大後悔王子 ー当て馬に選んだ女が変だったー
ヴァーカー第二王子
レイジョーン公爵令嬢 ヴァーカーの元婚約者
ブラザル公爵令息 レイジョーンの弟
カワリーン・モノー伯爵令嬢 ヴァーカーの現婚約者
「いぃやだあぁ!」
18歳にもなって床に転がって泣き喚いている男をブラザルは面倒臭いという顔を隠さずに見下ろしていた。涙だけでなく鼻水を垂れ流しているその、情けない男は第二王子ヴァーカー。そしてブラザルは彼の元婚約者のレイジョーンの弟だ。
「だから、嫉妬作戦なんて辞めた方がいいって言ってたじゃないですか」
「だっでぇ、だっでぇ、もっど、好きになっでもらいたがったんだぁあ」
「そもそも、じらし作戦って多少なりとも恋愛感情がないと効果ないですよ」
ブラザルがそう言うとヴァーカーは「どぅああああ」という音を爆発させた。
ヴァーカーは幼い頃から元婚約者のレイジョーンに恋焦がれていたのだが、彼のアプローチはずれていた。木の枝や壁などの高所に登りドヤる。ある時はイモリを捕獲するとレイジョーンに宣言。しかし、発見出来ず泣く。ものもらいが完治してからもカッコいいという理由で眼帯を外さない……などなど。
幼少の頃から大人びていたレイジョーンの目には、ただのアホの子であった。同い年の婚約者同士であったのに、彼らの関係は母子のそれである。
二人の間に変化が訪れたのは学園に入学した頃。かまってちゃんなヴァーカーであったが、年頃になって「違う、そうじゃない」と気付いた。自分が求めているのは、もっとこう甘いイチャイチャな関係だ。そこで彼は知恵を絞った。
その名も、レイジョーンを嫉妬させて、本当の気持ちに気付かせちゃう大作戦。
何かする時は、真っ先にレイジョーンに相談し、なんやかんやと手伝ってもらっていたヴァーカーだったが、今回ばかりは婚約者には言えない。その代わり、将来、義理の弟になるブラザルを巻き込み作戦を決行する。
「断言します。絶対に失敗します。姉上はそういうの逆に引くタイプです」
「いや、私の計画に狂いはない」
「あと、あんまり姉をないがしろにされると、公爵も黙ってる訳にはいきませんよ」
「私がレイジョーンをないがしろにするなどありえん!」
なんだかなあとブラザルは思ったので、父と後継者の兄、そしてターゲットとなった姉に報告した。姉いわく「言い出したらきかないのよね」らしい。なので、一旦、様子見をすることに。
学園には「うっぴゅう、迷子になっちゃったぁん」と校舎を徘徊する男爵令嬢や「いったぁい、コロンじゃったぁ。ぴえんぴえん」と庭園の中央で這いつくばっている子爵令嬢などもいたが、彼女達には目もくれず、ヴァーカーはとある伯爵令嬢に目を付けた。
カワリーン・モノー伯爵令嬢。
美女というよりは可憐で可愛らしい容姿をしており、完璧令嬢と言われたレイジョーンと比べると、少々劣るが成績も良く、教養があり所作も洗練されている。高位貴族の継嗣に嫁いでもおかしくない女性だ。無駄に女を見る目があるなとブラザルは関心してしまった。
そんなモノー伯爵令嬢にヴァーカーはさりげなくアプローチを開始する。その際のヴァーカーは恋愛小説のごとき貴公子で、ブラザルは驚愕した。
「姉にも、そういう態度で接したら良いのでは?」
「レイジョーンにはありのままの私を愛してくれるようになってもらわねば意味がないだろう」
妙な説得感があって、なんかむかつく。
しかし、カワリーン嬢はまともな常識を兼ね備えており、受け入れる事はなかった。ヴァーカーに誘われても決して二人きりになどならず、不敬とみなされないよう振る舞いつつも、節度と適切な距離を保っていた。
なかなか自分になびかないカワリーンに対して、ヴァーカーは業を煮やしたのか、他者からも分かるようなアピールを始めた。中身は残念小僧だが、外見は美貌の王子様。カワリーン嬢も困惑しながらも、愛おし気にヴァーカーを見つめる姿が見受けられるようになる。
それが、予想外の事を巻き起こした。
ヴァーカー王子とカワリーン嬢は思い合っているが、互いの立場を考え気持ちを押し殺している悲劇のカップルであると暗黙の認識が広がってしまう。レイジョーンを蔑ろにする事なく、絶妙に節度を保っていた事が二人の好感度を下げなかったのだ。
「正直、まんざらでもないでしょう?」
「はあああ?別に、そそそそんなんじゃないしぃ」
ブラザルは単刀直入に聞いてみると、ヴァーカーは分かりやすい程、動揺していた。ムカついて親と兄と姉にチクったのは言うまでもない。
