四匹目
日曜日の午前中、俺は祖父の鯛焼き屋でバイトする。今日も例外ではない。
そして今日もちび猫番長は店にやって来た。
「…七夕イベント?」
「ああ…入り口に笹があっただろ?」
「うん、あった」
「あれに、短冊吊るせるんだよ。やるか?」
「…やる!」
ちび猫番長は数ある色の種類から、青を選ぶと先日備え付けた店内のテーブルに行き、考えだした。
そして書き終わった短冊は当然、笹に吊るすのだが…小柄なちび猫番長は空いている空間の笹に届かなかったのである。
「…俺がけて付けてやろうか?」
「…ぃ、いい!自分で付ける…」
俺の申し出に、顔を赤くしてちび猫番長は拒否してきた。
…背伸びして頑張ってるのは分かるが、履いているミュールでバランスが保てない様だ…。
「そうか…」
「あ!ねぇ、脚立ある?あるなら貸してくれないかな?」
「あるよ。取ってくる」
「ありがと!もうね、頭来た!天辺に付ける!!」
…クリスマスツリーの星を連想してしまった…。
…そして、俺は偶然か風のいたずらか…ちび猫番長の七夕の願い事が見えてしまったんだ…。
笹の天辺ではためく、青い折り紙を使って作られた短冊には…
―…名前で呼んでくれますように。
と、読み易い文字で書かれていたのだ。
…なぜちび猫番長のだと分かるのかと言うと、この笹に青はちび猫番長のしか吊るされていないからだ。
しかも、分かりやすく"天辺"。
そして、彼女の指している"名前"は、おそらく下の名前。
"亜紀"
こっちの方だ。
ちび猫番長の本名は"高尾 亜紀"と言うのだ。
でも、"誰に"呼んで欲しいのかが分からない。
……絶妙に伏せてあるのが気に成る…。
しかし、気に成るからと言って、ちび猫番長には聞けない。
俺が見た事がバレるからだ…。
「…なぁ、水瀬は…短冊、書いたのか?」
「いや?」
「か、書けよ!今すぐ!!」
「今?」
「今、だよ!い、ま!」
…そして俺は半ば強引にちび猫番長に押し切られる形で短冊に願い事を書く羽目になった。
そこで俺は短冊にこう書いたんだ。
――…名前が分かりますように。
さて、どこに付けるかな…。
「い、一番上は駄目だぞ!私のがあるからな!」
…まぁ、もっともだ…。
「こ、こ、ここなんか、良いんじゃないか?!」
「……?」
…ちび猫番長が指定してきた所は、中間より下辺りで他に短冊は無く、何とも短冊の全貌が見やすい位置だった…。
「……ここ?マジ?」
「そ、そう!ここ!こ、この位置の一番乗りになれるぞ、水瀬!」
…何でさっきから変にどもってんだ…。
「ま、良いか…」
そして俺はちび猫番長の指定してきた位置に短冊を吊るした。
…おーおー。俺の願い事が良く見える…。
まぁ、俺の名前は記入してないから、今のところちび猫番長にしか俺のだとは分からないんだがな…。
ちび猫番長を見ると、俺の短冊を凝視しながら、何かを考えている様だった。
…ってか、そんな凝視とかって…。何プレイだよ、って違うか。
「…まぁ、俺のは叶いそうに無いな…」
「……え?何?」
「何でも無い…」
…俺は不思議そうに見てくるちび猫番長を残して店に帰った。
後方から、笹とも短冊ともとれる"カサカサ"とした音が俺の耳を掠めて行った…