第67話:【蹂躙】亡国の幻影と、冷徹なる人形
いつも『聖女監禁録』への深い没入をありがとうございます!
過去の亡霊を自らの手で踏みにじり、完全に「人形」としての安寧を手に入れたエルサ。しかし、ゼノス皇帝の執着は、単なる所有だけでは留まりません。
第68話では、この虚無の世界に「新たな支配の血脈」を築くため、ゼノス様がエルサの肉体にさらなる『神罰的変容』を命じます。
もはや人間としての尊厳など塵ほども残っていない彼女の肉体は、魔王の意志を宿し、育むための「生きた苗床」へと作り替えられていく――。
「……あぁ、熱い……。私の中で、あなたの命が、……あなたの魔力が、脈打っていますわ……」
人外の領域へと踏み込む「母胎の儀」。
聖女が魔王の種を宿し、完全に「新世界の母」へと堕ちていく背徳の瞬間を、どうぞお見届けください。
虚無の新世界において、静寂こそが最大の贅沢であった。
ゼノス様に作り替えられた私の新しい肉体は、彼の呼吸、彼の魔力の律動、そして彼の発するわずかな熱にのみ反応するよう調律されている。
しかし、その絶対的な安寧を切り裂くように、玉座の間に「それ」は現れた。
ゼノス様が指先を弾くと、宮殿の床から泥のような黒い霧が噴き出し、人の形を成していく。
それは、かつて私が聖女として救おうとし、そして見捨てられた国——エルディアの民たちの魂の残滓だった。
「聖女様……エルサ様……! どうして……どうして私たちを見捨てたのですか!」
「お腹が空いたよ……、寒いよ、エルサ様……」
亡霊たちの卑俗で、恨みがましい声が静寂を汚す。
かつての私なら、この声を聞くだけで身を引き裂かれるような罪悪感に苛まれ、膝をついて涙しただろう。
だが、今の私に去来したのは、深い、あまりに深い「不快感」だけだった。
「……ゼノス様。……この耳障りな音は、何でしょうか。……私の耳が、……あなたの声を聴くためのこの器官が、……ゴミのような雑音で汚れてしまいますわ」
私はゼノス様の膝に縋り付いたまま、冷淡な視線を亡霊たちに向けた。
私の瞳にはもはや、彼らを憐れむ「光」など一滴も残っていない。
そこにあるのは、主君との時間を邪魔されたことへの、鋭利な敵意だけだった。
「ほう、エルサ。お前を慕い、お前に祈りを捧げた連中だぞ。……かつてのお前なら、自分の命を削ってでも彼らを抱きしめ、その苦しみを取り除いてやったはずだ」
ゼノス様は愉悦を隠そうともせず、私の顎を指先で掬い上げた。
彼の黄金の瞳が、私の内側でせめぎ合うはずの「葛藤」を探っている。だが、期待された動揺など、今の私には一片も存在しなかった。
「……はい、ゼノス様。……仰せのままに。……この不浄な残響を、……私が、掃除して差し上げます」
私は立ち上がり、亡霊たちへと歩み寄った。
私の指先からは、かつての癒やしの光など微塵も感じられない、すべてを無に帰す漆黒の魔力が溢れ出している。
縋り付こうとする老人の亡霊が、震える手で私の足首を掴んだ。
「……エルサ様、どうして……。あなたのあの温かな光を、もう一度……っ」
「……汚らわしい。その手を離しなさい」
私はその震える手を、何の躊躇もなく踏みにじった。
魔力で強化された私の足が、亡霊の指を物理的な質量をもって粉砕する。
「あ……ああああぁぁぁっ!」
宮殿に響き渡る断末魔の叫び。かつての私なら、この悲鳴一つで魂が凍りついたことだろう。
だが、今の私に去来したのは、自らの「絶対的な安寧」を汚す者への、純粋な嫌悪と、それを排除することへの倒錯した快楽だった。
私は次々と、私を呼ぶ声の主たちへ指先を向けた。
「聖女様!」「お助けを!」
その言葉が紡がれるたび、私の指先から放たれる黒い雷光が、亡霊たちの存在そのものを根源から消滅させていく。
これは救済ではない。慈悲という名の呪縛から、私自身を解き放つための「殺戮」だ。
