第72話:【言霊】漆黒の産声、あるいは死の宣告
いつも『聖女監禁録』をお読みいただきありがとうございます。
前話では、産み落とされた「新王」がついに言葉を発し、エルサを自らの『濾過器』として定義しました。もはや母ですらなく、ただの機能的な部品へと堕とされた彼女。
第73話では、成長を遂げた青年(新王)と、その父である魔王ゼノスが、一人の女を「分け合う」という、あまりに身勝手で背徳的な遊戯が始まります。
「どちらに、壊されたい?」
左右から迫る二人の王。その熱量に浮かされ、自分という境界線が溶けていくエルサ。
三人の歪な会話と、そこに漂う肌を刺すような緊張感を、どうぞ最後までお愉しみください
少年の唇が、寄木細工の仕掛けが解けるように、不自然なほど滑らかに弧を描いた。
人の形を借りているだけの、完成された「魔性」がそこにある。
「――お前が、母か」
その一言が、私の空洞になった胸を物理的な衝撃を伴って震わせた。
かつての私なら、その響きに救いを見出しただろうか。
だが今の私に去来したのは、自らの存在を根本から否定されるような、鋭利な刃の感覚だった。
「いいえ……。私は、ただの器です」
「器?」
少年は首を傾げ、黄金の瞳で私の内側を値踏みするように射抜く。
「はい。あなたの糧となるための……土に、過ぎません」
私は感情を排し、事実を淡々と述べる精密機械のように答えた。
少年はその答えを吟味するように目を細め、玉座に深く腰掛けるゼノス様を見上げた。
「父上。この女は、空っぽだ。名も、心も、もう残っていない」
ゼノス様が、私の髪を無造作に掴み、仰け反らせるように顔を上げさせた。
頭皮が引きちぎれるような痛みが、唯一、私がまだ生きていることを思い出させる。
「そうだ。お前のために、俺がすべて削ぎ落とした。……気に入ったか?」
少年の冷たく、しかし底知れぬ魔力を孕んだ掌が、私の首筋をゆっくりと這い上がる。
その指先が触れるたび、肌に刻まれた漆黒の紋様が、毒を流し込まれたように疼いた。
「父上の魔力は、私にはまだ……強すぎる」
「……あ、……っ」
私の喉から、抗いきれない鳴き声が漏れる。
少年の指が、私の頸動脈を圧迫し、血流とともに魔力を逆流させていく。
「お前の体を通せ。毒を抜くフィルターのように、私へ差し出せ」
それは、死を宣告されるよりも過酷で、効率的な「処理」の通告だった。
ゼノス様から供給される神の如き魔力を、私の脆い肉体という「篩」にかけて不純物を取り除き、少年に捧げ続ける。
私という個の価値は、今、完全に「部品」へと定義し直された。
ゼノス様が、私の耳元で低く囁いた。その吐息だけで、私の回路が焼き切られそうになる。
「聞こえたか、エルサ。この子が欲している」
「ですが、ゼノス様……。それでは、私の回路が……」
「壊れたら直してやる。……やれ」
主君の非道なまでの期待に、私の体は反射的に震えた。
「……っ、はい。……喜んで、捧げます」
少年の手を通じ、暴力的な魔力の奔流が私の中に逆流し始める。
「あ、……ああぁぁぁ……っ!」
血管が沸騰し、視界が真っ白な火花に覆われる。
少年の小さな掌は、私の命を啜るたびに、より濃厚な闇を纏い、より不遜な王のオーラを放ち始めた。
「……もっとだ。もっと、純くしろ」
「……壊れ、る……私、が……消えて……っ」
激痛の中で、少年の黄金の瞳が目前に迫る。
それはもはや、かつて私の胎内にいた愛しき生命ではなく、私という存在を完全に消し去るための「深淵」そのものだった。
「消えればいい。お前は、私の一部になるのだから」
少年の声が、脳髄に直接響く。抵抗する意志さえ、その響きの中に溶けていく。
「……あ、……あ……。そう、……ですね。……私は、……あな、たの……」
「お前は、俺たちの影だ。名も無き、永遠の影だ」
ゼノス様の宣告が、白濁していく私の意識に最後の一撃を加えた。
私は、ただ熱い魔力の奔流に身を任せ、自分という境界線が溶けて、一滴の雫となって彼らの海へ消えていくのを、深い、深い恍惚とともに受け入れていた。
第73話、完結までお読みいただきありがとうございました。
ゼノス様と新王。二人の主君によって「共有される玩具」となったエルサの末路。
かつての聖女としての尊厳は、二人の魔力が激突する奔流の中で、跡形もなく焼き切られてしまいました。
「お前は、俺たちの影だ」
その宣告を受け入れ、自ら道具であることを望む彼女の姿に、皆様は何を感じられたでしょうか。
「二人の王に翻弄されるエルサの絶望にゾクゾクした!」「親子で一人の女を弄ぶ関係性が最高に背徳的!」と思われましたら、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をお願いします!
次回、第74話。
二人の主君による「共有」は、さらに具体的な『調教』へと段階を移します。完全に自我を漂白されたエルサに、ゼノス様が命じる「最後の奉仕」とは。
引き続き、深淵へと堕ちゆく物語にお付き合いください。




