正式参加
男の処理があるとかで九条さんが後から来た車に乗ってどこかへ消え、残った湯川さんに連れられ、女性が運転する車に乗り込む。ドアを閉めた途端、緩やかに曲がる髪を振り回して、女性が振り返った。その反応や顔立ちを見るに女性というには若いのかもしれない。少女以上女性未満みたいな。口語っぽくいうならお姉さんだ。
「君たちが、課長の言ってた球体保有者?」
「ええ」
「へー、どんな能力なんだい?」
「杏、出してくれない?課長に怒られるわよ」
「あ、すいません」
どうやら杏というらしい。問いに答えるべく開いた口は音を発せないまま閉じる。今は、黙っていた方が無難だろう。
「あ、そうそう。ボクは杉下杏。杏でいいよ」
しばらく車を走らせた後、杏さんが唐突に自己紹介を始める。どうも話題の運び方がつかめない人だな。こういう人はプライバシーもに入り込んできたりするから怖い。まあ、大人だしその辺りは弁えているだろうが。
「……柊怜です。怜でいいですから」
「あ、敬語もいらないよ。私十八だし」
「え、一応年上ですよね。俺十六なんで」
話題の運び方よりも、距離感の掴み方のほうが分からなかった。会って十分くらいで呼び捨てタメ口って、しかも年上だし。
「いーのいーの。春子さんなんてボクより十歳モガ」
「杏、やめて。柊さん、改めて自己紹介を。私は湯川春子。春子でいいです。敬語も、お互いやめにしませんか?」
「そうですか?ゆか……春子さんがそれでいいなら俺はいいですけど」
「そっちの子は?」
「……東雲五十鈴、です」
「五十鈴ちゃんか。聞いてたと思うけど、呼び捨てで良いし、敬語も要らないからね」
「……わかった。杏さん」
「私も、春子で良いわ。五十鈴さん」
「じゃ、これからよろしくね」
それはまだ、決めかねているところだ。
車が止まったのは、それから十五分くらい後の事だった。
車が滑り込んだのは雑居ビルの隣に設けられた月極駐車場。そこから降りて、躊躇いもなくビルの中に入ろうとする春子さんたちを、俺は咄嗟に呼び止めていた。
「あ、あの」
「あら、どうかしたの?」
「ここ、なんですか?」
疑問を目一杯注ぎ込んだその疑問に、春子さんは当たり前のように頷く。が、幸か不幸かしっかり説明してくれた。
「私たちってちょっと特殊だから、警察内に居場所が与えられてないのよ。だから、ここの三階がオフィスになってるわ」
そういうことか。こんな風に隔離されていて、なおかつ少人数編成なら、情報が出回っていないのも頷ける。道理で調べても出てこないわけだ。
オフィスと言われて案内された先のフロアは、どちらかと言えば応接間のような場所だった。さっさとソファに座ってくつろぎ始めた杏さんが、立ちっぱなしの俺たちに顔だけ向ける。
「ああ、その辺の空いてる椅子に座ってて。課長が戻ってきたら話してもらえると思うから。……あ、そういえば。二人ともどんな能力なの?」
「……対象を、止めるの」
「対象を切るんだよ」
腰を下ろしながら答えた回答は、杏さんの興味を強く引いたようだった。
「え、どんな感じ?ちょっとやってみてよ」
そう言って起き上がる杏さん。おい、まさか自分に向かってかけてみろとか言わないでくれよ。俺がそれをやったら冗談じゃすまないんだが。
が、予想は的中することになる。
「五十鈴ちゃん、ちょっとボクにかけてみてよ」
「……あ、分かった」
五十鈴が右の掌を杏さんに向け、目を深紅に染める。元々直立していたため見た限りでは分からないが、今杏さんは動こうにも動けないはずだ。
三十秒ほど経った後、五十鈴が能力を解いた。途端、杏さんが息を大きく吐く。
