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罪悪感の帰還

「……どういう、ことだ……?」

やっとのことで絞り出した声は、低く掠れていた。それでも聞き取ることはできたのだろう、長戸さんが眉をひそめる。

「当たり前といえば当たり前よ。君は自分がやったことが分かってる?」

やったこと。俺が、やったこと。順当にいけばゾディアックのことだろうか。

そこで俺は、自分が何故こんな組織の懐にいるのか分からないことに気づいた。怒涛の展開で思考がそこまで追いついていなかったのだろうか。

今から、ゾディアックと相対したときまで記憶を遡る。あのベッドで縛り付けられている状態で目が覚めて――――その前の記憶では、俺はゾディアックと用心棒を前に叫んでいた。……記憶が、欠落している。今が何時かは知らないが、十分やそこらでは足りないだろう。単位は、もしかしたら『日』かもしれない。

そんな俺の表情を読んだのか、はたまた別の要因からか、この部屋にいる人間は、みな一様に愕然とした。

「君、分かってないの?」

「そういうことじゃない。ゾディアックのところに乗り込んだ後から、目が覚めるまでの記憶がない」

唯一覚えているのは、心の奥から沸きあがった問いに答えたことだけだ。

――――あの男を、斬りたい。

そう強く願ったことだけ。

その不気味さに耐え切れず、俺は今までの頑なな態度も忘れて尋ねていた。

「何があったんだ。俺は何をやったんだ。教えてくれ」

俺の殊勝な態度に目を丸くする槌田を他所に、長戸さんはその脇の男と二言三言話し、俺へと向き直った。

「これは推論だけど、君は能力を暴走させたの。詳細は研究中よ。記憶がないのはそのせいね。そして、君が起こした事実は二つ。一つは、廃工場周辺二百メートル四方を斬撃の嵐によって更地に変えた。そして、もう一つ」

そこで、長戸さんは言い難そうに口を噤んだが、意を決したように言葉を継ぐ。

「ゾディアック以下、その配下四十一人を、原形も留めないほど切り刻んで殺したのよ」

刹那、視界が揺らめく。陽炎のように揺れたそれに俺は平衡感覚を失い、数歩たたらを踏む。とっさに背後から支えられるが、俺にそれを感謝する余裕はない。

「これがその現場よ」

男が備え付けのパネルを操作すると、右手のディスプレイに、数枚の写真が表示される。

そこに写っていたのは、言葉通り現場だった。見覚えのある工場地帯。が、そこに建っているはずの建物群が無かった。あるのは、扉サイズまで細かくなった瓦礫の山だけ。

その横の写真は、赤黒い水溜りと、腕や足が千切れ飛んだ死体。その中の一つに、見覚えがあった。俺が乱入したとき、すぐ傍で固まっていた男だ。今は、四肢のない肉塊として横たわっている。

つまりこれは、ゾディアックが根城にしていた廃工場の成れの果てだ。

「……は、はは……」

開いた口からは乾いた笑いが漏れ、右手で額を押さえる。そうして気を紛らわせていないと、発狂してしまいそうだった。

「……これ、俺がやったのか……」

冗談じゃない。こんなもの、五十鈴を守るためだったとしてもやりすぎだ。しかも、五十鈴を助けるためなら、最悪ゾディアックと後二人ほどの死体で良かったはずだ。全員惨殺して、周囲も更地に変える必要なんて無かったんじゃないか。

昔、そう。三年ほど前の俺なら、この光景に何を感じることも無かったかも知れない。五十鈴に手を出したんだから当たり前だと。当然の報復だと。現に、俺も五十鈴を誘拐されてからはそう考えていた。

けれど、今この写真を前にして、俺は胸中の復讐心が急激に萎んでいくのを自覚していた。すっと、塩がお湯に溶けて見えなくなるように。

「……五十鈴は、無事なのか?」

「ええ。槌田さんが君を連れてきた少し後、警察に保護されたらしいわ。今は国立球体保有者研究所で眠っている」

その大仰な名前の施設は、ラボのことだろう。ならば、安心だ。俺がこれだけのことをした目的は、果たされたことになる。

――――ダメだよ、ちゃんと思いやらないと。同じ人間なんだよ?

瀬上の言葉が、耳の奥で蘇る。俺が、人並みの感性を取り戻し始める要因になった、唯一と言っていい友人。俺を、あの時以来、初めて『人』として、周囲と同じように扱ってくれた唯一無二の人。五十鈴のいない学校で、俺が頼り、安心できた人。

瀬上のその一言で、俺は罪悪感を思い出したのかもしれない。

「……大丈夫かしら?」

不意に耳元から生まれた声に飛び上がりかけるが、俺が槌田にもたれかかったままだと言うことに気づき、慌てて起き上がる。

「……君も気づいていると思うけど、君の行為は明らかな過剰防衛。救助作戦とはいえ、全員殺す必要も、廃工場を壊す必要も無かったんだからね」

首肯を返す。そんな意地を張ったところで、青ざめているであろう顔色でばればれだろうが。

「だからこその指名手配よ。ただ、今そんなことをすれば球体保有者への反感を煽ることになるから、警部レベルで止まってるけどね」

長戸さんがさらりと放ったこ言葉。その意味を正しく理解するために、俺は少しの時間を要した。

「球体保有者への反感?どういう意味だ?」

長戸さんが語った内容は、俺の疑問全てに解答しておつりが来るものだった。


「……なるほどな。だから公にはしないってか」

「その通りよ。けど、だからといって捕まらないわけじゃない。おそらく、警官に見つかれば追われることになるわ。家や家族、知人も見張られると考えていい」

「けどな、俺に加入しろって、どういうことだ。国の組織なら、警察に突き出すのが道理だろ」

閣議決定され、施行は秒読み段階と言われる新法案と、その内容。そしてその反応についての解説を終えたとはいえ、俺はまださきほど告げられた言葉の真意を測りかねていた。

「君の能力は、私たちの組織にとって喉から手が出るほど欲しいものなの。だから、君が加入するなら、捕まらないように匿うこともできるわ」

なるほどな。そして、俺としても捕まるのは避けたい。一応、筋は通っている。

「わかった。加入する。……けど、条件がある」

俺の告げた『条件』に、長戸さんの表情が引き締まる。それを気にせず、続けた。

「五十鈴と、話をさせて欲しい」

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