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十匹目

「―…マジかよ?」



殴られて、痣!…内出血してる…。

パンチで痣とかって…合気道の稽古でもこんなの無かったぞ…。

放置しないで、ある程度処置をしておけば良かったかもな…冷やしたりさ?熱を持った患部の炎症を冷やして抑えるんだ。

ちなみに俺は湿布成分のモノは信用していない。あれは"ヒヤッ"とした感覚を起こして、冷たい、冷えてると脳に錯覚させるものだと思っている。

俺は結局、とりあえず何もせずに過ごす事を決め、服を着込んだ。


着替えながら横目で部屋の時計を確認して、今がまだ朝の早い段階だと確認する。この時間なら大丈夫、作れる。



「とりあえず…鯛焼きを焼くか…」



ちび猫番長が何に対して俺に拳を叩き込んできたのか分からないが、何かあるからそうしたと思うし、それが知りたい。


そう思いながら俺は朝もまだ暗い内から行動を開始した。







―…しかし、現実はそう上手く転がるものではない様だ。はぁ…。



「何でこういう時に限って休むんだよ…」

「水瀬、何か言ったか?」

「いや、別に」



俺は本日のちび猫番長の空席を思い出して、つい口から出た言葉に反応してきた小岩の言葉をはぐらかした。

移動教室の帰りの廊下で、俺は思わず言葉を零してしまった。

だって、今は"昼"。そう、もう"昼"なのだ…。

今度は目立たない様に鼻から重苦しい息を吐き、ふと視線を前に戻せば…。


前方に間宮…と舎弟君が居た。確かあの二人、昨日高尾と居たよな…。



「…わり、俺ちょっと用事」

「え?水瀬?」

「昼飯は俺抜きで適当に食っててくれ」

「りょーかい」



近くに居た相模に言葉を掛けてから、俺は間宮達へ距離を詰めた。



「間宮…ちょと、今良いか?」

「…あれぇ?水瀬じゃん?…俺に用?」

「そうだ」



俺の言葉に一瞬頭上の虚空に視線を向けて、次に俺に視線を向けると間宮は笑顔で喋りだした。



「政…こいつも一緒で良いか?」

「え?俺もっスかァ?」

「構わない」


「そーか。…良いぜ?んじゃ、静かそうな向こうに行こうか」



俺の返答にニヤリと一瞬笑って、間宮は歩き出した。

どうやら向かう先は半分は放置状態の教室のようだった。

確かにそっちは静かそうだな。うん。





――…だが、ここで俺を待ち構えていたのは…





「はッはッは!マジで痣になってんな!亜紀つえー!」

「うるせぇ!見るな!捲くるな!写真をまた撮るな!!消せッ!!!」



連れて行かれた先で何で間宮に…男に服を捲られて激写されねばならん!俺はちび猫番長の居所を聞きに来ただけなんだが!?

流れ的には、『昨日の拳痕の会話→見せろよ→激写』の流れである。



「亜紀の拳痕の記念撮影だよ、水瀬くぅん!」

「"くぅん"とか言うな…気持ち悪い…」

「ほらほら、記念だからさ、"ピース"しとこうかぁ!ピース!」


「しねーよ!!さり気に技で押さえんな!…だから、撮んな!」

「あー今日も平和だなぁ、ハイ、ピース」

「くッ…!」


「…あの間宮さん相手に、強気発言連発の水瀬サン、すげース…」



…俺は結局無理矢理、訳の分からないまま"ピース"に手を固められて写真を撮られた…っていつか絶対に消してやる!