「あら、じゃあ、婚約解消しちゃいましょ」
姉はあっさりとしたものだった。ここまで脈なしだったのか、ざまあと思ったのは黙っておく。
丁度その頃、重要な縁談が国にもたらされていた。帝国より国家間の関係強化のための、王族もしくはそれに近しい高位貴族との婚姻外交である。現在、王家に年頃の姫はいないので、国王や中央政治の重鎮達はどうしたものかと考えていた。
実は国王も王太子もヴァーカーの行動は把握しており、注意をしていたのだが、毎朝欠かさずレイジョーンを送迎し、お茶などの交流も行い、贈り物も欠かさない、明確な無礼を行っていないため、嫉妬させちゃう作戦の強制中止にまで至れなかったのだそうだ。ただ、兄である王太子は「不誠実な行為は身を滅ぼすぞ」と忠告していたらしい。
ヴァーカーは無能ではないし、王族完全失格とは言い切れないが、甘ったれな性格だ。優秀なレイジョーンをヴァーカーのお世話係で終わらせるのは勿体無いと、国王は思っていた。強国に嫁いでもらい、我が国との関係強化に努めてもらった方が国益に繋がる。
ヴァーカーには第二王子妃となっても問題なさそうな令嬢がおり、レイジョーンと公爵家も遺恨はないと言うのであれば、婚約解消しようじゃないか。もちろん公爵家にはこっそりと便宜をはかる事としている。
こうして、ヴァーカーとレイジョーンの婚約は解消され、ヴァーカーはカワリーンと、レイジョーンは帝国の第三皇子との婚約が結ばれた。
「あああ!れいじょおおおん!」
そして現在、王宮の自室で泣きわめくヴァーカーは、ブラザルを呼び付けたという流れである。
「いいじゃないですか。殿下、カワリーン嬢のこと気に入ってたでしょう」
「カワリーンもちょっと良いなって思ってたけどぉ、れいじょおんが1番なんだああ!」
「大丈夫ですよ、姉上、全然気にしてませんから」
「私のレイジョーンがああ、あんな年上の男と結婚なんてええ!」
「いやいや、第三皇子殿下は姉上より10歳年上ですけど、僕から見ても相当な男前でしたよ」
帝国軍人である第三皇子は軍職を優先していたため婚期を逃してしまっていたらしいが、はっきり言って結婚相手としては最高の部類だ。性格は軍人らしく質実剛健かつ紳士的、その上、精悍な顔立ちに鍛えられた体。
「ここだけの話なんですけど、姉上って年上の男に甘やかされたいタイプだったらしいです」
「はあああ?」
「姉曰く」
ー大人の色気と包容力にクラクラしちゃうー
「だそうです」
「嘘だあああ」
「“結婚相手に初恋しちゃうなんて、し・あ・わ・せ”ですって」
「びええええ」
ずっと「婚約者が本物の弟より世話が焼けるなんて、どういうことよ」って言ってたもんなあと、ブラザルはこの結末に満足している。
***
「じゃ、僕はもう行きますね!」
妙に晴れやかな顔をしたブラザルはサッと礼をして、部屋を出て行こうとした。
「ど、どこに行くんだ?」
ヴァーカーは、もっと話を聞いて欲しいし、何ならレイジョーンとの復縁を手伝って欲しいと思っている。
「リッパー王太子の執務室ですよ、僕は今日から側近見習いになりました」
「なんだとお」
「ヴァーカー殿下と姉上が婚約解消しても、我が公爵家と王家の関係は良好だって事です。我が家があまり重用され過ぎるのはまずいので、これまでは認められませんでしたが、殿下のおかげで敬愛するリッパー王太子の元で働けます。ありがとうございましたぁー!」
どうにか打破出来ないかと希望をもって呼び出した、しかしブラザルはなんの協力もせずにスタコラサーと消えた。
「なんてこった」
このままでは、愛しいレイジョーンが帝国に嫁入りしてしまう。婚約解消が決まって以来、レイジョーンに会う事さえ出来ないのだ、辛すぎる。
婚約解消を父王から通達された際、当主だけでなくレイジョーンもいたのに抗議もせず、サクッと受け入れていた。以前のレイジョーンなら、ヴァーカーの気持ちを汲んで良いように動いてくれたのに。あまりの事に呆然と立ちすくんでる間に全ては終わっていた。
どうしたらいい?ヴァーカーはのたうち回る。
「そうだ、カワリーン」
新たな婚約者。彼女に正直に話そう、本当に愛しているのはレイジョーンであると。そうすれば、身を引いてくれるだろう。さっそく、ヴァーカーはモノー伯爵家向かう事にした。
「まあ、ヴァーカー様。いかがなさったのですか?」
