拒絶の理由
「え、え!? 君たち、頼んでた買い物は?」
まずはそこなのか。確かに、今朝見た冷蔵庫はほぼ空だったが。
「それより、風呂と救急箱を。それと、できれば子供服」
「はぁ!?」
俺が要求した物品の異様さに、斜め後ろに立っていた木和田が驚愕を叫ぶ。が、今はそんなこと気にしていられるはずも無い。
「一人で入れるか……って、いいや。真弓、お前も一緒に入ってきてくれ」
「分かったわ。……結衣ちゃん、だったわよね。こっちよ」
真弓に手を引かれた結衣が、心底怯えたような顔で付いていく。まあ、さっきの態度を見せられればそうもなるだろう。
「……今の子は?」
「おい、まさか隠し子だったりとか」
「しないぞ」
木和田の邪推は切って捨てて、隊長の方に向き直る。
「モールでAARに包囲されてたところを保護しました。《放電者》です。名前は、結衣、としか聞いてません。すべては、落ち着いてからでしょう」
髪や体、服の汚れ具合から見て、数週間は風呂に入っていないだろう。家出ならまだいい。最悪なのは追い出された場合だ。そして、どう考えても結衣の感性は真っ当じゃない。
「……《放電者》……ちょっと待って。浜尾君、データ出る?」
「出ました」
「相変わらず仕事速いっすねー」
木和田の入れた茶々は総員一致で無視することに決定し、副隊長がモニターに映した登録情報を睨む。
「名前は……細村結衣さんね。両親がいるはずだけど、捜索願は出てないわ。あの子が失踪したとなれば、私たちにも捜索任務が来るはずだから」
「とりあえず、電話番号だけ教えてください」
「……何に使うの?」
「あの子の家族に連絡します。もしかしたら、探してるかもしれないんで」
俺の提案に頷いた隊長は、電話番号だけを抜き出して俺の携帯に送ってくる。
それを確認して、俺は真弓と結衣を待った。
二人が連れ立ってモニタールームに現れたのは、優に三十分以上が経過した頃だった。
「……その服なのか」
「これくらいしかないのよ。借りてるわ」
結衣が着ていたのは、俺が昔着ていたパーカーだった。ぶかぶかではあるが、なんとか着られる範囲内みたいだ。腕の長さが圧倒的に足りず、袖から三十センチほどは中身がない状態なのはご愛嬌と言ったところだろう。
「……結衣ちゃん。自己紹介をしておくよ」
結衣と視線を合わせるために屈みこみ、さっきと同じような声音で話しかける。後方で木和田が爆笑しているが、この際無視だ。後で覚えてろよ。
「俺は柊怜。年は二十になった。アサルトランク、ランク七、球体コードは《不可視分断者》。スフィアフォースの隊員だよ」
「次は私ね。結衣ちゃん、私は槌田真弓。年齢は怜と同じ二十歳よ。サポートランク、ランク四、コードは《瞬間移動者》。私もスフィアフォースの隊員よ」
俺の隣に屈みこんだ真弓が珍しく笑顔で自己紹介を終えたところで、結衣が緊張で強張った口を開いた。
「……結衣……です。十歳に、なりました。……えっと……あさるとランク、ランクふぁいぶの、球体こーど、《放電者》……です」
俺たちをなぞった自己紹介が終わったところで、拭いきれない違和感を、真弓が追求する。
「結衣ちゃんの苗字は何て言うの?」
「……ッ!」
どうやら、触れてはいけないものだったらしい。
真弓がそれに触れた途端、結衣の顔が歪む。引き攣り、細かく震える顔を見て、俺は言葉に詰まった。
そこにあったのは、感情の混沌だった。
「……言いたくないのなら、言わなくていいわ」
辛うじて、釈明の言葉を紡ぐ。それすらも、今の結衣に届いているかどうか。
「結衣ちゃん、と言ったわよね。保護者の連絡先は分かる?」
後ろに控えていた隊長が、いつも通り先生のような声音で問う。それへの答えは、無言の首振りだった。
「……お家の電話番号も?」
今度は縦。
まあ、分からないのなら仕方ない。
「……分かった。こっちで調べて連絡するよ」
「ダメっ!」
鋭い制止。それと共に立ち上がりかけていた俺の袖を掴んだ結衣は、必死の形相でもう一度否定した。首の動きも伴って。
「……それは、やめて……ください。お願い……です……」
この子があの格好であの場所にいた理由の推論が、どんどんと減っていく。最後には、二つしか残らなかった。
「……どうしてだ?」
「……お願い、します……」
「理由を」
口調を、普段通りに戻す。多少厳しくても、今は追及しないと。
「理由を、教えてくれ。言い方は悪いが、君は子供だ。まだ保護者の庇護下にあるんだから、連絡してはならない理由がしっかりしていない限り、連絡しないとダメだ。それは、保護した俺たちの義務なんだよ」
俺の袖を両手で掴んだまま、俯く結衣。
意を決したように顔を上げたのは、一分余りも後だった。
「……ダメだって言われた……です」
「言われた? 誰にかしら?」
真弓、そんなこと、わかりきってるだろう。
「……家を、追い出されたから。……もう細村の人間じゃない、からっ……もう連絡するなって……うちは、もう家族じゃないって……!」
息を呑んだのは、真弓だろうか。それとも、俺なのだろうか。
残った二つの選択肢は、一つに定まった。それは、そっちでなければ良いと、懇願した方だったのに。
球体保有者の子供への、虐待。
それが、結衣があそこにいた理由だ。




