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遭遇

 あれ以来、警察何とか課からの接触は一度だけ、気が変わったら連絡してくれと電話番号を伝えられただけだ。どこか拍子抜けだ。何らかの監視やそれに類するものがあるかもしれないと警戒していた分、片の力が必要以上に抜けるのも仕方ないといえる。

 「……怜、買い物行こう?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

とはいえ、俺たちが求めてやまなかった日常の中に身を置ける事は悪い気分じゃない。それどころか、願いが叶った分幸せともいえるだろう。五十鈴の髪の色も、少しずつ濃くなっている。いい傾向だ。

 いつも通り手を繋いで、いつものスーパーを目指す。そんな日常の一コマは、その日、非日常へとすり替わった。

 いつも、この時間はあまり人影がないはずの通りで、珍しく人を見かけたのだ。

「……この間の人じゃない?」

「……お、本当だ。瀬上みたいだな」

フラフラと定まらない足で、俺たちへと向かってくるのは瀬上。輪をかけて珍しいな。瀬上がこっち方面にくるのはあまりないはずなのに。今日も特売なのだろうか。そうだとしたら、あまり行きたくは無いな。

 どうでもいい思考に気をとられていた俺を現実へと引き戻したのは、五十鈴が呟いた一言だった。

「……あの人、何持ってるの?」

瀬上らしき人影の右手が握っているのは、先端に向けて太くなっている棒。そう、例えるならバットのような――――そのものだ。

 ここは住宅街の真ん中で、周辺に野球をするような場所は無い。瀬上がここでバットを持っている理由はないはずだ。それが、本来の使用方法であるならば。クラスメイトを疑うのは心苦しいが、この状況では職務質問されても文句は言えないのではないだろうか。

「……五十鈴、ちょっと待っててくれ」

「大丈夫?」

「ああ。クラスメイトだし、いきなり襲い掛かってくるようなことは無いと思う」

何気ない感じを装って、瀬上らしき人影に近づいていく。やはり、瀬上だった。ただ、雰囲気がおかしい。

 目は虚ろで、口は半開き。力の入っていない歩き方で、俺に挨拶しようともしない。ともすれば、俺の存在に気がついていないのかと疑うほどに。とりあえず、声を掛けてみるか。それが一番手っ取り早い。

「よう瀬上、奇遇だな」

その返事は、無言で振りかぶられたバットだった。

 「怜!」

「うわっ!」

脅しでもフリでもない、俺の頭をかち割るための攻撃。容赦も手加減も躊躇いすらもなく、ただ淡々と俺を殺しにかかってきている。その事実が俺の体を竦ませ、動きを阻害する。

「おい……やめろ……どうしたんだよ瀬上……」

瀬上の瞳が、俺を見下ろす。そこには何の感情もなく、ただ吸い込まれそうな闇が広がっていた。あきらかに、正常じゃない。

 地面にへたり込む俺に頓着せず、瀬上がもう一度バットを振り上げる。今度こそ、必殺の威力を伴って。体の芯が様々に絶叫しても、体は神経が切れたように動かない。ぜんまい式の玩具じみた動きで、瀬上がバットを振り下ろす。太陽光を反射してくすんだ銀色に煌くそれが俺の頭へと迫り――――鼻先数センチで止まった。不自然に、映像を一時停止させたかのように。

 はっとして五十鈴の方に顔を向ける。そこには、右の掌を突き出した五十鈴が、強く目を瞑って立っていた。

「悪い!」

無事の報告と謝罪、そして感謝を一言に凝縮した俺の叫びを聞いて、五十鈴が恐る恐る目を開ける。そこには、恐怖の残滓と安堵が浮かんでいた。まったく、護るはずの俺が護られてどうするんだよ。

 頭を振って今までの恐怖を追い払い、停止している瀬上に向き直る。バットの軌道上から離れて、五十鈴に叫んだ。

「解除して大丈夫だ!」

途端、瀬上の体に力が戻り、バットが地面を打つ。甲高い衝撃音が響いた。おそらく、今瀬上の手は衝撃で痺れているはずだ。今のうちに。

 心の中で謝りながら、瀬上の右手を蹴り飛ばす。予想通り力が抜けていたのか、弾かれたバットが瀬上の手から離れて宙を舞う。そして、瀬上の目に生気が戻った。

「……え……私……何、して……?」

赤く腫れた自分の手と転がるバットを交互に見やり、俺へ視線を向ける。

「……何があったんだ?」

「……私、家を出て、すぐに、太った男の人と目が合ったの。そしたら、体が軽くなって……気づいたら、ここにいた」

「そっか。分かった。そのバット、お前のだろ?それ持って帰りな。何かあればまた」

「……うん。分かった」

釈然としない面持ちで、瀬上が反転する。俺も五十鈴の方へと踵を返したとき。俺は見た。

 五十鈴の傍ら、俺の十メートル程先にある路地から、太った男が出てくるのを。そいつの目が、深紅から黒へと変化したのを。狂気を孕んで歪んだ口元を引っさげて、そいつが五十鈴に近づいていくのを。

「五十鈴ッ!」

男に気がついた五十鈴が右の掌を向けるより早く、男の目が紅く輝く。五十鈴の全身から、力が抜けた。

「ッ!おい!五十鈴!?」

嫌な予感が全身を駆け巡る。おそらく男は能力者、あの二人の言葉を借りるなら『球体保有者』だ。そして、瀬上が出会った男と、同一人物なら。おそらくその能力は洗脳や催眠術の類だろう。だとすれば、五十鈴も操られる可能性が高い。

 そして、俺の予想は的中した。

 五十鈴が、先程の瀬上と同じ様な動作で右手を俺に向ける。その目が紅く輝く前に、俺は直線軌道から左右ランダムな動きへと走り方を変えた。

 五十鈴の能力は相手の動きを止めるが、それには右の掌で照準を合わせる必要がある。裏を返せば、右手に捉えられなければ止められることもないということだ。なら、止められないように動けばいい。

 そして、おそらく男の洗脳は痛みを覚えれば解ける。さっき手を蹴り飛ばしてすぐに瀬上が正気に戻ったのもそのせいだろう。そうならば、バットで思いっきり地面を打ったくらいの痛みではダメだという事だ。

 なら、ずっと隠してきた方法を使うしかない。

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