思考が停止する。目が離せない、と言うか正直なところどうしたらいいのか判らなかった。

 喜ぶべきか恥じるべきか落ち込むべきなのか、僕はどうしたら良かったんだろうか。

 そんな僕の困惑は、彼女にも、そしてこんなものを見せてくれているこの夢の世界にも、きっと伝わってくれなかっただろうけど。

 そろそろっと女の人が僕に手を伸ばして来るのが見えて、ようやく気づく。

 横を向けば良いだけだ、と。

 さっそく実行してみたら、ため息が聞こえた。


「あらあら嫌われてしまいましたかしら?」


 視野の端に見えていた手が止まる。

 少し悪いことをしたかな、とも思うけど。

 ただ、撫でられることに抵抗もあったものだから、安堵もあったりする。半々くらいか。残念という気持ちは、さすがに無かったけど。

 残念とか、思うような余裕なんて無かった、はずだ。

 

「それにしても、キミのご主人様はちょっとお寝坊さんなのかしら。全然起きる様子がありませんわね」


 それには激しく同意だけれども、迂闊に前に向き直れないのがつらいところだった。この人はまだ座り込んだままだ。


「ふふ……可愛らしい寝顔ですわね」


 それにも同意しつつ……じゃなくて。

 そんなのんびりとした口調に、この人が微笑しているのが伝わってくる。かと言って、確認するだけの度胸は僕には無かったけれど。


 女の人が立ち上がる。身につけているアクセサリが打ち合って鳴らした音が静かに響く。

 向き直ることがようやくできた安堵を感じていると、また魔力の動きを感じた。

 僕は咄嗟に上を見上げてしまって、またも紐な黒いものが見えて慌てて顔をうつむかせることになったわけで。


 と、すぐ近くで、ぼとっと音がした。

 目を向けると、深い緑色をした手のひらサイズのグミのようなもの、としか言えそうにない、何だか判らないものがあった。


(何だ?)


 単純な疑問が思い浮かんだ、その直後だった。

 その緑の物体が、みるみる大きくなっていく。数秒と経たずして、大人ひとりが余裕で寝そべられるほどの大きさへと膨れ上がっていた。


(……これ、スライム?)


