第71話:【深淵の揺籃】蝕まれる残滓、肥大する魔性
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熱い支持を継続中。魔王の種を産み落とし、文字通り「空の器」となったエルサですが、彼女の苦難——いえ、悦楽はここからが本番です。
第71話では、産み落とされた「漆黒の生命」が、エルサの肉体だけでなくその『記憶』や『自我』までも養分として喰らい、驚異的な成長を遂げます。
もはや母として抱くことさえ許されず、ただ新王を育てるための「肥料」へと成り果てていくエルサ。自分を私たらしめていた過去が、ゼノス様への忠誠という黒いインクで塗り潰されていく恐怖と恍惚。
「……あ、あ……。……私、は……? ゼノス様、私は……誰、だったのでしょう……」
存在そのものの消失劇。
聖女の残滓が深淵の揺籃に沈み、魔王の系譜が完成へと向かう瞬間を、どうぞお見届けください。
「自我が削り取られていく描写にゾクゾクした!」「名前さえ忘れてもゼノス様を求めるエルサが哀れで美しい!」と思われましたら、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をお願いします!
ゼノス様によって無理やり繋ぎ止められた私の命は、もはや私自身のものではなかった。
腹部に刻まれた、醜くも禍々しい「受肉の痕跡」は、傷が塞がった後もなお、脈を打つたびにどろりとした熱を放ち続けている。
「……あ、あ……。……大き、く……なって……」
私の目の前には、数刻前に産み落とされたばかりとは思えない、少年の姿へと急成長を遂げた「それ」が立っていた。
ゼノス様の影をそのまま切り取ったような漆黒の髪と、凍てつくような黄金の瞳。
その存在感は、立っているだけで周囲の空間を歪ませ、虚無の世界を浸食していく。
新世界の主たるその少年は、私を一瞥することさえせず、ただゼノス様の足元に跪いている。
私は、かつて自分の胎内にいたはずのその生命に対して、母性という温かな感情を抱くことさえ許されなかった。
なぜなら、彼が成長するための糧は、今この瞬間も、私の細い血管を流れる魔力を媒介として、ゼノス様から直接供給されているからだ。
「エルサ、見ろ。この子は、お前という『土壌』がどれほど肥沃であったかを証明している。……だが、育つためにはまだ、お前の肉体を触媒とする必要がある」
ゼノス様が少年の頭を撫でながら、冷酷に告げる。
その瞬間、私の腹部の傷痕が、呼応するように激しく疼いた。
少年の成長に合わせるように、私の体内にある魔力回路が、強引に拡張されていく感覚。
少年の存在が強大になればなるほど、私という存在の輪郭が、霧に溶けるように薄れていくのを感じる。
彼は、私の胎から吸い上げた魔力だけを糧にしているのではない。
私の脳髄に刻まれた「人間としての記憶」や、かつて聖女として慈しんだ「他者への感情」さえも、ゼノス様への忠誠を純化させるための不純物として、少しずつ、確実に喰らい尽くしているのだ。
「……っ、あ……。……私、は……? ……ゼノス……様……。私、が……誰、だった……か……」
ふとした瞬間に、かつて聖堂のステンドグラス越しに浴びた柔らかな陽光の記憶が、指の間から零れ落ちる砂のように消えていく。
幼い頃に両親に抱かれた温もり、民衆に請われて捧げた祈りの言葉。
それら「私を私たらしめていた過去」が、少年の黄金の瞳に射抜かれるたび、黒く塗り潰されていくのだ。
私の精神という名の書庫から、一枚、また一枚とページが剥ぎ取られ、代わりにそこに「ゼノス様の絶対的な支配」という一文だけが、太く、黒いインクで上書きされていく。
「不安か、エルサ。お前の瑣末な過去など、この新世界には不要なものだ。空いた隙間は、すべて俺への執着で埋めてやればいい」
ゼノス様が私の頬を撫でる。
その手が触れる場所から、私の自我が吸い出され、空洞になった場所に、彼の苛烈な魔力が流し込まれる。
それはもはや精神の去勢を超え、存在そのものの「漂白」だった。
