第88話:世界の夜明けと、創造主の眠り
#### 最後の儀式
エルフの隠れ里に、荘厳な静寂が満ちていた。
アークが調律した、究極の生命力フィールドの中心で、仲間たち全員が、固唾を飲んで、その瞬間を見守っている。
アークは、祭壇に置かれた、三つの『竜骨聖樹の器』の封印を、静かに、解き放った。
中から現れた、三つの『陰の世界樹の破片』が、ゆっくりと宙に浮かび上がる。
だが、次の瞬間。
三つの破片は、調和するどころか、互いを拒絶するかのように、禍々しい紫黒色の雷を放ち、激しく反発し始めた。
『ワタシコソガ、シンノワタシダ!』
『コノカナシミニ、チカヅクナ!』
『スベテヲ、ムに、カエス!』
数万年の孤独と、憎悪と、哀しみが、物理的な力を持った、魂の不協和音となって、聖域全体を、破壊の嵐で満たしていく。
#### 絆の盾
「――来るぞ!」
ローランの絶叫。
嵐の中から、凝縮された瘴気の槍が、儀式を続ける、無防備なアークへと、無数に射出される。
「――行かせるかァァッ!」
その全てを、アルフォンスが、その身を盾として、受け止めた。彼の、もはやボロボロになった大盾が、凄まじい音を立てて砕け散る。だが、彼は、一歩も引かなかった。
(弟に、世界の夜明けを創らせてやる! その為なら、この身が砕けようと!)
ディアナの護衛たちが、即座に、アルフォンスの前に、魔法の結界を展開する。
「行きなさい、パートナー! あなたの神話の、最後のページを、わたくしたちが、この身で守り抜く!」
カエルのクナイが、嵐の僅かな隙間を突き、瘴気の槍の軌道を逸らす。ローランの剣が、結界をすり抜けてきた、最後の脅威を、薙ぎ払う。
彼らは、ただ、信じていた。嵐の中心にいる、たった一人の少年が、必ず、この地獄を終わらせてくれることを。
#### 魂の調律
アークは、その嵐の中心で、静かに、目を閉じていた。
彼の魂は、三つの、あまりにも悲しい、孤独な魂に、寄り添っていた。
彼は、力でねじ伏せない。ただ、**共鳴**した。
古龍の魂が叫ぶ**『孤独』**に、彼は、仲間たちとの**『絆』**の温もりを。水葬の王女が流す**『哀しみ』**の涙に、彼は、母がくれた**『愛』**の優しさを。歪められた生命が放つ**『苦しみ』**に、彼は、自らが創り上げた、陽だまりの村の**『幸福』**の輝きを。彼は、毒を、薬で癒やすように、一つ一つの絶望を、自らの魂が持つ、温かい光で、包み込んでいった。
『――アア……アタタカイ……』
憎悪に満ちていた魂の叫びが、次第に、穏やかな、懐かしい音色へと、変わっていく。
嵐が、止んだ。
三つの破片は、互いを求め合うように、ゆっくりと、一つに、融合していく。
#### 創世の再設計
後に残されたのは、闇と光の全てを内包した、一つの、完璧な**『種子』**だった。
アークは、その種子を、震える手で、そっと、大地に植えた。
そして、自らの、残された、全ての生命力を、その一点へと、注ぎ込む。
彼の、輝く金色の髪が、その根元から、急速に、その輝きを失い、雪のような、純白へと、変わっていく。
彼の生命そのものが、魔力となって、種子へと注がれ、失われた神の、新たなる心臓となっているのだ。
「**『創世の再設計』**」
種子が、産声を上げた。
大地が、歓喜に震え、そこから、一本の、美しい苗木が、天を目指して、伸びていく。
その幹は、夜の闇よりも深い、黒檀。
その葉は、夜空の月よりも美しい、白銀。
失われた、世界の半身。『陰の世界樹』が、数万年の時を超えて、今、この地に、再生した瞬間だった。
遥か彼方、アークたちの故郷の森で。
黒紫色の瘴気を流し続けていた、母なる『陽の世界樹』が、その再生に共鳴し、その幹から、眩いばかりの、黄金色の光を、天へと放った。
ウルが、歓喜の鳴き声を上げる。彼の魂に、母からの、温かい、感謝の声が、確かに届いていた。
#### 創造主の眠り
世界の、夜明け。
その、あまりにも美しい光景の中心で。
アークは、全ての力を使い果たし、糸が切れたように、静かに、その場に、崩れ落ちた。
――数日後。
エルフの隠れ里は、歓喜に満ちていた。
月光樹が、完全な輝きを取り戻し、その光の中で、水晶の眠りについていたエルフたちが、一人、また一人と、永い眠りから、目覚め始めていた。
その、里の中心で。
一人の、雪のように、真っ白な髪を持つ少年が、月光樹の根元で、静かに、眠り続けていた。
その胸の上では、小さな相棒ウルが、主の心音に耳を澄ますように、幸せそうに、丸くなっている。
アルフォンスが、ディアナが、ローランが、そして、目覚めたばかりのエルフの長老が、その、あまりにも尊い寝顔を、静かに、見守っていた。
母が、その白い髪を、愛おしそうに、そっと撫でた。
「……おやすみなさい、アーク」
「ゆっくり、お眠りなさい、私の、世界一、勇敢な……」
彼女は、溢れ出す涙を、止めることができなかった。
「――創造主が、創ってくれた、この、優しい世界で」
母が、その白い髪を、愛おしそうに、そっと撫でた。
その瞬間、眠るアークの指先が、ほんのわずかに、動いた。そして、彼が触れていた、月光樹の根元から、一本の、とても小さな、金色の若葉が、希望の光のように、静かに、芽吹いた。
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