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八匹目


日曜日の午前中は決まってバイトの日だ。




ちび猫番長も相変わらず店内のテーブルで鯛焼きを食べている。


今日は祖父は朝から買出しで奥に居ない。静かなものだ。




客が一旦はけたところで、俺はちび猫番長の目の前に二匹の鯛焼きを乗せた皿を置いた。


甘いの好きそうだから、鯛焼き二個も多分大丈夫だろう。




「…これは?」


「俺が考えた夏用の鯛焼き…」



「え?じゃぁ、店に出て…ないのか…?」


「出てない。だって、試作品だから。前に俺の考えたの食いたいって言ってただろ…」



「…うん、言った…」




…今少し思い出そうとしてないか?何だ、忘れてたのか?




「…だからさ、高尾の意見、聞かせてくれよ。…俺のに付き合って」



「…!!あ、ああ、良いぞ!つ、付き合ってやるよ!!付き合う…!」




"瞳を輝かせて"と言う言葉がぴったりな感じがする表情で、ちび猫番長は俺を見てきた。

本当にこういう事、ってあるんだな…。




「…お、おう…ありがとな」

「ああ!任せておけよ!」




何だか喜んで引き受けてくれた。


身を乗り出して答えてくるなんて…



…そうか!やっぱりちび猫番長は"餡子"が好きなんだな!




今回考えた鯛焼きは、皮は冷やして、中の餡はあずきアイスと細かい角切りピーチを混ぜたものなんだ。


まぁ、鯛焼きアイス…なのかな?




「…冷たい…」



「変かな?」



「…変じゃないけど、夏だし良いんじゃないか?美味しいよ!」




そして俺に笑顔で答えてくれた。

その感じからすると、感じは良いようだな。




「これ、まだあるのか?試しに少し出してみたらどうだ?」




「…高尾の為に作った特別製だから、それしか作ってないんだ…」




「…私の為に…?」


「…そう、高尾の為…」


「………」


「………」





…な、何だ…この無言の空気は…!



俺もつられて言葉が出ない…。





「…私の為に作ってくれて、嬉しい…」




「……私の言葉を覚えてくれて、嬉しい…」




「…水瀬…」





…喋ったかと思うと、何故そこでそんな上目遣いをしてくるんだ…。





「………たか、お…?」




……声が不自然に掠れる…。



視線が…外せない…。



その瞳から、外せない…。






―…ザ…ザーザーザーザーザァザァ…




…雨…夕立が降って来た。


雨音が大きい…。



今の俺の心臓の音もその雨音で消してくれ…。




………高尾…。







―ガラッ!



「ふぃ~…夕立とは…!」





…そこに祖父が濡れ鼠に近い状態で帰って来た。



……すごいタイミングだ。





「…か、帰る!ご馳走様!!」


「え?…あ…」




祖父の突然の帰宅に弾かれた様に椅子からちび猫番長が立ち上がり、そんな言葉を残すと出て行ってしまった…。




…あれ?…傘…持ってないよな?


俺は以前、雨で風邪をひいたちび猫番長を思い出して、適当なビニール傘を掴んで後を追った。





「…高尾!」


「…!」



直ぐ追いかけたからか、そんなに遠くない地点でちび猫番長に追いつけた。



…けど、やっぱり結構濡れていた…。



俺の自分にさしている傘に当たる雨粒と雨音は両方大きい。


それほど激しいんだ。




「…もう遅いかも知れないけど、傘、使えよ…」



「…ん、ありがと…」




そしてちび猫番長は俺から傘を受け取って、その場で傘を開いた。




今度はお互い視線を合わせないで外したままだ…。



…見れない…。




「…じゃ、またな!」


「ああ…またな」




傘をクルリと回転させて、俺にそんな言葉を掛けてちび猫番長は帰っていった。


俺はそれを目の端で確認した。





…夕立の雨は周りの大気の温度もあってか、生温かった。



―…俺は夏を強く感じた。








「た・く・み!」<パッ・パッ・パー!>



学校の帰り、俺の名前と共に器用に車のクラクション音をさせて一台の車が横に止まった。


…ウィンドが全開でなくとも、俺はこの車の所有者を知っている…。



「…なぎ…」


「や!拓海!買い物付き合ってよ!!」



姉の凪…"水瀬みなせ 凪紗なぎさ"だ。




「いつ帰ってきたんだよ?」


「一昨日!これ、お土産~」




そう言いながら俺にアロハシャツを着た人形の付いたキーホルダーを渡してきた。

…なんだ、この人形は…。




「ねぇ、それでさ、今から買い物付き合ってよ!お願い!!」

「何だよ…急だな…」


「付き合ってくれたら、夕ご飯おごるし、欲しいCDとか欲しいの1万以内で買ってあげるから!!」

「…随分と奮発するじゃないか…」


「…アイツに使う分が消えたからね!弟にプレゼントさ!!」



そう言いながら凪は不機嫌そうに俺から視線を外し、前方を見た。



…どうやら付き合っている奴と何かあったらのか…。

……深くは聞かないでおこう。



…話されては別だが。




「…良いよ、分った」


「やった!さ、乗って!!」




その凪の言葉に俺は車に乗り込む。



そして乗り込んでから、俺はサイドミラーにちび猫番長を見た気がしたが、一瞬だったから、本当か分らない。


凪は当たり前だが、そんなの気にせずにすでに車を発進させている。



―…俺の脇で景色が流れ出した。







…ちび猫番長…高尾亜紀は確かにそこに居たのである。

居たのだが、慌てて隠れた為、拓海は"見た気がした"と感じたのだ。


そしてこの番長少女、今までに無い位の動揺を露にしていた。



「…水瀬と一緒のは…誰?!」



戦慄く小声で発せられた少女の問い掛けに答える者は、当然だが誰もいなかった…。


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