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いつかの記憶

 その呟きは俺のところまで明瞭に届いただけあって、かなりの声量だったらしい。真弓や五十鈴も顔色を変え、報道陣やSATも、黙り込んだ。

 勝利を祝う雰囲気が、一転、凍りついた。

「おい、何を言い出す……」

「だってそうだろ!? よく考えろよ! 本職は三人だけ、それ以外はほとんどガキだろ! そんな寄せ集めでテロ組織一つ潰せるなんて、人間じゃないだろ!」

横から咎めた一人に向かって、最初に呟いた一人が喚く。それは、留まるところを知らず、報道陣がジャーナリズムという仮面の下に押し込めた差別意識に、火をつけて回った。その火種はそれぞれが抱える嫌悪、忌避感に引火し、燎原の火の如く周囲に広がっていく。

「……そうだよな、あんなのが町を歩いてるとか、耐えられないだろ」

「烏合の衆でテロ組織一つを壊滅させるんだろ? そんなのと一緒に生活なんてできるかよ」

「あんな血まみれでよ、あれ全部返り血だろ? 危険極まりない。さっさと逮捕して監視化に置くべきだ」

一つの呟きは周囲の雰囲気を百八十度変え、それぞれが、それぞれに憎悪を呟き出す。

「人の形した化け物共が……さっさと消えればいいのに」

ふざけんなよ。

「いっそ相打ちでどっちも死んでくれりゃあ綺麗な結末だったのによ」

 ふざけんなよ。なんだそれ。なんなんだよ。

 こっちは、お前ら一般市民のために、自分の命を賭けて、犠牲者を出して、罪を背負って、字義通り、死に物狂いで戦ったんだ。その末にやっと勝利を掴んで、斃れた仲間を悼み、勝利を喜び、板挟みの複雑な気持ちを抱えてここにいるんだ。

 なのに。それなのに、お前たちは、俺たちが死ねばよかったと? 相打ちで死ねば綺麗な結末だって?

――――この世界は間違ってる。そうだろう? 何故、ただ降ってきた球体に見初められただけの僕らが差別されなければならない? 何をしたわけでもない僕らが理不尽な目にあわなければならない?

Kの甘い言葉が、耳の奥で蘇る。

――――こちら側にきて、反旗を翻そうじゃないか。無能な凡人共に、目にもの見せてやろうじゃないか。

 その甘い毒が、俺の神経を蝕んでいく。真っ当な判断力を奪っていく。

 どうして、俺たちがこんな目に。どうして、ただ球体に認められただけの俺たちが、こんなに血みどろで戦って、犠牲者まで出して、あいつらは、のうのうと生きている?

 どうして、痛みを抱えた俺たちを、安全な場所で野次を飛ばすだけのあいつらは避難する?

 不意に、俺の左手が、何か温かいものに包まれる。

 それは、真弓の右手だった。疲労し、汚れ、細かな傷がついたそれは、とても痛々しい。カメラを構え、マイクを持つだけのあいつらの手とは大違いだ。

「やってられるか。こんな奴らを褒める記事なんて書けるわけがない」

「化け物どもを褒めると思うだけで反吐が出るっての」

「いい加減にしてくれよ。こっちはそんなに暇じゃねぇっつうの。今すぐ消えろ!」

俺たちが反論しないのをいいことに、呟きはどんどんと熱を帯びていき、過激になっていく。いつの間にかテレビカメラは止まり、ここは無法地帯だ。

 「怜、ダメよ。ここで何か反応してはダメ」

「それでも……やられっぱなしは性に合わない」

真弓の手を振り払い、心の中で皆に謝罪する。もしかしたら、俺は、間違っているのかも知れないから。

「おい、いい加減にしろよ。俺たちはは命賭けて戦ったんだ。賞賛しろとは言わない。けど、罵倒されるのは筋が違うだろ」

正面にいた、カメラを持った男へ言葉を投げ付ける。あくまで静かに、それでいて、威圧するように。

 けれど、男はそんな俺の態度に、怒りを強くしたようだった。

「あ? 何偉そうな口聞いてんだ、化け物が。化け物は大人しく、土に還れよ」

「そうだ! 俺たちに口答えしてんじゃねぇ! 化け物が!」

そう、言うのか。護ってもらっただけの、能無し共が。

「怜、もういいわよ。行きましょ。こいつらに何を言ったところで、理解できるはずも無いのよ」

後ろから飛んできた真弓の、凍った制止が、報道陣の怒りに油を注ぐ。いつの間にか、SATからも、罵倒は生まれていた。

「何知ったような口聞いてんだ女! お前ら赤目は、俺たち人間とは違うんだよ! 化け物で、屑で、カスなんだよ! わかったら土下座して謝れ!」

課長は既に、興味をなくしたような無表情で、二人の遺体を抱えて、どこかへ立ち去ろうとしている。隊長と副隊長も、どこか寂しげな顔で撤退準備だ。真弓は強く唇を噛んでいて、今にも血が出るんじゃいだろうか。五十鈴は、強く目をつぶって、懸命に何かに耐えている。

 みんな、人間だ。優しくて、温かくて、どこか抜けてて、厳しくて、楽しければ笑うし哀しければ泣く。嫌なことがあれば怒るし、辛いときは落ち込む。

 人間との違いなんて、たかが不思議な超能力一つだ。それを、化け物だなんて。

「ふざけんなよ。安全なところから高みの見物しかしてなかった奴らが、俺たちの何をわかるって言うんだ。俺たちは人間だ。感情もある、痛みも感じる。好き好んでこんな能力を手に入れたわけじゃない。皆、球体がなければ、普通に生きているはずの奴らだ。なのに、なんでお前らはそうやって、俺たちが人間じゃないかのように扱う?」

必死に耐える。さっきから、心の奥底で嗤っている問いかけに。

――――――キリタイカ?

ダメだ。ここで、こんなところで、暴走させるわけにはいかない。

「怜、もういいから、帰ろう?」

五十鈴の声が聞こえる。

「お前たちが人間だ? 冗談もいい加減にしろよ。俺たち人間と、お前ら化け物共を一緒にしてんじゃない。俺たちは人間で、お前たちは化け物。だから、お前らはどこかで野垂れ死んでいればいいんだよ!」

――――――キリタイカ?

 殺したくはない。こんなところでまた罪を重ねるわけにはいかない。けど、けど!

 できることなら、俺は、こいつらを心底斬りたい。腕やら足やらを飛ばして、二度とそんな罵倒を言えないようにしてやりたい。

 四年以上前から体の中に居座っていた気配が、どくん、と大きく鼓動したような気がした。

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