 半透明のゼリー状の巨大な物体が、ぐにぐにと不定形に蠢いている。


「ちょっと気持ち悪いかも知れませんけども、濡れたりはしないから安心して下さいませ」


 スライムもどきが動いた。見かけとは裏腹に、凄まじい俊敏性を見せて。

 その全身から触手のように粘体を伸ばしてくる。瞬く間に真名実の全身に絡みついていた。腕、足、腰、そして胸回りへと次々と巻き付き、拘束していく。

 同時に、猫な僕へも触手が襲いかかってきていた。咄嗟に横っ跳びしてかわし、続け様に跳躍して追撃を回避、更に続く触手を空中で身を捻ってぎりぎりで避け切る。

 自分でも驚くほどの反応だった。当然ながら、考えてやれたわけじゃない。完全に身体の反応まかせになっていた。さすが夢だな、とか思ってしまいそうになる。

 もちろん、僕にはそんな余裕をかましてなどいられない。真名実は無抵抗のまま束縛されてしまった。

 そして、そこまでされてもなお、真名実に目覚める様子がない。


 真名実を拘束したことで目的が果たされたのか、スライムもどきの動きが止まる。その様子を横目にしつつ、僕は帽子の女の人に非難の目を向けた。

 少なくともそのつもりだった。黒だ紐だと、そんなことはどうでもいい。

 それが伝わったのか、始めはきょとんとした顔をしていた女の人だったけれど、いつの間にかその手にしていた銀色の筒を口元に寄せ、バツが悪そうに苦笑いを見せた。


「かわしちゃうなんて、スゴいですわね、キミ。でも、そんな怖い顔しないで欲しいですわ。キミのご主人様をどうこうしようというわけではないですのよ」


 じゃあどうするつもりなのか、と問う方法は猫な僕には無い。

 ただ、意図は知れた。3人が交わしていた会話からすれば、この先の展開も読める。

 つまり、僕らをどこかへ連れて行こうとしている。

 つまり、僕らはどこかへ拉致られようとしている。


「お連れするにあたって、なるべく手荒な扱いにならないようにと思ったのですけどね。せっかくお休みになっているのに、起こしては可愛そうですもの」


 すでに結構な手荒さ加減になっている気もしたけれど、猫な身では抗弁しようもない。

 その女の人の眠そうな眼差しと微笑はどこまでも穏やかで、何と言うか、ちょっとエロい。

 でも、それよりも。


(この人、楽しんでないか……?)