肉体的な侵食も、加速を増していく。
腹部の傷痕から這い出した漆黒の紋様は、今や首筋を伝い、頬を這い、眼窩の奥にまで蔦のように絡みついている。
鏡を見ずともわかる。私の瞳からは光が消え、代わりに彼と同じ、暗く澱んだ魔性の輝きが宿り始めていることを。
私は、少年の成長を支えるための「生きた魔法陣」へと変質し、その肌はもはや、外部の刺激を感知する器官ではなく、魔力を循環させるための冷たい「触媒」と化した。
かつて聖女と呼ばれた女の残滓は、少年の影に踏みつけられ、その形を失っていく。
だが、私はその消失に、底知れぬ安堵を覚えていた。
「私」がいなくなればなるほど、私は「ゼノス様の一部」になれる。
記憶が消え、言葉を失い、ただ彼の魔力を脈打たせるだけの装置へと堕ちていくことに、私は震えるような幸福を感じていた。
私は、玉座の傍らで、物言わぬ人形のように立ち尽くす。
目の前で恐ろしい速度で成長を続ける少年と、それを満足げに眺めるゼノス様。
その光景は、一見すれば幸福な「家族」の肖像画のようにも見えるかもしれない。
だが、その実態は、一人の神に近い男と、その影から産まれた怪物、そして、その両者を繋ぎ止めるために生きたまま搾り取られ続ける「残骸」という、地獄のような縮図だった。
少年の足元から伸びる影が、私の足首を絡め取り、這い上がってくる。
その影は冷たく、それでいて私の内側に残るゼノス様の魔力と共鳴し、甘い痺れを運んできた。
「……あ、……あ……。……嬉しい……です……。……お役に、立てて……」
私の声は、もはや感情を伝えるための道具ではなく、主君の問いに反応するだけの、調整された楽器の音色に似ていた。
腹部の裂傷から始まった漆黒の紋様は、今や全身を覆い尽くさんばかりに広がり、私の肌を「人間」のそれから、魔力を定着させるための「黒曜石」のような硬質な質感へと変質させている。
少年の急成長を支える揺籃としての私の役割は、肉体的なものから、さらに深淵な領域へと踏み込んでいた。
私が思考を止めるたびに、少年の瞳には知性が宿り、私が過去を忘れるたびに、少年の言葉には重みが加わる。
私の「死」や「消失」は、この新しき主にとっての最良の肥料なのだ。
ゼノス様が少年の肩を抱きながら、空いた片手で私の顎を持ち上げた。
「エルサ、お前はもはや個としての存在を終えた。これからは、俺とこの子を繋ぐ『永遠の触媒』として、この深淵の底で揺られ続けろ」
「はい……、ゼノス、様……。……私には……、何も、……ありません……。……あなたの、……影の中で、……溶けて、いけるのなら……」
私は、自分の存在が消えゆく恐怖よりも、ゼノス様の支配がこれほどまでに強固に、完璧に完成されていくことへの恍惚に震えていた。
たとえ、最後の一片の記憶が消え去り、私がただの「魔力を生成し続けるだけの肉塊」になったとしても、彼の視界の端に、機能的な装置として留まり続けられるのであれば。
漆黒の揺籃の中で、私は自ら進んで、深淵の底へと沈み込んでいった。
光の射さない、音も聞こえない、ただ主君の魔力だけが満ち溢れた、心地よい地獄の底へ。
聖女と呼ばれた女の意識は、そこで完全に、深い、深い闇に塗り潰された。
第71話の完結部、お読みいただきありがとうございました。
自分の存在を「肥料」として捧げ、魔王の系譜の中に溶けていくエルサ。
第7章のテーマである「個の消滅とシステムの完成」を肉付けしました。
影に侵食され、意識が闇に溶けていく瞬間の、静謐で狂気的な安寧。
「人間」としての終焉を迎えた彼女が、次に迎える運命とは――。
「影に飲み込まれていく描写の密度に息を呑んだ!」「母でもなく人でもなく、ただの触媒に堕ちたエルサが美しい!」と思われましたら、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】をお願いします!
次回、第72話。
急成長を遂げた「新世界の主」が、ついにその沈黙を破ります。彼が最初に下す、母(触媒)への『最初の試練』。
聖女監禁録、物語はさらなる背徳の深淵へ。