「おー、ホントだ。じゃあ、怜クンのは?」
「何か、紙でも何でも、切断して良いものあるか?」
自分の腕を切ってみて、とか言い出す前に、別の道を提示する。皮肉にもあの男のおかげで力加減は分かりかけてきたが、まだ必要以上に深くしてしまわないとも限らない。それは全力で避けるべきだろう。
「……あー、何かあったかな」
一分ほど後、杏さんが持ってきたのは、なんだかよく分からない鉄の棒だった。
「これ、前に犯人に折られて使えなくなった警棒なんだよね。捨てるに捨てられなくてそのままだから、これ、みじん切りにしちゃってよ」
みじん切りとは、それはまた大胆に出たな。でもまあ、連続で出るかどうかは試してなかったから、いい機会なのかもしれない。
「それ、どっかに立て掛けて、少し離れててくれ」
杏さんがそれをソファに立て掛け、三歩離れる。周囲から人がいなくなった事を確認して、右の親指と薬指を折りたたむ。三本あれば拳銃は切れる。全力で振れば、警棒もいけるのではないか。
そんな考えと共に、警棒へと狙いを定める。後は振るだけだ。
「……!」
声にならない気合と共に、右手を全力で振り切る。コンマ数秒のタイムラグの後、警棒が同じ軌道で真っ二つになった。
「おおー、これ、どういう原理?」
「それは分からないんだよ。とりあえずこうすれば切れるってだけだ」
「へぇ、じゃあ博士に頼まないとだね」
博士?球体に関する研究をしている人の事だろうか。情報が出回っていないわりに、かなり研究は進んでいるみたいだ。
「……とりあえず、お茶にしましょう?」
九条さんたちが戻ってきたのは、お茶が丁度なくなった頃だった。
「ふいー、やー、疲れたわー」
九条さんが乗り込んだ車を運転していた男性が、短い髪をガリガリと掻きながらソファに寝転がる。そして、その状態のまま俺たちに目を向けた。
「お、そっちのお二人さんが課長の言ってたスフィア球体・キャリア保有者?」
杏さんと同じ様な感じだな。ただ、瞳の色が違う。杏さんの目に満ちていた純然たる好奇心は、この男性の場合揶揄するような興味になっている。まあそうだろう。明らかに毛も生えていない素人であるガキが二人、肩身狭そうに座っていればそうもなる。
「えーっと、柊怜です。よろしくお願いします」
「おお、律儀にどーも。オレは藤波永汰だ。そっちの子は?」
「……東雲五十鈴」
典型的なほど軽薄そうな挨拶に、五十鈴の警戒レベルが引き上げられたようだった。ぼそぼそと素っ気無く名前だけを告げて、俺の体に隠れようとする。残念ながら、横並びにソファに座っている状態だと無理だが。
幸い、五十鈴の態度を何とも思わなかった様子で、藤波さんが良く回る舌を動かす。年齢的には年上だろうが、雰囲気がクラスにいる奴らと同じ感じで、気を抜けば呼び捨てにしてしまいそうだ。杏さんとはまた違った感じで付き合いにくい。
「へぇー、東雲ちゃんか。可愛いね」
「永汰、古典的なナンパはやめなよ。十五歳だよ」
五十鈴が俺の手を握り締める。どう言い返そうかと極力言葉を選んでいたところだから、杏さんの横槍はありがたい。
「あ、マジ?何だ、後五歳年取ってからきてね。それにしても、真っ白い髪って、染めてるわけ?隣の柊君も。薄い茶色だし」
「……地毛です。ストレスで」
一番触れて欲しくない話題をクリティカルに攻めてきた。
俺や五十鈴の反応で、触れて欲しくない事を悟ったのだろう。藤波さんはそれ以上深入りしてこなかった。というか、まずストレスが髪の色が変わるなど、尋常じゃない。
「ま、なんだ。とりあえず新入り?」
「……その件についてはこれから再度交渉に入る」