 自分でも呑気なものだと思いつつも、そう感じてしまうのは、この人の奇妙な雰囲気からだろうか。

 この夢そのものが奇妙過ぎて意味不明なのは、もはや言うまでも無いだろうけど。

 脱力感を感じた。身構えていた自分が滑稽にすら思えてくる。

 この夢、本当に何なのだろうか。自分の発想のハチャメチャ加減に、何を思えば良いものか……。


「では、参りましょうか。猫ちゃんもご一緒致しませんか?」


 女の人が屈み込んできて、僕に手を指し伸ばしてくる。

 視界いっぱいに広がる光景を直視出来ず、僕はまたもそっぽを向くしかない。無理だった。ついさっきのまでいたはずの果敢な自分は、もうどこかに行ってしまっていた。


「あらあら。これは、嫌われてしまいましたわね。残念ですわ」


 ため息を一つ吐いて、女の人は再び銀色の筒に目を向ける。

 それだけで意図は知れた。もう一度、スライムもどきをけしかけてくるつもりだろう。猫だからといって放っておいてはくれないみたいだ。

 そうなってしまうと、僕のやることはもう決まってしまっているわけで。


「あっ……」


 女の人が声を上げた時には、僕はすでに身を翻して地面を蹴っていたところだった。

 そのままスライムの触手が触れていない辺り……真名実のお腹の辺りに着地する。

 ちょうど目の前にそびえる、触手に押し上げられるかたちで高く隆起する膨らみに怯みつつ、僕は同時に安堵の息をついた。

 あの見るからに柔らかそうな場所にダイブする事態は避けられた。御の字だ。

 まあ……見た目を裏切らない柔らかさで、この小さな身体を受け止めてくれただろうし、それはきっと気持ち良かっただろうとは思うけれど。

 などと考える自分が、実にイヤになってくるけれど。


「あらあらあら、本当にキミは凄いですわね。先程からわたくし、驚かされてばかりですわ」


 顔をほころばせる相手に、僕としても対応に困るところだった。相手の顔をちゃんと見られる高さになったことは喜ばしいことかも知れないけれど。

 取り敢えず首を傾げてみると、女の人は口元を押さえてみせた。

 とろんと眠そうにしていた眼差しが、更に弛緩したようにも見えた。


「それに……どうしましょう。本当に可愛いですわ……」


 若干顔を上気させる相手に、僕としては更に対応に困る結果になったわけで。

 眠そうな目つきなのに、見つめてくる視線に妙な圧力を感じる。

 それも、身の危険を感じるレベルで。

 思わず後ずさりそうになったところで、上の方から声が降ってきた。


「……お楽しみのところをお邪魔するようで心苦しいのですが、時間的な猶予がそれほど無さそうな状況であることを思い出して頂けますと幸いかと」


 その迂遠な物言いは、緑の装飾の巨大鎧の方……ハゲな方の声だった。


「あらあらあら、そうでしたわね。ごめんなさいませ、隊長さん。でも、あの仔、とても可愛いんですのよ?」

「結構なことです。私としても、そちらのお嬢さんのなかなかポイントを押さえた見事な拘束のされ具合をじっくり堪能させて頂きました」


 この場を離れられない自分がもどかしい。心からそう思う。

 でも、決意だけはしておく。この爪を最初に見舞う相手は決まった。あとは実行の機会を待つだけだ。


「では、参りましょう。『お馬さん』に着くまで不自由をさせてしまいますけど、ごめんなさいね」


 猫たる僕を相手に女の人は笑みを見せた後、そのつま先で地面を軽く叩いてみせる。

 魔力の流れを感じた。女の人の足下に魔力による図面が展開する。

 その直後、女の人が跳ね上がっていた。そのまま巨大鎧の胸部へと身を躍らせ、内側へと消える。

 その直後に、振動を感じた。スライムもどきが移動を始めていた。


 一方で、女の人が乗り込んだ巨大鎧が、その大きな腕を差し伸ばしてくる。僕らを乗せたスライムもどきが、もそもそと、けれど意外と速い動きでもって広げられた手の上に乗り込んでいく。

 ゆっくりと巨大鎧が起き上がり、開いたままの胸部近くまで僕らを乗せた手が動いた。

 僕らは再び、眠そうな眼差しの美女の笑顔に出迎えられることになった。


「本当にキミは可愛くて、頭も良いようですわね。そのような状況でも落ち着いていて、ご主人様から片時も離れようとしない。私の言葉も理解出来ているのではなくて?」


 大きな帽子に手を触れさせ、何かを期待するような眼差しを向けてくる相手に、僕としては返事のしようがない。繰り返しになるけれど、猫な自分には会話能力そのものがない。鳴き声すら出ない。

 また、それとは別に気になることもあった。女の人からその被っている帽子へと魔力が流れたのを感じた。

 帽子に縫いつけられるように描画された図面を読み取れた。ただ、変にややこしく、少し暗号めいた図面のせいですぐには理解出来なかったけれど。

 結局、僕が理解するよりも前に、帽子の魔力が途絶えてしまった。

 女の人は少し残念そうに眉根を寄せている。

 この人が何を期待していたのかは判らない。なんだか悪い事をしたかなと思う自分も、この場合はどうなのかと思うけれども。

 この巨大鎧の内側や、さっきの女の人の跳躍の時もそうだったけれど、アノンが描いていた図形と比べて、ずいぶんと余計な描写が多いのは何故なのか。立体で描けるものを、無理に平面に描こうとすることで、妙に複雑になってしまっているのに。


 まあ、考えたところで判るようなものでもないか。どうせ夢だし、たいした意味など最初から無いのかも知れない。

 僕は考察をさっさと放棄して、取り敢えず猫なしっぽを左右に振ってみることにした。

 途端に女の人が笑顔になる。


「あうぅ……可愛いですわ」


 うっとりと見つめてくる女の人が、僕の返答・・をどう解釈してくれたのか……まあ、感激してもらえたのは確かなようだけど。


(喜んでくれたのなら……それで良いかな?)


 保護されているのか、それとも拉致られようとしているのか良く判らない現状で、そんな呑気な感想を述べている場合では無いような気もしつつも、僕は首を巡らせる。

 間近にそびえ、時折ふるふると揺れる膨らみに怯まされつつも、スライム部分に触れないように僕は慎重に座り直す。

 あの膨らみにもたれかかったら気持ち良さそうだな、と一瞬でも考えてしまった自分自身に嫌悪を抱きつつ、とりあえずしっぽで邪念ごと自分の頬をはたいておく。

 痛いわけもない。本当の意味で痛い・・のは、こんな夢を見ている僕自身だ。

 いつまで続くんだろうか、この夢……本当に。


「それでは私が先行します。エドは警戒を、アリサ様は殿しんがりをお願い致します」


 盾持ちの方の巨大鎧が動き出した。それに巨大な剣を背負った鎧が続く。


「では、行きましょうか」


 嫣然と微笑んで、女の人が声をかけてくる。

 震動を感じた。先行した二体を追って、僕らを乗せた巨大鎧も動き出す。

 横に目をやると、鎧の胸甲が開いたままだった。女の人の横顔が見えている。

 そしていつの間に持ち替えていたのか、扇のようなものを手に持っていた。開いた扇に描かれている図面も見えた。魔力構成だ。

 構成は相変わらず無駄に複雑だった。が、さっきのよりは判りやすい。

 周囲の空気の流れを操る。そんな魔法効果が発動しているのは読み取れたし、そのおかげで移動で生じているはずの風が遮断されているのも判った。

 あの大きな帽子や、布切れにしか見えない衣服がはためくような様子は無い。その範囲に僕や真名実もいるらしく、僕も風を感じなかったし、真名実のポニーテイルも揺れていない。