そんな後だからか変に乱れた身なりを整えつつ、そっと服の上から礼の痣を撫でる…。


痛い。


やはり現実なのだ。


溜息混じりに服の上からそっと例の痣を撫でていると、ようやく写真撮りが気が済んだのか間宮から声を掛けられた。



「水瀬ぇー。面白記念写真撮らせてくれた礼に、亜紀がどこに居るか教えてやろう?」

「…早く教えろ」

「いいぜぇ?亜紀はな、この時間なら屋上だ。晴れてるから昼寝でもしてんじゃね?」

「分かった」



―…屋上…。これまたストレートな…。しかも、来てたのか。


俺は間宮の言葉の内容に、なぜか"ちび猫番長"が"猫"に変換された、『陽だまりの中眠る猫』、を想像してしまった。

普段立ち入り禁止な屋上に居るのか。さすがは番長様なだけはあると、俺は謎の納得具合だ。


何故か身体を張った情報提供をクリアした俺は、ちび猫番長戦へ向けてのアイテムを取りに一旦教室に戻った。

鞄から用意してきたアイテムを手に、俺は飯を食いっている小岩達の下へ一旦向かった。



「おー、水瀬おっかえりぃ!飯食うー?」

「いや、まだ用事中だ」

「そか」

「おぅ」



俺は小岩に短く答えるながら、持っているアイテム…鯛焼きを入れた箱を手にとある感覚が湧いてきたのを感じた。

この感覚…は…なんだかRPGをしている気分なのだ。

俺は情報を集めて、"鯛焼き"というアイテムを手に、ボス戦に無謀にも挑もうとしている…平戦士だ。勝率は触れないでおこう。最後は保健室ではなく、この教室に生還したい。

俺はのんびりと飯を食っている友人達を順々に見た。小岩、相模、九条…俺も本当は平和に飯が食いたいが、しょうがないんだ。

…でも、一応、保険はかけておこう。



「…九条…、俺が午後の授業に戻ってこなかったら、保健室に行ったと適当に言ってくれ」

「お、おう?分かった…」

「ん、ありがとな。じゃな」



そして背を向けて出陣である。

後ろがいささかザワついていた感があるが、そのまま教室を出て俺は間宮の情報通りに屋上へ向かった。







かくして屋上に居たちび猫番長は俺の想像した眠る猫ではなく、ほけっと青空を眺めている座り姿で、間宮の情報通りに確かに屋上に居た。



「高尾」


「!?…ぁ?え?みな、せ?」



屋上の鉄のドアを開閉した金属の擦れる音には無反応だったくせに、俺の声には反応したちび猫番長が驚いた表情でこちらを見た。

ちび猫番長は驚きの表情から、一瞬眉を八の字にし、次に八の字眉を逆にした不機嫌そうな顔を作り勢い良く立ち上がった。

俺はそんなちび猫番長から後方の鉄製のドアの前に立ち、ここから立ち去る事を良しとしない姿勢をとった。


―…ここで逃げられる訳には行かない。


対峙している俺達の間は青空のはずなのに、暗雲立ち込める緊迫したものを感じる。

そんな中、ちび猫番長は俯いて俺の方へ歩みを進めてきた。

そんなズンズン来るちび猫番長に俺は声を掛けた。



「…高尾、俺、お前に何かしたか?」


「……してない」


「じゃ、こっち向けよ」



そう言いながら、脇を過ぎる寸前に俺はちび猫番長の腕を掴むべく、手を出した。

そんな俺の一撃をとっさだが反応したちび猫番長は振りながら腕を自身に寄せる動きを見せた。



「う、うるさ…うぁ…?!」



しかし俺の手を逃れる様に急に動いた事でちび猫番長はバランスを崩して、俺の方に倒れこんできたのだ。

とっさに俺はそのままちび猫番長を抱え込んだまでは良かった。

…のかもしれないが、軽い身体だが、妙な勢いが加わってるのか俺はそのままその場に尻餅を着いてしまった。



「あ…わ、悪い…!」

「イテテ…」



―…ビン!