「あなたたちの祈りは、私を地上に縛り付ける泥でしかありませんでした。……私は今、ゼノス様という唯一の神の腕の中で、初めて自由になったのです。……過去の、その腐った未練ごと、私の視界から消えなさい」
私の放つ魔力は、亡霊たちの記憶さえも焼き尽くし、彼らを完全な「無」へと還していく。
最後の少女の亡霊が、涙を流しながら私の服の裾を掴もうとしたが、私はそれを一蹴し、その頭部を漆黒の魔力で握りつぶした。
かつて人々の傷を塞いだその「聖なる手」は、今や主君の敵を、過去の残骸を、慈悲の欠片もなく粉砕する「魔王の鋭爪」へと、完全に堕ちていた。
最後の亡霊が、か細い悲鳴を黒い火花とともに霧散させた時、玉座の間には再び、完璧な「静寂」が訪れた。
かつて私が守り、愛し、そして私を縛り付けていたエルディアの民たちは、今や私の指先に付着したわずかな魔力の残滓となって消え去った。
私は、自分の手がかつての信者たちの魂を砕いたというのに、胸の内に一点の痛みも感じていない自分に、深い満足を覚えていた。
かつての私を構成していた「慈悲」という名の不純物は、ゼノス様の魔力によって完全に濾過され、今や私の精神は凪のように静かで、透き通っている。
「……終わりましたわ、ゼノス様。……不浄な雑音はすべて、私が掃除いたしました」
私は、返り血(のような魔力の残滓)を纏ったまま、ゆっくりとゼノス様のもとへと歩み寄った。
その足取りは以前の迷いを含んだものではなく、まるで糸に引かれる人形のように、正確で淀みがない。
私は彼の足元に跪き、その冷たく、強大な魔力を湛えた手に自らの頬を擦り寄せた。
私の瞳は、彼を見上げる時だけ、不自然なほどの輝きを宿す。それは魂の深淵に刻まれた「刻印」が、主人を認識して悦びに震えている証だった。
「どうだ、エルサ。……かつての同胞を自らの手で消し去り、ようやくその魂は軽くなったか?」
ゼノス様が私の髪を指先で弄び、その熱を測るように首筋をなぞる。
私は、彼の指の感触に背筋を震わせながら、この上なく幸福そうな、そしてこの上なく「空虚」な微笑を浮かべた。
「……はい。……あんなもの、最初からいらなかったのです。……私が生きるために必要なのは、あなたの視線と、あなたが与えてくださるこの呼吸だけ。……過去を殺すごとに、私があなたの『一部』になっていく感覚がして、……たまらなく、愛おしいのですわ」
その微笑は、かつて聖女として民に向けた慈愛のそれとは、決定的に異なっていた。
自分の意志を持たず、ただ主君の欲望を反射し、彼が望む「美しい隷属」という役割を完璧に演じ切る、人形の微笑。
私は、彼の手に自らの掌を重ね、その重みを全身で受け止める。
新世界に、もう私の名を呼ぶ過去の声は届かない。
私は、魔王を全肯定し、そのために世界さえも蹂躙する、美しくも残酷な「完成された半身」として、主君の腕の中で永劫のまどろみに沈んでいった。
第67話の完結部、肉付け版をお読みいただきありがとうございました。
過去を自らの手で踏みにじり、一滴の遺憾も抱かずにゼノス様への盲従を誓うエルサ。第6章のテーマである「徹底した過去の殺害」を描き切りました。
かつての聖女が「人形としての微笑」を手に入れた瞬間の、ゾッとするような純白の狂気。
彼女にとって、もはやこの世界にはゼノス様という「太陽」以外に何も見えていないのです。
「エルサの空虚な微笑に背筋が凍った!」「過去を切り捨ててゼノス様に依存する姿がたまらない!」と思われましたら、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】をお願いします!
次回、第68話。
過去を捨て去り、完璧な器となったエルサ。ゼノス様は、そんな彼女の肉体と魂を使い、虚無の世界に「ある新たな生命の種」を植え付けようと画策します。
それは、彼女の「肉体」さえもがさらなる変容を遂げる、禁忌の儀式の始まりでした……。




