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皇帝陛下の傍飾り  作者: 白川雪道
一章 珠は栄華に眠らんと欲す
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11. 変化の兆し




「フロレンツィア様! よかった、お目覚めになられたのですね」


 目が覚めた頃には日が沈み掛けており、そして何もかもが終わっていた。


 ──わたし、謁見をして……それで……。

 ビビアナは自室に運ばれたらしく、慣れ親しんだ肌触りのブランケットに包まれている。未だ意識がぼんやりとしており、前後の記憶も曖昧だった。


「い……」

 額に触れようとしたが、何かに遮られる。布。包帯が頭にぐるぐると巻かれていた。これではまるで怪我をしたようだ。

 寝台の上で体を起こし、そして思い出す。自分は確かに頭を強く打ったのだと。そして、自らを呼び出した皇帝は。


「ああ! 無理をしてはいけませんよ!」

「あの後は、どうなったのですか」

「え?」

「わたしが倒れた後です! イェンスと言う男が。ええ、皇子が、剣で……!」


 呟くように言えば、傍に控えていた侍女が苦そうな顔をする。

 けれども彼女はビビアナの体を再び寝台へと倒し、その後語り聞かせてくれた。


 新王──イェンス・ヴォルダルディスという男は実の父を殺し、すぐに戴冠したのだという。本来であれば数日置いて教会の承認を得る必要があったが、なんでも彼の他には王位継承権を持つ者がおらず、もはや女神も沈黙していると押し通したらしい。

 なんて強引な、と心臓が跳ねる。


「でも、帝国は一夫多妻制では?」

 ビビアナはその侍女に問う。

 まさか皇子が一人しかいない状態で、それも噂されるほどの不仲になるわけがない。王位を得るのに、肉親を殺すだなんてことにも。

 すると侍女は視線を左右に泳がせながら言った。


「そう、ですね。陛下には五人の妃がおられたのですが、皇女殿下らに恵まれまして……。皇子はお二人。第二王子殿下は流行病に伏せっていたのですけれど、今朝……」


 イェンスが直接手を下したわけではないらしいが、運悪く病を拗らせたのだという。


「そうですか……」

 だからあれほど強引な真似ができたのかと、ビビアナは静かに納得した。


 もしかすると、ビビアナがこの小宮殿に囚われている間にも、あの城では激しい争いがあったのかもしれない。今の話からすると、あの男には血の繋がった姉妹もいるのだろう。

 やはり彼女は何も知らなかった。なんて冷たくて恐ろしい国なのだろうと唇が震える。

 あの瞳を思うだけで恐ろしい。この帝国で何が起こっているというのだろうか。


「嫌ね……」


 彼女のもとへも、何らかの変化が訪れようとしているのかもしれない。




 それから数日の間、ビビアナは常に同じことを考えていた。新たに王座に腰掛けた、悪魔のような男のことを。

 部屋で過ごしていると、新王の執政の様子については根も葉もないような噂すら入って来ない。図書館に赴いてみようかとの思いは過るものの、するとあの滑らかな切っ先が喉元にやってきて、やはり部屋に籠もるしかないのであった。


『大丈夫ですか?』

 ベルタが不安そうに手帳を差し出す。ビビアナも話す気分にはなれなかったので、ペンを借りてこの下に小さく返事を書いた。


『もう耐えられない。この国はおかしい』

 ベルタの反応を確認する前に、俯く。この国に来てから、鮮やかな赤ばかりが目に焼き付いている。それ以外があまりに薄くて、時を無駄にしているような感覚ばかりが付き纏ってくるのだ。目を閉じれば、あの日見殺しにした彼らが彼女を責め立てる。何をしているのかと。

 ──そうよ。せっかく生かされた命なのだから……。


「イェンス。イェンス・ヴォルダルディス……」


 そう何度も何度も繰り返して、魂にまで刻み付ける。忘れてはならない。

 新たな王、憎き男であるイェンス・ヴォルダルディスの他にもう一つ、彼女の頭から離れないことがある。


 ──王になったあなたは、一体わたしに何を望むの? 


 ウォルデールの王冠。

 先の皇帝はビビアナを怒鳴りつけ、その居場所を探ろうとしていた。初めて聞いた言葉で、あの時はやはり何も分からないと思っていたのだが。今になって考えてみると、少し。

 王冠ではないが、冠ということで一つ心当たりがあるとすれば、浮かぶものがあった。


煌緑(こうりょく)の、栄冠……」


 呟くと、ベルタも肩を震わせた。

 それはウォルデールに代々伝わるというまじないの品。かの国が危機的状況に陥った時、必ず助けになるのだと信じられていた秘宝だった。

 といっても、ビビアナは一度も見たことがないし、本当に聖なる力を持っているのかも定かではない。王家が代々守護するものらしいが、授業で習った程度で家族との話にも出たことはなかった。たった一度、あの時を除いて。


「お父様が仰っていたの。栄冠は、お前を待ち続けるって……」

 父は信心深い男であった。最後まで神を信じ、娘に慈愛を与えたその姿を思い出す。


『栄冠を探せば、何か起こるのでは?』

「ウォルデールには戻れないのよ。帝国兵が探していると言うのなら、見つかるのも時間の問題かもしれない。そもそも、そんなものが本当にあるの? あるなら、保管場所くらい教えてくれたっていいはずでしょう? ……それに、お父様が死んだ時も、何も起こらなかったのに」


 やはりあれは、後になって固められたただの伝説であったのではなかろうか。

 建国以来、栄冠が国を救ったなどという記録は残されていない。

 しかし帝国がその伝説を信じ、珍しい品を手に入れようとしているならば。どちらも冠ではあり、翻訳するにあたり意味が少しばかり変わったということも考えられる。もしも、祖国が滅びた理由がそこにあるとすれば。

