ムシが良い話
現在私は裁判官として働いている。
学生の時はテストで良い点数を出せば母が褒めてくれた。
そのためだけに勉強をしていたように思う。
シングルマザーの母は仕事を掛け持ちして朝から深夜まで働いていた。
私自身、母が寝ているところを見た事が無い程だった。
私は一度も部活も地域のスポーツクラブなどにも所属したことがなく、
人との交流は最低限…もできていない状況であった。
テストの点数が似たような同級生に話しかけられ、順位や得点を情報交換をするだけだ。
当時はその聞いてくる相手に対して、感情の無い変わった人間だなと分析していたが、
自身もそうなのであった。
学生時代の成績は常にトップで大学も偏差値の高い法学部。
大学進学で母への負担は増加したが、母は非常に喜んでくれた。
私は最も早く司法試験に合格できるルートを調べ、
法科大学院の2年間を丸々スキップするべく、大学入学と同時に予備試験の対策に取りかかる。
一般的には大学法学部4年→法科大学院2年→司法試験合格→司法修習生1年→勤務の流れだが、
予備試験にパスすれば法科大学院2年間に通わずに済む。
予備試験は合格率は3%台と超難関とされているが
たゆまぬ努力のおかげで大学3年にて予備試験を合格し、
大学4年の夏に司法試験を1発合格できたことで大学院に行く必要が無くなった。
卒業後に1年の司法修習生の期間となる。
弁護士になり母のような辛い環境にいる人を助けたいと実習と勉強浸けの毎日を送る。
司法修習生として裁判所・検察庁・弁護士事務所を回り、その年の最後の試験に備える。
そんな矢先、母が急逝する。
私は弁護士になるという夢を考え直すことにした。
母のような人を救いたい、、、ではなく
母を救いたかったのだと、母が死んでから気づいてしまった。
実習などを通して、私自身、人とのコミュニケーション能力の欠如や、犯罪者を弁護することの矛盾など違和感を覚えていたので、弁護士から裁判官へと進む道を変更した。
法曹三者でも特に狭き門と呼ばれる裁判官ではあるが、
母譲りの真面目で実直な態度が幸いして教官からの推薦状を得ることができ、
判事補から判事(裁判官)となり高等裁判所にて現在勤務している。
弁護士や検察の被害者に寄りそうでもなく、
裁判官はあくまで法を遵守し無私を貫く。
被害者と加害者双方の話を聞く機会は多いが正直聞いていられない。
話の論述や論理が通じず一般常識もない人ばかり。
それはまぁ法的にトラブルを起こす環境にある人がやってくるのだ。
そのうえ、私自身も人との直接的なやり取りの経験を積んできていない。
他人の表情や行動の機微にはうといのだ。
「あなたは偽証をしています。携帯電話での通話では鈴虫の声は聞こえないはずです!」
「いつの時代の話ですか?今のスマホだと普通に聴こえますけど。」
検察と弁護人がいつものように双方の手札のカードを全てきるべく、
長引くカードゲームの対戦のようなことをしている。
そんなことで時間を使っても、
既に【無期懲役】になることは資料をこちらが精査した時点で決まっているのに。
彼らも彼らなりに少しでも権利を得ようと必死なのだ。
「先生はこれまで様々な凶悪犯を裁いてきていますが、過去の判例より刑罰がやや重い傾向にある割には頑なに死刑判決を出していませんよね?」
「はは、そうだね。私自身は被告人がどれだけ凶悪な犯罪を犯していようと最終的に死刑判決は出さないことにしているんだ。」
「だから検察側に法律上の問題を指摘されてよく上告されていますよね?」
「日本の法は不思議だよね。凶悪犯のようなクソムシを守ることに国民の税金をガブガブ使ってるんだから。」
「はは、、クソムシって…。でも何だか矛盾していませんか?私もジャーナリストとしてこんな犯人は100回死んでも飽き足らないと思うことありますよ。なのに死刑にはしないのですか?」
「……」
法曹界に長く携わる程、私の心の中にある負い目が大きくなっていく。
母を殺したのは私。
まだ学生だったのだ…、、仕方がない。
母は私の活躍を楽しみにしてくれていた。
夢を叶えたのだ、胸を張れ。
これらは母が私に遺した自己防衛であったに過ぎない。
どんな裁判の最中であっても私が母のために直接できることがあったとよぎる。
母の死を十分に予見できていたのに回避行動をとらなかった自己と向き合わされる。
私が受け取り人の母が掛けていた死亡保険金で私はこの進路を歩いている。
オカルトを信じるような人生は歩んできていないが、
凶悪犯が凶悪犯のまま母のいるあの世に行かないように、
私は死刑判決を出していないのだ。
ドラマ「惡の華」 怪演の福くん、あのちゃんの「クソムシ」から構想を得ました




