ラボラトリー
先程と同じ様に、車で移動する事三十分ほど。停車したのは、どこか研究所らしき敷地内の駐車場だった。
「ここは?」
「建前上は、廃棄施設を再利用した私立の研究所ということになってるわ。けど、その実態は国の支援を得て球体に関する研究をする施設よ。私たちはラボ、なんて呼んでるの」
なるほど。で、ここで何をするのだろうか。
その問いには、口に出す前に九条課長から回答があった。
「ここで、お前たちの能力について調査する。少々時間がかかるが、大丈夫か」
「大丈夫じゃない、と言ったところでここまで来てしまったんです。拒否権なんてあってないようなものでしょう?別段問題は無いですよ」
「嫌みったらしい言い方するじゃないか、新入り」
「藤波さんにベテランとしての風格は感じられないな」
「そうと悟られないように振舞ってるんだから当然だな」
「そういう割にはちょっと落胆してないか?」
「はい、ここよ」
視線が鋭くなり始めたところで、春子さんが目的地への到着を告げる。ナイスなのかバッドなのかは不明だがタイミングはばっちりだ。
案内された建物に入ると、丁度白衣を着た男性が奥から出てきたところだった。
「お、来たね。それで、新しく見つかったキャリア保有者はどこだい?」
「こいつらだ」
前に立っていた課長が退き、男性が良く見えるようになる。白衣を着て、ぼさぼさという表現がよく似合う容姿。絵に描いたような研究者だ。
その研究者さんは、俺たちに眼をやるなり、開いた口がふさがらなくなったようだった。目を剥いて、俺たちを凝視し続ける。
「……そ、そんな……こんな子供たちが?そうなると僕の立てた仮説はほとんどすべて書き直しになるじゃないか!こうしちゃいられない、もう一度検証しなおさないと」
「ほーら言わんこっちゃ無い。サンプルも実験もロクに無い状態で無理やり仮設なんか立てるからそうなるんだよ」
研究員の言葉に、杏さんが揶揄するように声を上げる。それを窘めた春子さんが、踵を返しかけた研究員を引き留める。
「その前に、この二人の能力を調べてくれないかしら?」
「あ、ああ。そうだね。まずはそうしようか。じゃあ、ついて来てくれ」
狭い廊下を通り抜けた先にある、古めかしい扉。そこに下がるプレートは、現在ここで行われているであろう研究とは似ても似つかない言葉だった。カムフラージュなのだろうか。それにしたって仮眠室なんて嘘をつく必要も無いだろう。
課長以下四人は出入り口付近に設置された椅子で待っているため、この部屋には俺と五十鈴と研究員の三人だけ。そして、室内は異様に広く。様々な機器が所狭しと置かれていた。それぞれ何に使うのかなんて見当もつかない。
「その長椅子に座ってくれ」
言われた通り腰を下ろすと、研究員はせかせかと忙しそうに動き回りながら、立て続けに質問を発した。
「それで、君たち名前は?ああ後年齢も教えてくれ」
「柊怜、十六ですけど」
「……東雲五十鈴、十五です」
「へぇ、やっぱり違うのか。じゃあ、現時点で能力について分かっている事は?」
「……俺のは、狙いを定めて腕を振れば、その軌道に沿って対象が切れる事、強さは指の数や振る速度で調整できる事、そんなものです。で、五十鈴のは右の掌で照準を合わせれば、対象の動きを止められる事、時間制限があること、って感じですね」
研究員が動き回るたびに、機器の駆動音が部屋に増えていく。
「じゃあ、球体はどこに吸収されているんだい?」
その問いに答えるために、少々の時間を必要とした。
球体と接触したのは、およそ半年ほど前。地球のそばを通過する天体を見ようとベランダに出て、二人で空を見ていたときだった。天体が過ぎ去り、そろそろ室内に戻ろうかと言うとき、それは落ちてきた。いや、下りてきたというべきか。まるで木の葉のようにひらひらと。小さかった点は直径数センチほどの球となり、微弱に発光しながら俺たち二人の前でそれぞれ停止した。そして――――――
「……俺が鎖骨の間、五十鈴が右肩です」
「そうか、じゃあその部分を露出させてそれぞれ後ろのベッドに寝そべってくれ」
指差された方向へ首を回すと、MRI装置のようなベッドが二つ。あれで何が調べられるのかは例によって分からない。が、言うとおりにするほか無いだろう。それが、俺にとって実質上半身の服を脱げという命令だったとしても。
何を調べているのか結局分からなかった検査が終了し、四人が待つ出入り口付近へと戻ってきたのは、二十分ほど後のことだった。ちなみに、研究者はまだあの部屋でパソコンを弄くっている。後十五分ほど待てとの事だった。
