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一匹目

俺は実家の二軒隣りの祖父の経営する鯛焼き屋を、日曜日の午前中だけバイトと称して手伝っている。



そして、その時間に合わせてか、毎回来る客が居る。



「…白玉鯛焼き…3つ…」


「………」



今日もやって来た。

俺は無言でその注文を受ける。


声を出すわけにはいかないのだ…。


ちなみに俺は頭に巻いているタオルは目深に被り、前髪も動員して少し目を隠すようにしている。

あとなるべく背中を向けて作業をしている。



なぜこんな事をしているのかと言うと、この客に問題があるのだ。



この客…俺の通っている高校の番長さまなのだ。女番長である。

…すごく可愛いのに、腕っ節が強い…本物・本格派らしい。

……見た目は普通そうなのに…。


しかも財布が可愛い。

猫のモフモフした顔を模した可愛い財布…コインケースを使っているのだ。


そして、まぁ、その…彼女は俺の前の席で…ちび…小柄なのだ。

本当は俺が前だったんだが、見えないとの事で入れ替わったんだ。

余談だが、俺の身長は182cmだ…。

そして意外と真面目に出席してくるのだ。頭も悪い方ではない。

でも、しっかり出席する様になったのはどうやらこの学年になってからしい。

俺は初めて同じクラスになったから、以前の事はよく知らない。


その全てのポイントを使い、俺は彼女を密かに『ちび猫番長』と呼んでいるのだ。






「…白玉…鯛、焼き…3つ……くしゅ…!」


「………」



俺は驚いた。

今日は大雨なのに、なんとずぶ濡れになりながらちび猫番長が現れたのだ!



「…くしゅ…」


「…………」



俺は袋を渡す時、もう1つ出来たての普通の鯛焼きが入った袋を同時に渡した。


驚いた様に俺をちび猫番長は見て、ゆるく笑ってそれを受け取ってくれた。



俺はその表情に自身の頬に熱を感じた。


…きっと慣れない事をしたからだ…!だから照れてきたんだ!

け、決してちび猫番長の笑顔に照れてた訳じゃ…な…い…。



「…ありが…くしゅ…とう…」


「……………」



…ちび猫番長のお礼の言葉がいつもより気恥ずかしく感じた…。






ちび猫番長が学校を休んだ…。


やはりと言うべきか、大雨の中わざわざ買いに来るからだ…。



「…ちぇ…」



その日、何となく前方の空間が寂しく感じた…。




しかし、木曜日にちび猫番長は学校にやって来た。


何となく安心した。




俺は番長が休んだ週の日曜日もいつもと変らず鯛焼き屋にいた。


そして大体同じ時間帯にちび猫番長が今日もやって来た。



「白玉鯛焼き、3つ…」


「…………」



いつも通りのやり取りの後、俺はいつも通りの白玉鯛焼きは作らなかった。



白玉を目玉に見立てた鯛焼きを焼いたのだ。



「……………」


「ありがとう」



いつもと形が違う注文の品が入っている紙袋を、いつもと同じ渡し方をした。



そしていつも通りちび猫番長は店を出て行く。


耳を澄ませると、店から死角になる辺りから小さい笑い声が聞こえた。


彼女の声だった…。






その日の俺は迂闊だった…。



祖父に俺のオリジナルの鯛焼きを出してみるかと言われ、浮かれていたんだ。



ノートに鯛焼きの構想を書いていたのを、ちび猫番長に見られたのだ…。



不意に、向くから…。

まぁ、プリントをまわして来ただけなんだが…。


熱心に書いている姿を、多分暫く無言で見ていたんだと思う。

それはなぜかと言うと、一通り書き終わったところで「プリント」と言われたからだ。


そしてその声に驚いて顔を上げたら、目が合った。


そうしたらちび猫番長は、ニッコリと可愛く俺に笑いかけてきたのだ…。


…八重歯が…見えた気がした…。






…そして…放課後、急にちび猫番長に声を掛けられた…。



「水瀬」


「…何?高尾…さん…」


「"高尾"で良い。"さん"とか苦手」


「………分かった、で?何?高尾」


「…あの書いていた鯛焼き、いつ出すんだ?」


「…え?何の事だ?」


「…その鯛焼き、食べたい」


「………」


「…もう、無言は嫌だよ…水瀬…答えて」


「…何を言って……」


「…知ってたよ、水瀬があの鯛焼き屋だって…!」


「え…」



そう言い放つとちび猫番長は間近で俺を見上げてきた。

ついでに両腕をがっちり捕まえられた。

その力強さと素早さ…番長は伊達じゃない様だ…。



「だって、月曜日は特に餡子とかあの鯛焼きの甘い香り…いつもさせてるんだもん…美味しそうな…ね?」



これは獲物を狙う猫の目だ。

そして彼女は自身の下唇をペロリと小さく舐めたのだ。



…さしずめ今の俺はまな板の上の鯉ならぬ、鯛焼きだ。



…驚いて、白目だってむくさ?


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