先ぶれもなく、突然、訪れたにも関わらず、快く迎え入れてくれたカワリーン。ブラザルに冷たくあしらわれたヴァーカーはその優しさが染み渡り、つい「君に会いたかっただけだよ」とか言いそうになる。しかし、ここは心を鬼にして真実を告げた。
「驚かないで聞いて欲しい、実は……」
切れ長の瞳のレイジョーンと違い、カワリーンはやや丸みを帯びた大きな目をしており、身長も低いため必然的に上目遣いになる。これは、これで可愛らしいのだ。性懲りもなく心が揺らぐ。だが、1番はレイジョーンなのだ。ヴァーカーは言った。
「本当に愛してるのは、君じゃない」
「あ、はい。知ってますよ」
「すまない、傷付けるつもりは……え?知ってる?」
「ええ、まあ。あーこの人、私のこと当て馬にしようとしてるなぁって思ってましたよ?」
「な!?き、君はいいのか?」
愛されていないと知っていても婚約者となるなんて、そんなにも自分を愛しているのだろうか。その健気さに、ぐらっときたヴァーカーであったが、カワリーンは爆弾発言を落とす。
「私、ヴァーカー様のお顔だけが好きなので、お気持ちはどうでもいいんです」
「なんだってー!」
思わず絶叫してしまった。
「実は、私、ヴァーカー様のお顔がものすっごい好みなので、学園に入学してから、こっそり観察していたんですよね」
ビックリ仰天中の王子様に向かって伯爵令嬢は可愛らしく微笑む。
カワリーンにとってヴァーカーの顔は完璧なる理想だ。ただし、ヴァーカーには婚約者がいるため接触はせず、下品にならない程度に目の保養にしていたという。
ところが、王子自ら近寄ってくるではないか。こいつ、婚約者がいるくせに他の令嬢に手を出そうとするなんて、とんでもねぇなと考え、距離を置こうとしていた。どっこい、ヴァーカーは諦めない。なんだコイツと思っていたが、ヴァーカーの顔を観察しまくっていたカワリーンは気付いてしまった。ヴァーカーは婚約者であるレイジョーンをかなり意識しており、時折、レイジョーンの方を見てドヤってみたり、ほくそ笑んでいる事を。
ははーん、当て馬にしようって魂胆か。カワリーンはしょうもない奴だなと思ったと同時に、超弩級の好みの顔が、時折見せるゲスい表情やクズい表情にどうしようもなく心惹かれてい事を自覚する。良過ぎる顔が自分にだけみせる下劣な顔……胸がキュンとしちゃう。
「イケメンのイケメンらしくない表情がたまらなく好きなのだと知ってしまいました。次はどんな顔を見せてくれるのかしらと思ったら離れられなくなってしまって」
「いやいやいや、待ってくれ」
「特に、レイジョーン様と婚約解消になってからの絶望した表情……最高でした!」
思い出すかのように恍惚とした顔になるカワリーン。ヴァーカーは知らない間に異様な性癖を覚醒させてしまった事に戦慄しつつ、ちょっとムッとした。こちとら王子だぞ、お気持ちを大切にせんかい。
「き、気持ちはどうでもいいなど、失礼ではないか!?」
「あら、やだ」
カワリーンはきょとんとした顔をして首をかしげた。
「先に私の気持ちを弄ぼうとなさったのはヴァーカー様でしょう?」
「私がいつ!?どこで!?」
「学生時代、学園で、私を当て馬にしようとなさってたじゃないですか?もう、お忘れになったのですか?」
「いや、それは……」
言葉を詰まらせたヴァーカーにカワリーンは容赦なく現実を突きつける。
「レイジョーン様と婚約解消とならず、私と恋人ごっこをして卒業後はどうなさるつもりだったのですか?何事もなかったようにレイジョーン様とご結婚なされたのでしょう?我が国は国王陛下以外、側室は持てませんもの。学生時代の火遊びとしてゴミのように捨てられてしまった私には未来はありません。我が家はそれなりに力のある家ですが、もはや良い縁談なんぞ、望めませんね、傷物ですから。ああ、酷い、王子様の当て馬に選ばれたばかりに、良くて年の離れた男性の後妻か、もしくは修道院かしら……」
ヴァーカーは何も言い返せなかった。何故って、カワリーンのその後など、何も考えていなかったのだ。
誰を当て馬にするか決めるにあたり考えたことは「本当に乗り換えられてもおかしくない令嬢」だった。簡単になびきそうな下位貴族の令嬢もいたが、あまりに馬鹿女だとレイジョーンに趣味を疑われるし、自分の評価も下がる。ならば、それなりの人物でなければダメだ。
丁度良いと思ったのが伯爵令嬢であるカワリーンだった。家も栄えており、本人も優秀で、見た目も可愛いらしい。レイジョーンとはまた違った魅力がある。
しかし、もし、作戦が成功していたら?