「あ、そっすか。んじゃ俺は黙ってますね」
「……どうだ?」
主語も何も無い、たった一言の問いかけ。が、その意味は一つしかない。
「……お願いします。俺をここに参加させてください」
この人たちの傍にいて、何かあったときの繋がりを保持しておけば安全性は増す。
「……ふむ、動機は何だ?」
「正直に言って良いですよね」
「その方がお互いのために良いだろうな」
良くも悪くもはっきりした人だ。どんなに言い難かろうが伝え、聞き出す。こちらとしても今はその方がありがたい。
「五十鈴の安全のためです。あなた方と繋がりを持っておけば、何かあったとき助けを求める事ができますし、俺も対応を身につけられるでしょう。もちろん、助けてもらえるような働きは保証します」
俺はそれだけを考えて生きてきた。それが叶うなら、鬼だろうが神様だろうが利用する。おそらく、二人のうちどちらかしか助からいならば、俺は例えもう片方が瀬上だろうと躊躇なく五十鈴を助けるだろう。
「……東雲、といったな。君はどうだ」
「……私も、お願いします」
「五十鈴……」
「怜を危険に晒して、私だけ安全なところにはいられない」
目を合わせ、断固とした口調で宣言されてしまえば俺はもう何も言えない。逆の立場になったとき、きっと俺もそうするだろうから。
「決定だな。では、必要が出た場合、杉下の方から参加要請が行くだろう。そのときの指示に従ってくれ」
「分かりました」
「いーんですか、課長。こんな子供を引っ張り込んで。しかもみょーに打算的っすよ」
宣言通り、交渉中は口を閉ざしていた藤波さんが、ここぞとばかりに口を開く。その言い草には、冗談だと理解していてもむっとせざるを得ない。面と向かって子ども扱いとは、早くも馬鹿にされたものだ。
「……その能力が我々に必要だと判断した。それ以外に理由など不要だろう」
「ま、そーっすよね。あなたはそういう人だ」
そこで、藤波さんの視線が唐突に俺たちへと動く。その目は、さっきとはまた違った光が宿っていた。
「で、その妙に打算的な子供は、図星を指されて怒ったりはしないのか?」
「その程度のからかいで頭が沸騰するほど幼稚ではないと思ってるんで」
「何だ、案外大人だな。ああそれと、別に敬語じゃなくて良いからな」
「そうか、すまないな。どうも慣れないところだったんだよ。クラスにいる奴と言動が酷似しててさ。年上だって実感が持てなかった」
お返しとばかりに軽い冗談を返せば、俺を試すような目のまま、口元が大きな弧を描いた。
「なんだ、そいつが大人びてるんじゃないのか?」
「どうだろうな。どちらかと言えば馬鹿騒ぎしてる奴らの一人だった気がする」
「おいおい、それはいささか酷いんじゃないか?」
「本当のことなんだ、仕方がないだろ」
「ハイストーップ、そこまでね」
少しずつ暑くなっていた体を、杏さんの横槍を機に冷ます。隣で五十鈴が心配そうに俺を覗き込んでいたことに初めて気がついた。とりあえず、安心させる意味を込めて頭を撫でておく。途端、緊張で強張っていた体から力が抜けた。
「あ、いいな。ボクも怜クンに頭撫でて欲しい」
「……だめ。私だけ」
「えー、いいじゃん」
「ちょっと気まずいからやめてくれ」
こんなところで会って二時間も経ってない女性の頭を撫でるとか、今まで人との関わりを断ってきた男子高校生にはハードルが高すぎる。
「はいはい、全員車に乗ってね。今から教授のところにいくわよ」
教授?さっき杏さんが言っていた『博士』と同一人物だろうか。俺たちの能力をサンプリングされるのか?あまりいい気分じゃないが、断るわけにも行かない。
「……あ、お願いします」