第98話:星見の旅路と、竜の吐息
#### 陽だまりの評議会
アークが目覚めてから、数日が過ぎた。
兄アルフォンスの英雄的な活躍と、聖女ミカエラの帰依によって、村に訪れた平和は、もはや揺るぎないものとなっていた。
その日の書斎には、この辺境の、いや、この世界の未来を左右するであろう、全ての主要人物が集結していた。
アークとアルフォンス、その両親。賢者ローラン。エルフの長老と弓兵長リオン。そして、元『熾天使』ミカエラ。遠くザターラからは、ディアナが『契約の木』を通じて、その意識だけを参加させている。
「――時は、満ちた」
評議会の口火を切ったのは、覚醒したアークだった。その、深緑と白銀が混じり合う瞳は、もはやただの少年ではなく、星の理を見通す賢者の深みを宿している。
「僕らの最後の旅、陰の世界樹を再生させるための、『星見の頂』への旅を、始めたいと思う」
その旅に、誰が赴くのか。
アークは、集った仲間たちを一人ひとり見つめ、その名を、静かに紡いでいった。
「僕と、ウル、そしてルナ。道を指し示す、羅針盤として」
「兄さん。僕の、そして、この旅の、揺るぎなき『剣』であり、『盾』として」
「ローランさんと、カエルさん。我らの『知恵』と、道を切り拓く『影』として」
「リオン殿。千年の森を知る、エルフの『目』として」
そして、アークは、静かに佇むミカエラへと、その視線を向けた。
「……ミカエラさん。あなたには、この村に残り、父さんたちと共に、この陽だまりを守ってほしい」
それは、彼女の身を案じての、アークなりの優しさだった。
だが、ミカエラは、静かに首を横に振った。
「……いいえ、アーク様。私も、お供させていただきます」
彼女は、その場に膝をつくと、**自らの鎧から、これまで信仰の証であった精霊教会の『金色の天秤』の紋章を取り外し、静かに床に置いた。**そして、かつて神に捧げたものとは違う、人間への、心からの忠誠を誓った。
「私は、この目で、真実の奇跡を見届け、そして、それを、過ちを犯した我が同胞たちに伝える使命があります。あなたの旅路を脅かす、教会の『偽りの正義』から、あなたを守ること。それこそが、今の私が成すべき、唯一の贖罪。この身、あなたの『聖なる盾』として、お使いください」
その、あまりにも気高い覚悟に、アークは、静かに頷いた。
#### 鍛冶神の餞別
出発の前日。
一行は、ダグの鍛冶場を訪れていた。この数日間、彼の鍛冶場からは、一度も槌の音が途絶えることはなかった。
「……へっ、待たせたな」
目の下に濃い隈を作りながらも、その瞳を、人生で最高の満足感に輝かせ、ダグは、一行の前に、神話の武具と見紛うばかりの、見事な装備一式を並べてみせた。
アルフォンスの『陽だまりの心臓』は、より軽量で、より強靭な合金で打ち直され、その表面には、エルフの加護のルーンが、淡い光を放って刻まれている。
ミカエラの聖剣には、聖なる力と反発しない聖浄樹の木で作られた、美しい柄が取り付けられ、彼女の魔力を、以前の数倍にも増幅させるだろう。
カエルのブーツの裏には、どんな足音をも完全に消し去るという、特殊な苔が編み込まれていた。
それは、この村が持つ、全ての技術と、仲間たちの想いが結集した、最高の餞別だった。
#### 陽だまりの約束
出発の朝。村の門前には、全ての村人が集まっていた。
フィンが、もはや泣き虫の少年ではない、若きリーダーの顔つきで、アークの前に進み出た。
「アーク兄ちゃん、アル兄ちゃん。行ってらっしゃい」
彼は、深々と頭を下げた。
「アーク兄ちゃんが創ってくれたこの陽だまりは、**今度は僕らが守る番だ。**だから、皆は、安心して、世界中に、もっとたくさんの陽だまりを、**創ってきて!**」
その、あまりにも逞しく成長した友の姿に、アークは、心からの笑みで頷いた。
父は、ただ、強く、息子たちの肩を叩いた。母は、涙をこらえながら、二人の息子を、固く抱きしめた。
仲間たちの、全ての想いを背負い、一行は、最後の旅へと、その第一歩を踏み出した。
#### 竜の吐息
数ヶ月後。
大陸を横断する、壮大な旅の果てに。
一行は、ついに、世界の天井、『龍の背骨山脈』の麓へと、たどり着いた。
そこに広がっていたのは、彼らの想像を絶する、あまりにも荘厳で、あまりにも絶望的な光景だった。
山々は、もはや岩肌ですらない。天を突く、巨大な、古の竜の化石そのもの。
そして、彼らが目指す、唯一の登山口を、**終わりなき、純白の吹雪**が、完全に塞いでいた。
「……なんだ、あれは。雪、じゃない……?」
アルフォンスが、その、あまりにも異質な吹雪に、眉をひそめる。
ローランは、その顔から血の気を失い、古の伝承を、震える声で語った。
「……『竜の吐息』。古の竜たちが、死の間際に吐き出した、最後の生命と、そして、無念そのものが、数万年の時を経て、結晶化したもの。あれは、吹雪ではない。**時間の結晶**そのものです。生ある者が、あの一片にでも触れれば、その魂は、一瞬にして、数千年の時を喰らわれ、塵と化すと言われております……」
その言葉を証明するかのように、一羽の、不幸な渡り鳥が、その吹雪に僅かに触れた瞬間、パキン、と甲高い音を立てて水晶のように凍りつき、**次の瞬間には、音もなく、キラキラとした光の塵となって、風に消えた。**
物理的な力も、魔法の結界も、一切通用しない、絶対的な「理」の壁。
一行は、その、あまりにも美しく、あまりにも無慈悲な、世界の拒絶を前に、ただ、立ち尽くすしかなかった。
だが、アークは、その絶望的な光景を、恐れではなく、挑戦者の瞳で見つめていた。
彼の、深緑と白銀が混じり合う瞳には、時間の結晶が乱舞する、その吹雪の奥に、確かに見えていた。全ての龍脈が収束する、星へと続く、最後の道が。
「……すごいな。これが、世界の天井か」
彼は、仲間たちを振り返ると、不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。さあ、始めようか、みんな。天へと続く、僕らのための『階段』を、創る時間だ」
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