卒業後にヴァーカーとレイジョーンは結婚予定であった。今頃、式の準備が着々と進んでいただろう。
「ふふふ。王子様に心を踏みにじられた哀れな令嬢は……」
今とは異なる世界線に気が付いたヴァーカーに対し、カワリーンは顔を寄せ囁く。
「自ら命を絶っていたかもしれませんね」
「っ!」
声にならない悲鳴を上げてヴァーカー床にへたり込む。
ヴァーカーはこれまで、自分を善人だと思っていた。幸運にも王族として非情な決断を下さねばならない状況に陥った事はない。誰からも恨まれる人間ではない。何なら、厳格な兄王子と比べて、愛嬌があり親しみやすく好かれるタイプの王族であるとさえ思っていた。
ところが、どうだ。
もしや、レイジョーンもヴァーカーの下劣な本性を知って見捨てたのか?
「あああああ!」
ヴァーカーの悲痛な叫びが響くと当時にカワリーンがパンと手を叩く。
「画家を!」
「へ?」
すると、ぞろぞろと部屋にスケッチブックを持った者達が入って来て、自分を中心に取り囲む。
「今の良い! 今の表情、素敵過ぎる!」
画家達は自己嫌悪に陥るヴァーカーを描き始め、カワリーンはキャッキャと喜んでいる。顔が好きってマジなんだな。
「こ、こ、婚約破棄してや……ぶにゅ!」
「ダメですよぉ」
思わず婚約破棄してやると言いかけたヴァーカーの頬を、カワリーンが両手で強めに包み込んだ。これじゃ何も言えねぇ。
「ヴァーカー様の所業は国王陛下もレイジョーン様もレイジョーン様のご尊父の公爵様もご存じです。政略のお相手である公爵令嬢との関係を悪化させるような事をなさったヴァーカー様を皆様は許しておりません。この期に及んで、私との婚約を破棄なんてしたら、どうなる事か……」
ニコニコしながら話すカワリーン。可愛いと思っていた笑顔が怖い。
「目移りなんて許しませんよ。ヴァーカー様は一生、私の隣でレイジョーン様を思って後悔し続けてもらいます。泣いて苦しんで落ち込んで、私に素敵な顔を見せ続けて下さいね」
***
数日後。
「なんて事言うんだよおお!ひどぉいよおお!」
登城したブラザルは再び、ヴァーカーに捕獲された。そして、泣きわめくヴァーカーから新婚約者カワリーンの変人ぶりについて聞かされている。
「私の顔しか好きじゃないって言うんだああ!」
「良かったですね。姉は殿下の見た目も性格も好みじゃないって言ってましたよ」
早めに城に来たのは失敗だったなぁと思っていたら、お妃教育で城に訪れていたカワリーンが部屋に入ってきた。
「あらー。ヴァーカー様ってば、ここにいらしたの?」
噂によるとカワリーンのお妃教育は非常に捗っており、教育者達からの評判も上々だ。おまけにヴァーカーを甘やかさないときたもんだ。
「あ、お邪魔なようなんで、失礼しまーす」
「嫌だ、私の傍から離れないでくれー!」
逃げようとしたが、ヴァーカーにジャケットをしっかりと掴まれてしまう。
「ふふ、馬ー鹿ー様ってば、お茶目さん!」
それを見てカワリーンは上品に微笑む。姉とは違った意味でしっかりしているので、うまくヴァーカーを転がしていけるように思えた。
「ほら、聞いたか、ブラザル。カワリーンの奴、私の悪口言っただろ!」
「いえ、カワリーン様はお名前を呼んだだけですよ。ねえ?」
「ええ、そうですわ。もう、馬ー鹿ー様ってば、おヴァカさんなんだから」
「絶対、悪口言ってる!うわあああ!」
「やれやれ、マリッジブルーですか?」
ああ、いい感じにおさまる所におさまったって感じだな。きっと姉上も安心して帝国に嫁ぐだろう……いや、姉は姉で、新婚約者に夢中だ。もう関係ない人間の事など教えなくていいか。
「本当にお二人はお似合いですよ」
ちょっぴりおヴァカなラブコメディ
ヴァーカーは無自覚自己中。
レイジョーンは本当は甘えたい人。
ブラザルはシスコン。
カワリーンはS気味な顔至上主義。※ゲス顔最高
【短編の後書きとか解説とか】
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こちらに詳しい人物紹介とか、
その後の事など書いたページを公開しました。