「い、痛い…!?」



高尾の痛がる声に素早く状況を確認すれば、俺のシャツのボタンに高尾の髪が絡まっていた…ベタな…。



「こ、こンなの…"ぶちっ"てやれば直ぐに…」

「いや、解くからそれはちょっと待てよ。痛いだろ」

「でも…」


「良いから。動くなよ…髪の毛が余計に絡まるから…」

「ぅ、うん…」



俺の言葉に素直に動かない様にし始めたちび猫番長は、今度はキョロキョロと左右を確認し始めた。



「水瀬…甘い匂いがする…」


「ああ、朝、鯛焼き焼いてたからな…」



匂いの発生元は足元に転がっているひしゃげた箱だ。

俺とちび猫番長の間で鯛焼きの入った箱が見事に圧縮されたのが、取り出さなくても分かる…。

俺の言葉に「たいやき…?」と小声で答えると、チラと俺の方を見上げてきた。



「…でも、この鯛焼き…無駄になったな。高尾にあげるつもりだったんだ」


「!む、無駄じゃない!水瀬、それ…私に頂戴…!」


「…欲しいのか?」

「ほ、欲しい!欲しい…!ね、水瀬……ダメ?」



こんなスプラッタを欲しがるなんて、ちび猫番長の餡子に対する博愛精神は素晴らしいものだ。



「んじゃ、解く間に食べてろよ…」

「え?う、うん…」



箱ごと渡し、俺はボタンに絡まっている髪を解く作業を、ちび猫番長は鯛焼きを食べる為に箱のテープを剥がし始めていた。



「これは…」

「…見事にスプラッタだな」



箱の中の鯛焼き達は、言葉通りの姿でお互いの身を寄せ合っていた。

餡子は頭、腹、背、尾から飛び出し、目玉を模した白玉は無事に付いていても片目状態だ。

そんな鯛焼き達から一枚、ぴろんと剥がすと、ちび猫番長は頭からむぐむぐと咀嚼を開始した。


そして素直に頭から白玉目玉の鯛焼きを食べ出すちび猫番長を、俺は頭上から見下ろしている。

…本当に小柄だな…でも、パワーは並以上だ。油断してはならない。


まぁ、何にせよちび猫番長の捕獲に成功した。


たまにペロリと口に端に付いた餡子を舐め取りながら、すでに二匹目の鯛焼きは尻尾辺りに突入している。



「なぁ、高尾」

「ん?何?」


「俺、何で昨日殴られたんだ?意味が分からないんだが?」

「…ふぐッ!!」


「なぁ、高尾?」



わざと解くはずの髪の毛を少し引っ張って催促してみた。

するとちび猫番長は鯛焼きを食べるのを止めて、その口を食べる為ではなく、俺の質問に答える為に動かしてくれた。

そして、その答え、とは…



「~~~昨日の車の女の人…誰?」



きのう…、の、車の女の人…。



「…凪の事か?」

「なぎ?」



俺の回答に確認する様に凪の名前を復唱して、ちび猫番長は眉をやや寄せた。

まぁ、あの時…近くにちび猫番長達も居たからな。凪の姿を見ていても何もおかしくないけど、まさか聞かれるとは思わなかった。



「あれは姉だ。あね。水瀬みなせ 凪沙なぎさってんだ」

「おねーさん…」

「ああ、姉貴だ」



俺の回答にちび猫番長はパチパチと大きめな瞳を瞬かせ、次にへにゃりと瞳が弧になった。



「~~おねーさん、居るんだ。あははッ」

「笑うところか???」


「水瀬の事、また一つ分かったから、嬉しくて」

「………そうか…」



俺のそんな家族情報が良かったのか。何だか分からないが良かった。良かった。



「確か、彼女も居ないんだよな?…ね、まだ居ない?」

「いねーよ」


「じゃぁ、す…いや、なんでもない…調子に乗るところだった…」

「?…"す"?」



少しオウム返しで言いながら俺はその時、ちび猫番長の髪を完全に解き終わった。




―…問題は変に解決していない気もするが、俺はとりあえずちび猫番長の笑顔でここは締めくくる事にした。

【おまけの某裏話】



「亜紀!見ろよ!水瀬のこの写真の数々!!」

「え…?えッ!?何だ、これは…!?はだッ…???」


「欲しいか~?」

「………ほ、ほしぃ…」


「じゃ、今度の集まりにちゃんと来るって約束したら、この中から好きなの二枚、お前のに送ってやるよ」

「ぜ、全部じゃないのか、望ッ!?」

「だーれが。この写真のレアさは分かるだろ?あの、水瀬だからな?密かに隙の無い、水瀬だからなぁ~?」

「ぐ…」


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