十一匹目
今日も俺は祖父の手伝いで鯛焼きを焼く。
ちび猫番長は今日も安定の訪問時間に店へやって来た。
そして祖父にカードを提示して、ゲームを始めるのだ。
「ほッほぉ?思ったよりスタンプの溜りが早いの?」
「ん!頑張ってる!今日も…勝つ!!」
「そーかそーか、亜紀ちゃんは可愛いの~」
祖父へ握った拳を前へ出す形でファインティングポーズのちび猫番長…は確かにどこか愛くるしい。
「たくみーぃ、亜紀ちゃんのスタンプが溜まるまで、お前はワシの手伝いしか予定を入れるなよ~」
「それは横暴だ!」
飲食コーナーから祖父の声が飛んできた。
…ま、言われなくともそんな予定とか大して無いから大丈夫だけどな。
俺に言葉を掛けた後、祖父はニヤリとちび猫番長へどこかイヤラシイ笑みを浮かべた。な、何だ?
「じゃ、ワシもそろそろフルスロットルで攻めようか?」
「え…」
「亜紀ちゃんの攻めパターンはだいぶ頂き済みじゃからな!」
「…!!!」
何と爺さん…そんな事をしていたのか…!
俺は思わずちび猫番長の顔を確認してみたら、僅かに…血の気が引いてる?
うむ…その表情から察するに、ショックがデカかったんだろうなぁ…。
―果たして、その勝敗は…!?
「まっ、負けた…!ぅ、ぅそぉ…この前は完勝したのに…!?」
「そういつまでも同じじゃ、つまらなかろう~?れべるあっぷ、じゃ!」
ちび猫番長の嘆きの言葉に祖父は「ニシシ…」と笑い声を上げている。
…やはりパターン解析の為に、どうやら幾らか"泳がせられた"様だ。
「高尾、ほら…これやるから…」
「水瀬…?」
俺の声に座っているから、見上げる形でちび猫番長は俺の方を見てきた。
う…ちょっとウルってるのは、は、反則じゃねぇかな!?
さっさと用件を済ませよう…!
「…甘いもんで脳に栄養やっとけ。んで、また頑張れ」
「ん、分かった、水瀬ありがとね!」
「おう」
「拓海~ワシ、大きい鯛焼き抹茶クリーム、で!」
「"で!"じゃねーよ!」
全く…この爺さんは…。
ん?鯛焼きをパクつき始めたちび猫番長が今度は俺の袖を引っ張ってきた…って何だ?
「ぁ、あの、ね…頭、撫でて…そしたらもっと頑張る…」
「ん?こうか?」
「…~~~!」
おおぅ!?番長サマは何て要求をしてくるんだ…!
平然とした振りでちび猫番長の頭を撫で、艶々滑々な髪質を楽しむ…。
…この時の祖父のニヤケは見なかった事にしておこう。
そしてちび猫番長の頭を撫で始めたら、ちび猫番長は瞳を閉じでゆったりとし始めた。
…これは…猫っぽいな…。
「水瀬ぇ…うん、…頑張る!」
「お?そうか?」
―ガラッ!
「拓海ぃー、引越しの手伝いの件なんだけど…」
「あれ?凪じゃねぇか…」
店の戸を開けて、開口一番にその台詞はどうかと思うが…。
凪は周りの事を気にする風も無く俺の元へ来ると、"ビシ"と人差し指を手に持っていたスケジュール帳のカレンダーのとある位置を指し示した。
「次の日曜日、で!」
コイツも爺さんと同じで、"で!"じゃねーよ!!
「あー…俺、その日はダメ…ここのバイト。しかも外注も珍しく入っているから、たくさん焼くんだよ」
「えええ?!!」
この時、俺と凪のやりとりを座りながら挟まれる形で聞いていたと思われるちび猫番長から、意外な声が上がった。
「あ、あの、おねーさん…人手が、要るんですか?」
「え?あ、まぁ…欲しいわね?…って、あなたは…???」
「あ、凪、コイツは高尾って、俺のクラスメイト。ここの鯛焼きの常連なんだよ」
「へぇ?こんな可愛い子がこの店に?あなた、来るお店間違ってない?」
「凪!それは酷い言い様じゃ!!」
爺さんの叫びも最もな気がする…。黙っておくけど。
「私は"水瀬 凪沙"。そこの拓海の姉やってマスー。
それでアクセサリーとか装飾関連のお店を開いているんだけど、作る方の教室を隔週日曜日に開いていてね?生徒さんは随時募集中なの!」
「…?」
「あなた、良かったらどうかな?可愛いから、目の保養にしたいわ」
「えっ、あのッ…」
「勧誘かよ!」
「まーまー…それでぇ、名前、教えてくれるかな?」
「高尾 亜紀、です」
どうやら自己紹介が始まった様だ。
「じゃ、次に連絡取り合いたいから番号教えて。亜紀ちゃんに人手、お願いしようかなと…本当に良いの?」
「はい、大丈夫だと、思います…!あの、番号…」
…凪、展開が速いだろ。
まぁ、サクサクと昔から色々決めていたけどな。
凪はちび猫番長と番号交換を終わらせ、今度は爺さんの方を見ている。
「お祖父ちゃん、このお店に"アクセ教室のチラシ"置かせて?お礼にここの鯛焼き買うし、宣伝もするから!」
「しょーがないのぉ~…。うむ、適当に置いて行け」
「ヤッタ!ありがと!…じゃ、拓海、今からプレーン鯛焼き…30個、お願いね~」
「ええ!?30!?」
「明日お店の皆で食べるんだもん。皆甘いの好きだから、だいじょーぶ」
「分かった…」
「じゃ、よろしくぅ~」
俺は凪の注文を片付ける為に鉄板へ戻った。
生地を鯛焼きの鉄板の上に垂らしながらいると、どうやら三人でゲームを始めた様だ。
凪は待っている間、ここで遊んでいくと決めたのか…。
それから、暫くして出来た鯛焼き30個を渡すと凪は笑顔で早々に帰って行った。
「…本当に大丈夫か?」
「ん、大丈夫。望と政に…あと吟にも声を掛けてみようと思う」
"吟"?何だ?新キャラか?
「多分、みんな暇しているから大丈夫だと思う。最近はどこも大人しいから…」
「………」
これはずっと"大人しく"して頂きたいものだ。平和が一番だ。うん。
俺はちび猫番長と会話しながら、こんな事を考えていた。