第六話
「こんな、こんなの違います!わたしはこんな世界に生まれていない!」
ロリーはベッドから飛び出し、マーシュの胸を叩きました。
小柄で弱いロリーのパンチでは、彼はびくともしませんでしたが、ロリーは構わず叩き続けます。
「帰らなきゃ、帰らなきゃいけないのに!きっと怒ってる……お母さんたちが怒ってる!そうなったらわたしは、わたしはっ!」
「お嬢さま!」
「嫌よ、離して!離してください!帰らなきゃいけないのに、早く帰らなきゃいけないのに!」
落ち着いてください。
そんな優しいジャックの声も届きません。
彼に制止を受けながらもロリーは癇癪を起こし、何も考えられなくなっていました。
「こんな姿、わたしのじゃない!返してください!わたしは、わたしの、帰らなきゃ!帰らなーーっ!」
ロリーは激しく咳き込みます。
息を吸い込むことすらできない状態です。
ジャックはそれでもなお暴れ続けるロリーを抱え上げ、ベッドにのせました。
「バカな子……」
マーシュの手が、ロリーの細く咳によって痙攣する首へ伸びました。
するりと撫で、首筋で手を止めると、ひんやりとした手から熱が流れ込んで来るような感覚がします。
ぬるま湯に浸かって揺蕩うような……心地よい温もりが身体を包み、それに合わせて咳は引いて行きました。
「けほっ、ぅ……ぁっ……」
「どう?キモチイイ?楽になった?」
マーシュの問いに、ロリーは虚ろな目で頷きます。
それを聞いたマーシュは満足そうに、それは良かった、と手を離してしまいました。
もっと触れていて欲しかったのですが、如何せん全身から力が抜けてしまいました。
声を出すのも億劫になります。
そして……とても眠いのです。
「君は、森の中で倒れていた」
ぽつりと、マーシュが声を漏らしました。
「ひどい状態だった。髪も肌もほとんど焼けて……獣に腕は持って行かれていて」
そんな覚えはありません。
何かに燃やされた記憶なんて……欠片もありませんでした。
「俺の力でここまで修復できたんだ。体が馴染むまで大人しくしていてよ」
声が出ません。
何もかもが億劫になります。
強烈な眠気に逆らおうともそれは濁流となり、何もかもを押し流して行くようでした。
焦燥感。
悲壮感。
そして、安堵が湧き上がっては消えて行きました。