五匹目
今日の日曜日は…鯛焼き屋のバイトは休みである…。
そして俺はちび猫番長と映画を見る約束をしていた。
…これは、以前祖父とちび猫番長がオセロか囲碁の勝負の時に、俺の休日を賭けてゲームをして、祖父が負けた為に発生したものなのだ。
俺の知らないうちに!
…まぁ、俺は待ち合わせ時間に十分間に合い、少し前に着く様に歩いていた。
しかし、待ち合わせ場所にちび猫番長はすでに居た…おまけ2名と一緒に…。
その彼らは遠目でも、いさかいをしている雰囲気だと分かった。
…何だ?ちび猫番長は絡まれてるのか?ベタな…。
「俺達と遊ぼうぜ?」
「そうそう!」
「…いいから、向こう行けよ!」
「何で俺らじゃ駄目なんだよ…」
「うるさい!待ち合わせしてんだ!」
「…亜紀」
「!」
「…待たせたな」
「…ぁ…た、たく…拓海…ぃ!」
ちび猫番長も何かを察したのか、すぐに俺を下の名前で呼んできた。
俺を見る目は少し潤んでいて、頬が赤いのは気のせい…だな。うん、気のせい気のせい。さっき怒鳴っていたし。
「オイ、お前なんだ…」
「…………」
俺は、俺達を呼び止めた奴を僅かに見下ろしてやった。
…俺の方が背が高いからね。前も言ったけど、俺は182cmある。
それと、最近はあまり行ってないけど、俺は一応祖父の知り合いの合気道の道場に通っているのだ。
一応、それなりの対処は出来る…と思う。出来ればしたくないけど。
ちび猫番長はその間、俺の後ろから奴らを睨んでいる様だ。
「…うるさいな…俺達の邪魔をするなよ。…亜紀、行くぞ」
「う、うん!」
そうして俺は一応、彼氏彼女っぽく手を繋いで足早にその場を去った。
何故かちび猫番長はこの状況で始終主に笑顔だ。なぜだ…。ピンチじゃなかったのか?
「え…さっきの奴らって、学校の…?」
「…そうだよ」
俺はちび猫番長の舎弟と知らずにあんな行動を取っていたのか!
しかも"亜紀"って、名前呼びまで!!
「…でもな、水瀬、私嬉しかった…」
「え…?」
「水瀬の行動が、嬉しかったんだよ?」
そうして"ニカッ"とちび猫番長は俺に笑いかけた。
「…お前なら今後、"亜紀"呼びでも…良いぞ?」
「いや、"高尾"で…」
「…なンだよ、それ…」
俺のほぼ即答に近い声に、ちび猫番長は少し怒った風だ。
だって、想像してみてくれよ?
舎弟に人気のちび猫番長を下の名前呼びだぞ?
しかもどうやら呼び捨て!
…正直、俺はしたいっちゃーしたいけど、面倒事は御免こうむりたいんだ。悪いけど…。
「…………」
「…んじゃ、水瀬、映画に行こう…?」
「…………」
…俺だって、"亜紀"って呼びたいんだ…、高尾…。
「どうした?行こう?」
「…~…亜紀」
「…!!」
俺はちび猫番長の名前を呼びながら、斜め下に視線を落とし、彼女を見ない様にした。
顔がとても熱い…。酷く赤いに違いない…。
「き、今日は…お前を"エスコート"しなくちゃだろ?!」
「え?…あ、う、うん?」
「じいさんが軍資金くれた!」
「あ、うん…お礼言わなきゃ…だな…」
「……~それに、エスコートなら、"亜紀"の方が良いかな…って…思っ…て…それで…」
「…分かった!拓海!!今日はそれで行こう!!!」
俯きゴニョゴニョ言い始めた俺に、明るいちび猫番長の声が降って来た。
そして俺の手に素早く自身のを絡めてきたんだ。
小さい、柔らかな白い手が、俺を力強く前へ引っ張った。
俺はその力にすんなり足を前に出して、ちび猫番長と歩き出したんだ…。
やがて手を繋いだまま並んで歩き始めて、ちび猫番長が俺を見上げて笑顔を見せた。
俺はそんな彼女に普通に笑顔で返した。
その時、何か言葉を交わしたわけじゃないのに、これが最高の返答だと思った。
すぐ隣りにちび猫番長が居る。
…こんな日曜日も良いかなと、俺は…思った。
=おまけで舎弟達の会話…=
「…水瀬…さん」
「"さん"?!」
「…いや、ここは…水瀬の兄貴…の方が良いかな?」
「"兄貴"ィ?!間宮さん、どうしたんスかァ?!!」
「…あの眼光、ただモンじゃねぇぜ…。あれなら亜紀をしっかり安心して任せられる…!
ただのヒョロヒョロの鯛焼き野郎だと思っていたけど、近くで見たらあれは何かやってんぞ?!」
「間宮さんが認めた…すげぇ…!…水瀬の兄貴…っスね!」
「おうよ…!早速仲間に水瀬の兄貴の事を報告するんだ、政行!!」
「アイアイッ!サァ~~~ッ!…ッス!」
…などと、密かにこんな事が起こっているのを、彼は当然知る由も無いのであった。