「愚かだわ……」

 指先で額を覆いながら、微かな声が絞り出される。テーブルの木目に渇ききった笑みを零せば、肩を揺さぶられた。


 思わず顔を上げると、『神を疑ってはならない』と、ベルタの方に向いた殴り書きのような文字が目に入る。逆さでも瞬時に読み取ることができたのは、その前に彼女の言いたいことが分かっていたからなのかもしれない。

 それに落胆してしまうのは、それほどいけないことなのだろうか。


 ビビアナはテーブルに置かれた彼女の手に強くしがみ付いた。

「だって、おかしいじゃない。ビビアナは至らない王女だったかもしれないわ。でも、わたしの家族は、わたしたちの民は。殺されなければならないような罪人だった?」


 ベルタは目元を歪め、首を振る。けれども彼女に寄り添いはしなかった。神を疑うことなど、決して許されることではないのだから。


「どうして神は、わたしから奪われるの? この国に、あの男にばかり……!」

 あの、愛など知らぬというような男にばかり与えられる。このようなことがあってよいのか。いいや、そんなはずはない。神はいつだって善人に誠実でなければならないのに。


 しかし、そのようなことを考えている時点で自分は愚者であるのやもしれぬと、変に冷静である自分がいることも事実であった。すぐに熱くなって、もう遅いという時に目が醒める。いっそ操られているといった方が納得できるような感情には、もううんざりだ。


 冷静に、冷静に、冷静に。目立たず、日陰で堅実に。きっと祈りが足りないのだ。小さい声では、天まで届かぬのは当たり前ではないか。

「……ごめんなさい。少し、気分がよくないみたい」

 言いながら、ビビアナは立ち上がる。


「こんなことを言っても、神様を困らせちゃうだけよね。今のは忘れてちょうだい」

 ベルタは唯一の味方なのだ。そして、彼女を支えられるのも自分しかいない。自分のことばかり考えていれば、ビビアナが憎む帝国人たちと何ら変わらない。

 血を冷やそうと呼吸を続けていると、ささやかなノックが鳴る。きっとコリンナだろう。


「どうぞ」

 慌ててベルタに手帳を仕舞わせ、扉の向こうへ許可を出すと、やはり推測通りだった。部屋の外ではコリンナがきっちりとした姿勢で立っている。


「まあ先生。少し、授業の時間には早いと思うのですけれど……」

 部屋に置かれていた詩集を持ち、さも読んでいたような格好をして顔色を窺う。コリンナは暫くその様を冷ややかな目で眺めていたが、やがて表情を崩した。


「あら。そういえば、お伝えしておりませんでしたね。本日からは、デビュタントの準備をいたします」

 そう返された言葉に、ビビアナは固まってしまった。

「デビュタント、ですか?」

 恐る恐る聞き返すと、彼女はきっちりと頷く。


「ええ、そうです。王家が主催する大舞台。フロレンツィア様も十五歳になられますでしょう」

 それは成人した娘のために用意された舞台。所謂、お披露目の場。ウォルデールでは十六歳の娘に対し行われていた。晴れ舞台でくるくると踊り回る女性たちの姿は、皆の憧れ。

 しかし今の彼女にとってそれは、かつてのように可愛らしいものではない。


 参加すれば二度と引き返せない新たな場所。はっきり言えば、ビビアナが帝国の人間であると周囲に宣言するということになる。そしてそれが許されたということだ。


「どうして、ですか?」


 憎たらしい国の民になったと自分から歩いて回るだなんてこと。そんなことをすれば、帝国とより深い関係を持つことになる。ウォルデールの民にも顔向けできない。まさに、なんたる屈辱だろう。


「どうしてですって? まさか参加しないとは仰りませんよね?」

 言われ、言葉に詰まった。

 ビビアナは既に改宗を終え、フロレンツィアという名を得てしまっている。王家が主催ということならば、拒否することもできない。敗戦国の元王族に、そのような権限は与えられていなかった。

 赤い瞳を思い出す。ビビアナに用意された選択は、もはやただ一つであった。


 ドレスの端に皺が寄る。何かを握り締めてでもいなければ、やっていられない。

「フロレンツィア様」

 視線が刺さる。


 ──選ばせてやる。

 あの日の赤い瞳がこちらを見ていた。


 生きるならば、与えられてばかりではいられない。

 フロレンツィアとして生きるための覚悟を、ここに帝国人として名を連ねる覚悟を、今度こそ決めろと言うことなのだろう。

 ──わたしは、どうしたらいい?

 尋ねたところで返事はない。それを決めるのはビビアナなのだから。


 彼女は震える唇から、沈黙を破るために微かな声を振り絞った。

「いいえ。勿論、参加させていただきます」

 あちらがその気であるならば、彼女に残された道はそれだけなのだ。


 ──わたしはこの国に、無関係ではいられない。





 





 これにて一章は終わりです。人を選ぶ話だったと思うのですが、ここまで目を通していただきありがとうございます! ブックマークや評価など、大変励みになっております。


 さて、ビビアナの物語はまだまだこれからなのですが、お知らせしたいことがございます。

 私事で大変申し訳ないのですが、近々受験を控えているため暫く更新をお休みしたいと思います。春頃には落ち着くと思うので、その時に再開できれば……。


 一章はなんだかぱっとしないような展開ばかりでしたが、二章からはビビアナの行動範囲も広くなり、更に当たって砕けて成長していきます。間は空きますが、できる限り早くに再開できるよう努めていきますので、その時は是非よろしくお願いします!


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