第八話
ガタンッ
身体が跳ねました。
授業中にうとうとしている時、不意に来る痙攣に似ています。
「………?」
寝惚け眼であたりを見渡せば……ここは学校じゃないですか。
そして、心配そうに覗き込んでくる瞳が。
「大丈夫ですか」
「黒澤、さん……?」
クラスメイトの、黒澤が居ました。
ああ、そうか、とロリーは目をこすりながら考えます。
帰ってこれたんだ。
「***さん、送りましょうか?顔色が悪いですし」
「あ……はい……」
彼女とは同じ方向だったはずです。
でも……。
わたしの名前の部分が聞き取れなかった。
くぐもった……フィルターをかけられた声だった……。
陽はまだ高いようです。
今日は半日授業だったのでしょうか。
人の気配はあります。
教室にも、実際に十人くらい残っていました。
カバンを抱えて、なるべく生徒たちとは目を合わせぬように黒澤さんについて行きます。
「そういえば」
ピタリと、黒澤さんが階段前で立ち止まりました。
そんな場所に止まったら人の邪魔になりませんかね。
「何か夢でも見ましたか」
彼女はこちらに背を向けたまま、ロリーに声をかけます。
冷たい、淡々とした口調はロリーが苦手にしているものでした。
夢なんて、確かにみましたが……。
「……見ましたけど……」
ふぅん。
黒澤さんは興味がかけらもないようすです。
じゃあ、なんで聞いたのでしょう。
「じゃあ……あなたはここにいてはいけませんね」
「え?」
パシャン
水が跳ねる音がしました。
まるで、うっかり水たまりを踏んでしまったように、派手に水が跳ねた音です。
「京太」
黒澤さんが名前を呼びます。
京太は、黒澤さんの友人。
振り向けば……黒い霧が揺らめいています。
それは、かすかな人の輪郭を作っていますが……それが京太なのかロリーには判別できませんでした。
「彼女を元の世界へ。いるべき場所へ」
黒澤さんが、淡々と言います。
黒い霧からは少しばかりの粘性を帯びた水が滴り落ち、足下に黒い水たまりを生成していました。
一歩、ロリーに歩み寄ってきます。
恐怖で動けませんでした。
「いるべき、場所に……」
霧の、口の部分がにたりと薄ら開きます。
白い歯と、赤黒い肉が見えました。
そして、黒霧の男は黒い剣のようなものを振り上げます。
どうして何も言わないの。
どうして誰も言わないの。
誰も気づいてないの?
わたしのいるべき場所は!
「ごめんなさい、***さん」
ーあなたのいるべき場所は、ここじゃないのー