好きだなんて、言えない。
「好きだ」
言われた言葉の意味はもちろん分かる。分かるし、予測もしてた。わかりやすい彼の態度からきっと好意を持っていると思っていたし、放課後の校舎裏なんて意味深な場所に手紙で呼び出されて気づかないほど馬鹿じゃない。
彼、高下剛君は所謂私の幼なじみだ。隣の家に引っ越してきた幼稚園児の剛君は初めましてでなんと言ったか覚えてないけど、なんだかムカついたことは覚えているから、きっと彼らしく無神経なことを言ったんだろう。
家に入って母は言った。その台詞は今も覚えている。
「引っ越してきたばかりで、きっと良子が剛君のお友達一号なんだから、ちゃんとよくしてあげなきゃだめよ」
それはきっと頬を膨らませていた私を宥めるだけで、お隣だからとか、そんな深い意味はないだろう。だけど普段お願いなんかされない私は、大好きな母の頼みだからと仕方なく、剛君の面倒を見ることに、子供心に強く決めた。
剛君は問題児だった。先生の話をじっと聞いてられないし、すぐかっとするし、乱暴だ。そんな剛君を注意しては手をひいて修正し、時には私に腹をたててくるので、そんな時は私も全力で殴りかかった。
子供だった私は剛君より一回り小柄だったけど負けん気だけは強かったので、髪をひっぱるくらいの嫌がらせから殴り合いに発展するのはよくあることだった。
それに一区切りがついたのは、小学校に入学する前日だ。これもまた母の言葉の影響だ。母は当時私の神様みたいに大きな存在で、大好きで、そんな母の私を変える言葉なのでこれもまた覚えている。
「良子ちゃんももう小学校なんだから、そろそろ剛君と殴ったりの喧嘩しちゃだめよ? 女の子なんだから、お淑やかにね」
こうして私は小学生になると同時に女の子として、淑女にジョブチェンジすることになった。
剛君が変わらず髪をつかんだり、殴ったりしてきたときは、殴り返すのを我慢して睨みつけ、
「剛君は男の子で、私は女の子なんだから、暴力はやめて」
と言った。睨みながらそう言い続けると次第に剛君の凶暴性は収まっていった。というか、彼の幼稚園時代の凶暴性には私が原因の一員であったかも知れない。相手がいなきゃ喧嘩なんてできないのだから。イジメをするほど剛君は最低ではない。
それからは、普通の幼なじみ、というにはやや私が保護者じみていたけど、すくなくとも毎日のように喧嘩をする仲ではなくなった。
あの日、特に物凄いことがあったわけでもない。
勉強は苦手で、運動はいつも得意で、だから剛君が運動会のリレーで一番になったからって、そんなに驚くことはない。
高学年にあがって男子と女子に何となく溝ができても、私は彼とよく一緒にいたから剛君がこのために毎日練習していたことも知っている。
だから剛君が最後でバトンを受けとってから一番にゴールテープをきっても、そんなの当たり前だ。剛君は他のどの選手より頑張ってたんだから。
剛君は馬鹿だし、デリカシーがないこと平気で言うし、宿題やらないし、ハンカチももたないしだらしない。馬鹿すぎて、一度一生懸命になると他のことが見えないくらいに真っ直ぐになる。剛君は毎日毎日、ほんとに毎日、放課後どころか晩御飯を食べてからも毎日走っていた。
だから一番で当たり前なのに、当然の結果だ。
「良子! 一番だぞ!」
なのに、何故か、みんなにもみくちゃにされながら、私にむかってピースした剛君の笑顔に、私の心臓は高鳴った。
そう、その瞬間、私は剛君に恋に落ちた。
あり得ないと思った。剛君なんて同い年だけど私よりずっと子供で、手の掛かる弟分みたいなものだ。
でも日をおうごとにドキドキしてしまって、好きだと認めざるをえなくなった。そうなって、私は苦悩した。今まで剛君なんて眼中になかった。きっと剛君もそうだろう。
私は悩んだすえ、剛君に好かれるように努力することにした。剛君は昔幼稚園の先生が好きだった。つまり年上好きだ。なので私は今までもお姉さんぶってたけど、よりいっそう大人っぽく見えるようクールに振る舞うことにした。
そう難しいことではなかった。元々、最初に剛君にうざがられてもつきまといまくったのも意地になってたからで、剛君が手に負えないと認めたくなかったし、私は基本的に見栄っ張りなのだ。
今までお姉さんぶってたのもあり、意識して大人ぶるのも性格的に苦痛ではないし、そう無理なくできた。
そのかいあってか、剛君はそれから徐々に私を意識してくれて、ついに今日、告白された。
あらから四年。もうこれ明らかじゃない?ってなってからが長かったけど、私から告白するわけにもいかないので待った。
すごくすごく嬉しくて、顔が熱くなる。剛君といてつい照れたり赤くなるのもいつものことなので、誤魔化すのも慣れてる私は真顔を保ちつつも、さてどう返事をしよう。
大人ぶるため、剛君の言動や行動に一喜一憂してることも隠してきた。隠してきたからか表にだすのはかなり恥ずかしいけど、答えなきゃ。
私も好きだって。
「…、……」
あ、あれ、ちょっと待ってやばい。好きって言おうとして口開きかけたら今までの比ではないくらいの熱におそわれかけて、慌てて私は口を閉じた。
やばい。ひた隠しにしてたせいで、異常に恥ずかしい。剛君は大人ぶってる私を告白してくれたわけで、そんな赤面しまくる、感情的な女の子と知れたら、呆れられてしまう。
どうしよう。剛君が好きだしつき合いたいけど、好きって言ったら私のほんとがばれちゃってふられる!
「……」
「よ、良子、黙るなよ。俺、本気でお前が好きなんだ。恋人になってくれよ!」
「う、うん」
私はなんとか頷く。剛君はぱっと顔を明るくする。ドキドキとずっと早いままの心臓がさらに早くなる。
「ほんとか? 良子も俺のこと好きなんだな?」
「うん」
頷く。よし、よしよし。頷くだけならいける!
「やったーー!!」
無邪気に喜ぶ剛君。ああ、剛君好きだ。お馬鹿で、未だに全然女心わかんないけど、すごく、好きだ。
こうして私は念願かなって、剛君の恋人になった。
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