「……終わりました。後十五分ほど待って欲しいとのことです」
「はいはーい。っていうか、敬語じゃなくて良いって言ってんじゃん」
「あ、悪い。……そういえば、あの研究者さんって、何者なんだ?」
「ああ、彼は峰啓二。前は何か別の研究をしてたみたいだけど……詳しい来歴は私たちにも知らされて無いのよ。ただ、天才的な博士、としか」
「……そう褒められると、いささか照れるね」
ぼさぼさの髪の毛を掻きながら出てきた峰博士は数枚の資料を机に置くと、その一つを俺たちに差し出した。
「それが、柊君の資料だ。球体の電磁波と柊君の話から推測するに、おそらく対象を視認し、それに向けて任意の速度、方向に腕または指を振ることで、不可視の斬撃を飛ばすのだろう。その強さは腕を振る速度、それから指の数で変更できるみたいだ。気をつけて欲しいのは、対象を切り裂くまでは斬撃が直線状に飛ぶと言う事。進行方向上のものはすべて切り裂いて進むと考えられるから、予期しない被害が出るかもね。それと、これも予想でしかないが、やろうと思えばビルを輪切りにする事も可能と考えられる。くれぐれも使いどころを間違わないでくれよ」
そんなに恐ろしいものだとは思わなかった。無意識に自分の手へと視線を下ろし、指を屈伸してみる。もはや慣れたものだと思っていたこの能力が、とんでもない化け物に思えて、慌てて視線を資料に戻した。
「次に、東雲さんの能力だが、右の掌で対象を指定する事によってその動きを停止させるものだという事は、話から分かっている。それから、特定の部位だけを停止させる事も可能みたいだ。気をつけて欲しいのは、時間制限があるらしいこと。これは厳密なデータではないから、多少前後すると思うけど、成人男性程度の体格ならおそらく二十秒くらいが限度じゃないかな。もちろん、対象の大きさ、動こうとする意志の強弱、もしかすると対象までの距離なんかにもよって五から十秒の差があると思われるけどね」
峰博士の解説は五十鈴の能力へと移り、今まで予想だったものがデータとして提示されていく。中でも注目すべきなのは、やはり、時間制限があったらしいということ。二十秒前後、それは男に襲われたとき五十鈴が能力を解くまでと同じくらいの時間だ。短いようで長い。微妙な時間だ。
「そういえば、球体については解説したのかい?」
解説を終え、資料として並べた紙を纏めていた峰博士が、唐突に声を上げる。その目は真っ直ぐに課長を見据えていて、課長が首を横に振るや否や睨むような目つきに変わった。
「基本的なものすら説明しないで連れてきたのかい?さすがに感心しないよ」
「危険性及び協力内容についての説明は先日最初に接触した時点で行っている。それを理解し、覚悟した上での参加のはずだ」
「まったく。そういうことじゃないだろう?球体については?能力のメカニズムについては?感情による能力の強弱については?いつも言っているじゃないか。知ることは大切なんだ。彼を知り、己を知れば」
「百戦危うからず。分かっている。私の失策だ」
苦虫を噛み潰したような顔で課長がミスを認める。もっとも、顔を逸らしながらだったが。
「まあいいだろう。では、改めて説明しようか」
峰博士は俺たちに向き直ると、資料の裏に、簡略化された人と、円を描いた。
「いいかい?これが君たちの体だと思って欲しい。そしてこれが球体だ。球体は半年前に宇宙から飛来して、各個体が発する電磁波がもっとも強く影響を及ぼす人間の体に」
そこで一旦言葉を切り、円から人へと矢印を書く。
「入り込む。首尾よく吸収してもらえれば、その人の体内で電磁波を発生し、脳を発達させる」
人の体に円をもう一度描きこみ、今度はビリビリと何かを発生させる。これが電磁波だろうか。
「とは言っても、脳の使われていなかった部分を活性化させた上に、新しい情報を書き込んだだけのようだけどね」
そこで峰博士は口を閉じ、俺たちを真っ直ぐに見つめた。そのただならぬ様子に、自然と背筋が伸びる。
「重要なのは、君たちの能力は、脳の働きによるものだという事だ。つまり、他の働きと同様、心の状態によって威力が左右するんだ。極端な例で言うなら、激怒すれば威力は上がるし、絶望すれば下がる。少年漫画の能力みたいだけど、そういうものなんだ。だから、怒りに任せて人を襲えば、最悪殺してしまいかねない。特に柊君はね。くれぐれも、感情制限を心がけて欲しい」
博士が口を閉じると、誰もが口を開こうとはせず、沈黙が降りる。それを、
「……逃がした、だと?」
課長の呟きが破る事になった。