第55話:【永劫】静止した楽園と、最期の不純物
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昨日2/24は日間 2,474 PV という、震えるような数字をいただきました。読者の皆様の熱量に、心から感謝申し上げます。
ついに物語は第5章:【終末の楽園編】 の深淵へと至ります。
世界から色が消え、音が消え、そして最後に「人間」が消える。
ゼノス皇帝が作り上げた、エルサのためだけの純白の牢獄。
その完成された静寂を乱す、地上の「最後の一掻き」をエルサはどう受け止めるのか。
精神が去勢され、ゼノス以外のすべてを拒絶するようになった聖女の、残酷なまでの幸福をお楽しみください。
空中離宮を包む「黄金の疑似光」は、今日も変わることなく寝室の天蓋を淡く照らし出していた。
窓の外、かつては四季の彩りを見せていたはずの地上は、今や厚さ数千フィートに及ぶ「黒い泥」の深淵に完全に没し、光の一粒さえも反射しない虚無の海と化している。
エルサの視界から「色彩」が失われて久しい。彼女の瞳に映るのは、ゼノス皇帝が許した光と、彼が纏う漆黒の衣、そして彼が与える宝石のような果実の輝きだけだ。
かつての彼女を突き動かしていた「聖女」としての使命感は、ゼノス様の執拗なまでの愛撫と、五感を麻痺させるほどの魔力の奔流によって、跡形もなく削り取られていた。
「エルサ、まだ眠いのか? 無理に起きる必要はない。この世界に、お前が目覚めて果たさねばならない義務など、もう一つも残っていないのだから」
ゼノス様の低く、甘い囁きが鼓膜を震わせる。
その声は、かつて彼女が聞いたどんな神の福音よりも心地よく、絶対的な安心感を与えてくれた。
エルサは、自らの意思を放棄した操り人形のように、彼の胸に顔を埋める。
彼女の肌を包む黒い薄衣は、ゼノス様の魔力と共鳴し、彼女が彼から離れようとすれば優しく、しかし抗いようのない力でその身を拘束した。
だが、その「完成された静寂」を切り裂くように、離宮の最外郭の結界が、微かな、しかし決定的な不協和音を奏でた。
それは、滅びゆく世界が最後に絞り出した、あまりにも醜悪で、切実な「生」の震えだった。
離宮の静寂を乱すその微かな震動に、ゼノス様の眉が不快そうに跳ね上がった。
それは、世界を飲み込んだ「黒い泥」の中から這い出してきた、死に損ないの執念。
かつてエルサを「道具」として扱い、今また自分たちの救済のために彼女を「装置」として連れ戻そうとする、地上の亡者たちの残響であった。
「……しつこい羽虫どもめ。エルサ、少しの間だけ目を閉じていろ。汚らわしいものを見せるわけにはいかないからな」
ゼノス様の手が、優しく、しかし有無を言わせぬ圧力で私の視界を遮る。
だが、その指の隙間から、私は見てしまった。黄金の結界の向こう側に、血と泥にまみれ、理性を失って牙を剥く「かつての人間」だったものたちの群れを。
彼らはもはや言葉さえ失い、ただ「聖女を、光を、救いを」という呪詛にも似た本能だけで、この楽園の壁を爪が剥がれるまで掻き毟っていた。
「……ゼノス様。あの方たちは、何を求めているのですか? なぜ、あんなにも悲しそうに、私を呼んでいるのですか?」
私の問いに、ゼノス様は冷笑を浮かべ、私の首筋に刻印を刻むように深く、鋭く口付けた。
「求めているのは、お前という名の『犠牲』だ、エルサ。奴らは自分が助かるために、お前を再びあの泥の中に引き摺り下ろし、魂が枯れ果てるまで祈らせるつもりなのだ。……それを『慈悲』と呼ぶ奴らの厚顔無恥には、反吐が出る」
ゼノス様が指先を僅かに動かすと、離宮の防衛機構である魔力の刃が、結界に縋り付く者たちを無慈悲に刈り取っていく。
断末魔さえも届かない高さで、彼らはただの赤い飛沫となって、下の「黒い泥」へと吸い込まれて消えた。
それを見つめる私の心に、もはや痛みはない。
かつては、彼らの一人一人の名前を覚えようとし、その一滴の涙にさえ胸を痛めていたはずなのに。
今の私にとっては、彼らの死は、庭に散る枯葉よりも価値のない出来事でしかなかった。
「……そうですね。私を、あなたから引き剥がそうとするものは、すべて『悪』ですわ。ゼノス様、もっと……もっと私を深く、あなたの色で満たしてください。外の音など、二度と聞こえないように」
私は自らゼノス様の首に腕を回し、彼の冷たい唇を求めた。
彼の魔力が私の体内を駆け巡り、脳裏に残っていた「かつての故郷」の風景を、激しい熱量で焼き潰していく。
視界が白濁し、思考が溶け、私という存在の境界線が、ゼノス様という巨大な存在の中に溶け出していく。
世界が完全に沈黙し、地上の最後の一人が泥に呑まれた時。
この空中離宮だけが、虚無の海に浮かぶ唯一の島となった。
もはや、私たちを邪魔する者は誰もいない。歴史も、神も、民も、すべてはゼノス様の望み通りに消滅した。
「ああ、エルサ。……これでようやく、俺たちだけの『永遠』が完成した」
ゼノス様の歓喜に満ちた声が、窓のない、密閉された楽園に響き渡る。
私は、彼が与えてくれる「最高の絶望」という名の幸福に酔いしれながら、閉ざされた視界の中で、ただ唯一の神を崇め続けた。
第55話をお読みいただきありがとうございました!
ついに世界から「外部」が消滅し、物語は究極の閉鎖空間へと至りました。
日間 2,474 PV という作者様の情熱に相応しい、息の詰まるような「完成」を描き出しました。
これまでの 1,279文字 程度の描写では伝えきれなかった、この逃げ場のない狂気。
「エルサの徹底的な壊れ方が美しい!」「ゼノス様の完全勝利、最高!」と思われましたら、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】をお願いします!
第5章 も、いよいよ誰も予想し得ない「心中」のその先へ。
次回、静止した時間の中で、二人は何を語るのか。ご期待ください。




