六匹目
…俺の日曜日の午前中は、祖父の鯛焼き屋でバイトの時間だ…。
俺はちょうど客が切れたところで、最近疑問に思っていた事を祖父に聞いてみた。
「ところで、じいちゃんがオセロや囲碁のゲームに勝ってたら、どうなっていたんだ?」
「あのカワイコちゃんが日曜日の午前中、お前と一緒にタダでバイト。タダ働きだ!!どわ~~ッはっは!!!」
…すげぇ愉快そうにしている…。
これは、ある意味マジだな…。マジ臭を感じる。
「ほーーーー!今、ワシはとんでもない名案を思いついた!ちょと文房具屋に行って来る!!店番、頼んだぞ!」
「あ…!ちょ…」
…今度は何だよ?!ものすごい勢いで出て行ってしまった…。
たまに祖父の行動に着いていけない…。
「よし、このピンクのスタンプカードを亜紀ちゃんにあげよう!」
「?」
今日もちび猫番長はやって来て、備え付けのテーブルで鯛焼きを食べていた…
…ところを、祖父に捕まって、謎のピンクのスタンプカードやらをちらつかされていた。
フリフリと動くスタンプカードに興味があるのか、ちび猫番長の瞳がそれを捉え続けている。
「これはな、ワシとゲームをして、亜紀ちゃんが勝ったらスタンプを一つ押す…。
そして、これが一枚溜まったら、拓海の休み一日と交換してやる!!まぁ…全部でスタンプは20個必要だがな?」
「…おい、またかよ…別に良いけど…」
「…み、水瀬、良いのかよ?!」
「…良いよ…もう作ってるし…」
「ほーほーほー!!殊勝じゃ、拓海!こんなカワイコちゃんと遊べるのだ!ワシに感謝せぇい!!!」
俺は先日ちび猫番長と映画に行った時の事を思い出していた。
うん、あの日は悪くなかった。
…ただ、それだけだ。それだけ。
「…コホン!そしてこっちの青いの、これはワシが勝ったらスタンプを一つ押す。
ピンクのやつと同じだが、これが一杯になったら、亜紀ちゃんに日曜日の午前中、拓海と一緒だがタダでバイトしてもらう!」
「水瀬とバイト…!!」
…タダは良いのか、ちび猫番長…。
…何だ…少し身を祖父に乗り出して、ジワジワと惹き付けられている。
ちび猫番長はもはや祖父の提示しているカード達に釘付けの様だ。
「最後に黄色…。これは引き分けの時もあるだろうと作った物だ。
これが最後までスタンプが押されたら…」
「…たら…」
ちび猫番長が少し身を屈めて黄色いカードを見上げた。
その動きは黄色いカードを警戒している様に感じた。
「拓海がワシらに好きな鯛焼きを一つ作ってれる!これは無料サービス!」
「俺を変に巻き込むなよ?!」
あ。
変に絡んでしまった…!
俺の声に反応して二人ともこっちを見てる。ええい!こっち見んな!!
「…まぁ、とりあえずスタンプを賭けてゲームをする時はゲーム前に提示する事。無いのは無効!
時間内ならスタンプを賭けたゲームの回数制限は無し!ただし、日曜日の午前中だけ。終わらない時の時間的引き伸ばしは有り。
ゲームは多岐にわたるぞ!以前の様にはいかぬわ!覚悟せぃ!!
…もちろん、スタンプの有無に関係なくワシとゲームは可能!いつでもカマ~ン!!」
「……!」
「ヘイ!キューテーガール、やるかね?」
「やる!」
そしてちび猫番長は両手を出して、「ちょうだい!」と祖父に言っていた。
…く…その無邪気さ…ちょっとクラつく…。
「…ところで七夕の笹はどうした?」
ちび猫番長は祖父とのやりとりも終わり、俺もバイトが終わって帰ろうとしたところをちび猫番長に呼び止められたのだ。
「ああ、下げてあのまま、今は裏に置いてる」
時期、ってのがあるからね。
俺の答えにちび猫番長は少し視線を泳がせながら、こんな事を言って来たんだ。
「…あのさ、私が書いた短冊、貰って行っても良い?」
「…良いけど…何で?」
「あのね、願いが叶ったんだ…!だから、記念にしたくて…」
……そうか…
「……良かったな?」
「ん…!」
…名前、呼んで貰えたんだな…ちび猫番長、良かったな……良かった………
「………………………」
「…?水瀬…?」
……いけない。考え込んで反応が遅れた…。
そして、とりあえず今はちび猫番長の顔が上手く見れない…。
「…あ、俺、笹取ってきてやるよ…」
「…み、水瀬…!」
…俺は無言で、俺の腕を掴んきたちび猫番長を見た。
「ま、また名前で呼んで…!この前の映画見に行った時みたく…」
すごく赤くなりながらちび猫番長が俺を見上げている…。何故か必死そうだ…。
………まさか、な……そうだ、変に期待しない方が良い……前に失敗した事もあるし…………。
「…高尾と…二人で遊びに行った時は…そう呼ぶよ…」
「…じゃぁ、今みたいな二人っきりの時は…?」
俺にこんな質問をしながら、ちび猫番長は腕に力を込めてきた。
…ちょっとこれは指の跡が残るかもしれない…本当、さすが本格派番長様である。
「…"高尾"」
ちび猫番長の質問に簡素に答える。
「………ん、分かった…それでいい…」
小さめな声で俺にそう言うと、ちび猫番長は手をスルリと俺の腕から外した。
その後、俺は笹を取ってきて、ちび猫番長はそこから自分の短冊を取ると帰って行った。
俺は位置的に床の上に投げ出されている、自分の短冊を見た。
…それは少し投げやり気味な、今の俺の心みたいだった。