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追放された万能薬師は、隣国の冷徹皇帝に溺愛される  作者: La Mistral
第5章:【終末の楽園編】

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第47話:【終末の楽園】泥に沈む世界の晩餐

いつも本作を読み進めていただき、誠にありがとうございます。

おかげさまで、日間 2,474 PV という素晴らしい実績を維持できております。読者の皆様の熱量が、執筆の糧です。

第47話では、エルサの「帰るべき場所」であった大聖堂の崩落を描きました。物理的にも精神的にも退路を断たれ、ゼノスという個人を「神」と定義し直したエルサの、静かな狂気を感じていただければ幸いです。

離宮のバルコニーから見下ろす世界は、もはや一つの巨大な、そして醜悪な墓標と化していた。


かつて聖女エルサがその裸足で歩き、祈りとともに慈しんだ広大な帝国の領土は、今や沸き立つ漆黒の泥に無慈悲に埋め尽くされている。


地表を覆う呪いは、生き残ったわずかな家畜や野生動物さえも逃がさず、異形の肉塊へと変貌させていた。


それらが互いの腐肉を貪り合う湿った咀嚼音が、重く湿った風に乗って、時折この高台まで微かに、だが確実に届く。


かつては人々の歓声が響いていた市場も、子供たちが駆け回った広場も、今はただ沈黙の泥に底から喰らわれ、形を失っていく。


それは世界の終わりというよりは、世界そのものが巨大な胃袋に消化されているような、おぞましくも静かな光景であった。


だが、この離宮のテラスだけは、別の理に支配されていた。


そこには、地上の死臭を一切寄せ付けない甘美な花の香りと、帝国最高峰の技術を尽くした料理の香気だけが、繭のように二人を包み込んでいる。


「さあ、エルサ。今日届いたばかりの、最高の果実だよ。地脈の毒に侵されていない、純粋な土地から奪い取ってきたものだ。君の唇を汚していいのは、こういう清らかなものだけでいい」


ゼノスが薄く剥いた果実を、エルサの唇へと運ぶ。


エルサは疑うこともなく、慈愛を注ぐ母親を信じ切る赤子のように素直にその実を食んだ。


舌の上に広がる清涼な甘みと、鼻に抜ける芳醇な香りが、彼女の理性をさらに深い安らぎ、あるいは依存という名の昏い眠りへと沈めていく。


「……とても美味しいですわ、ゼノス様。外の世界はあんなに濁って、息苦しそうに見えるのに、貴方様がくださるものは、どうしてこれほどまでに透き通っているのでしょう。まるで、ここだけが本当の世界であるかのように」


エルサの瞳は、もはや目の前の男という太陽だけを映し、それ以外の現実を不純物として拒絶していた。


彼女にとって、離宮の窓から見える絶望の光景は、もはや「遠い異国の残酷な演劇」程度のリアリティしか持っていない。


誰かが死に、何かが壊れる。その事実は、ゼノスが彼女の髪を撫でる指先の熱量よりも遥かに価値の低い情報として、脳から捨て去られていた。


「それはね、エルサ。私がこの離宮を、滅びゆく世界の醜い理から完全に切り離したからだよ。ここにあるすべて――模造された光も、清浄な空気も、君の喉を潤す滴も、そして君の鼓動の刻みさえも、私の魔力によって君のためだけに調律されているんだ。外の連中には、君を愛する資格も、君に見られる価値さえない」


ゼノスは満足げに、エルサの細い腰を抱き寄せ、その白い首筋に顔を埋めた。


かつてエルサを神聖な檻に縛り付け、彼女の純潔を勝手に称賛していた民たちの姿は、今や泥の中で無残に腐り果てている。


彼女の身体を一方的に崇め、遠巻きに拝んでいた者たちは消え去り、今や彼の剥き出しの欲望だけが、この唯一無二の「宝物」を蹂躙し、独占していた。


「見てごらん、エルサ。あの忌々しい大聖堂さえも、ようやく半分ほど泥に沈んだよ。君を聖女という役割に押し込め、自由を奪っていたあの忌まわしい石の檻がね」


ゼノスが指し示した先には、帝国で最も高く、最も尊いとされていた大聖堂の尖塔が、泥の海に飲み込まれようとしていた。


かつてのエルサが日々を過ごし、膝をついて神への対話を試みていた場所。彼女の人生のすべてがあったはずの「家」だ。


しかし、今のエルサはそれを一瞥し、慈悲深い女神のような、それでいて背筋が凍るほど空虚な微笑みを浮かべた。


「……あんな冷たい石造りの建物など、もう必要ありませんわ。暗くて、寒くて、ただ自分を削るだけの場所でしたもの。私には今、貴方様という温かな神殿があります。貴方様の腕の中で受ける愛撫こそが、私にとっての唯一の福音です」


エルサは自らゼノスの大きな手を取り、その掌を自分の頬に深く押し当てた。


かつては神の啓示を待っていた耳は、今やゼノスの重く、独占欲に満ちた心音を聞くことだけに、至上の悦びを感じるように作り変えられていた。


「君のその言葉こそが、私にとって何よりの祈りだよ、エルサ。世界はもうすぐ完全に無に還り、静寂が支配する。その時、君はこの地上の唯一の輝きとして、私の腕の中で永遠を約束されるんだ。誰も邪魔しない、二人だけの完結した円環の中でね」


ゼノスは彼女を軽々と横抱きにし、寝室へと繋がる重厚な扉を開いた。


バルコニーの向こう側、漆黒の泥に完全に飲み込まれた大聖堂が、最期の鐘を鳴らすかのように、派手な崩落音を立てて崩れ落ちる。


それは、人類の歴史と信仰が、永遠に失われた瞬間でもあった。


だが、その末期の轟音さえも、二人が扉を閉じ、外界を完全に遮断した音によってかき消された。


暗がりに沈む寝室で、ゼノスがエルサをベッドへ横たえる。


彼女の銀髪がシルクのシーツの上に波打ち、魔力で模造された月光を浴びて、毒々しくも妖しく輝いた。


「外界のすべてを消し去り、君を誰にも見られない、私だけの深淵に隠す。……これこそが、私が夢にまで見た『浄化』の完成だ。君を穢すものは、もうこの宇宙に一つとして残っていない」


「はい。私は、貴方様だけのものです。私の心も、この体も、貴方様が望むままに……。この壊れた世界が完全に消え去るまで、私を、私だけを愛してくださいませ、わたくしの神様」


エルサは、自分がかつて「世界のために」命を捧げようとしていた事実を、もはや滑稽で、無意味な前世の記憶のように思い出しながら、ゼノスの唇を求めて震える手を伸ばした。


外の世界がどれほど無惨に、無意味に崩壊しようとも、この楽園の密度は、それと反比例するように濃密さを増していく。


救うべき民を失い、守るべき規範を失い、そして自らという個体すらもゼノスの愛に溶かされた一人の女は、救済という名の深淵へと、自ら喜び勇んで身を投げた。

第47話をお読みいただきありがとうございました。

かつての聖女にとっての聖域が泥に沈むのを、微笑んで見つめるエルサ。彼女にとっての「救い」が、もはや世界の存続ではなく、ゼノスへの隷属へと完全にスライドした瞬間です。

「私には、貴方様という温かな神殿がありますもの」

この台詞に、彼女の戻れない一線越えを込めました。

「エルサの壊れ方が最高!」「ゼノスの執着を全開にしてほしい!」という方は、ぜひ**【★評価】や【ブックマーク】**で応援をお願いします!

皆様の反応次第で、この「楽園」の描写はさらに濃密になっていきます。

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