 取り敢えず理屈は理解出来た。が、なぜそんなことをしているのかは判らない。

 真名実や猫な僕が風で振り落とされないようにと、配慮してくれたのだろうか。


 注視している僕に気づいたのか、女の人が振り向いて笑顔を見せてきた。

 どこからどう見ても、上機嫌顔だった。あと、やっぱりちょっと色っぽい。

 何か物欲しそうな……期待しているような眼差しではある。

 僕がしっぽでも振ってくれないかな、とでも思っているのかも知れない。

 とりあえず、僕はしっぽをくいっと動かしてみる。

 気遣って貰っている、そのお礼みたいなものだ。そう思っておく。

 女の人は嬉しそうに、そして満足そうに笑顔を咲かせた。

 そしてそのまま、さらにじっと見つめてくる。

 おねだりされている、のだろうか。

 結構な速度で進む巨大鎧の上で、その操縦者は全く前方に注意を払わずに僕を見つめてくる。


(これって余所見よそみ運転だよなぁ)


 ぼんやりとそんなことを思う。まあ、その通りだろうけど。

 周囲に障害物も何もないから危険運転ではないのかも知れない。先行する巨大鎧とは常に一定の間隔を保っている。

 それがこの人の操縦技術なのか、あるいは自動操縦のような機能があるのかも知れない。

 とは言っても、じっと見つめ続けられるというのは、猫的にも落ち着かなかったわけで。


 僕はもう一度、しっぽを動かしてみる。くいっと、進行方向を示すようにして。

 その途端に嬉しそうに笑顔を咲かせる女の人だったけど、案の定と言うか、僕の意図には気づいてくれなかったようだ。

 いや、猫が注意を促してくるなんて、考えもしないだろうから仕方無いのかも知れないけれど。


 と、不意に身体が浮いた。いきなり吹き付けてきた風に抵抗も出来ず、僕はふわりと飛ばされて。

 ぼふっと、柔らかなものに受け止められる。

 背中全体に感じるやわらかな何か。背中ごしに感じる生地の感触と、その奥に感じる柔らかくて温かな何か。

 それが何であるのかは、すぐに判った。敢えて言葉にしないけれど。

 ただ、想像以上の柔らかさだった。

 風はすぐに収まって、僕が目を向けた先には、女の人が自分の顔の前に手をやって申し訳なさそうにしている姿がある。

 僕の見過ぎで魔力が途切れたせいで、あの扇子の魔法が解けてしまったのだろう。

 危うく吹き飛ばされるところだった。この速度とこの高度から振り落とされていたら、さすがにひとたまりも無かっただろう。

 それでこの夢から覚めるのなら良いものの、痛い思いを夢の中でまでしたくはない。

 大きくて柔らかくて温かな膨らみに引っかかっているような今の自分の状態は、冷静になって考えてみるまでもなく、非常にその……恥ずかしい。すごく。

 この状況だけじゃない。こんな状況を夢として見ている自分もだ。

 そして、こんな質感を夢想している自分自身も。


(こんな夢を見ている……これじゃただの変態じゃないか)


 落ち込む気分のままに顔を俯かせる。

 その絵図は、この全身を受け止めてくれた膨らみに顔を埋める構図に他なら無いとは判っていたけれど。


(どうにでもなれよ、もう)


 本当に投げやりな気持ちになるのを感じながら、僕には胸中で呟くしかなかった。


 ……気持ち良いだけに、よけいにタチが悪い。そう思いつつ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