第83話:偽りの庭の設計図と、根の囁き
#### 鉄壁の門
アークの使命は、変わった。
ただ破片を盗み出すのではない。この偽りの楽園の、腐った根を断ち切り、レオのような犠牲者たちを、一人残らず救い出す。
その決意を胸に、アークとカエルは、改めて、聖庭園の地下へと続く、唯一の入り口を偵察していた。
そこは、もはや単なる扉ではなかった。
高さ5メートルはあろうかという、巨大な黒曜石の門。その表面には、見るだけで目が眩むような、複雑な対魔術のルーン文字が、青白い光を放って脈打っている。そして、その門の前には、感情というものを削ぎ落としたかのような、二体の屈強な神殿騎士が、石像のように、微動だにせず佇んでいた。
「……ダメだ」
物陰から、カエルが、絶望的に囁いた。「あの騎士たち、噂に聞く、教会の『聖別の番人』だ。まばたきすら、ほとんどしねぇ。そして、あの魔法結界……並の魔術師じゃ、触れることすらできんだろう。それに、門の周りの地面には、侵入者の魔力や体重を感知する、高位の『警報結界』が幾重にも張られている。鼠一匹、潜り込む隙もねぇ」
物理的にも、魔法的にも、完璧な鉄壁。
#### 二つの偵察
「……そうだね。力ずくじゃ、絶対に無理だ」
宿舎に戻ったアークは、静かに頷いた。「だから、力を使わずに、この門を開ける方法を探すんだ」
その日から、二人の、静かなる戦争が始まった。
カエルは、その本領を発揮した。
彼は、時に屋根裏の鼠となり、時に闇夜の梟となり、数日かけて、神殿騎士たちの、完璧に見えた警備体制の、微かな、しかし、確実な「綻び」を見つけ出していく。
二十四時間体制に見えた警備の、深夜の、ほんの数分だけ生じる、人員交代の隙。結界を維持する魔術師たちの、魔力補給のための、僅かな集中力の途切れ。
そして、アークは。
彼は、庭師見習い「アッシュ」として、これまでと変わらず、黙々と、雑草抜きの作業を続けていた。
だが、その意識は、遥か、大地の深淵へと、潜っていた。
#### 根の囁き
アークは、鉄壁の門の、すぐ足元に生えている、名もなき雑草の根に、自らの意識を同調させていた。
「**『根系網の盗聴』**」
彼の魂は、大地に張り巡らされた、巨大な耳と化した。
アークは、何日もの間、ただ、ひたすらに、大地に耳を澄ませていた。聞こえてくるのは、他愛もない雑談と、巡回の足音だけ。焦りが、心を支配しかけた、その時だった。
深夜、魔術師が交代する、ほんの一瞬の静寂。
その静寂を破り、彼の魂に、待ち望んだ**『囁き』**が、飛び込んできた。
結界を、一時的に解除するために唱えられる、ごく微かな、しかし、確かな「詠唱の言葉」。
『――偽りの月よ、その眠りを解き、真実の道を、一瞬だけ示せ』
アークの口元に、確信の笑みが浮かんだ。
#### 潜入の設計図
その夜。
宿舎の、小さなテーブルの上で、アークとカエルは、互いが集めた、全ての情報を、一つの「設計図」へと、落とし込んでいた。
カエルが突き止めた、警備が最も手薄になる、**「完璧な時間」**。
アークが盗み聞きした、結界を解除するための、**「完璧な言葉」**。
二つの、あり得ない情報が、組み合わさっていく。
「……すごいな、アーク様は」
カエルは、完成していく、あまりにも緻密で、大胆不敵な潜入計画に、心からの畏敬の念を込めて呟いた。
「……俺は、今まで、影として生き、影として死ぬことだけが、己の道だと思っていた。だが、アーク様。あなたの『光』を支える『影』になれるのなら、この命、惜しくはない」
「いや」
アークは、首を横に振った。
「僕一人じゃ、この設計図は描けなかった。カエルさんの、その目と耳があったからだよ。ありがとう」
その、あまりにも真っ直ぐな感謝の言葉に、カエルは、はにかむように、顔を伏せた。
全ての準備は、整った。
アークは、描き上げたばかりの設計図を、一度だけ見つめると、静かに、しかし、力強く言った。
「――行こうか。僕らの、本当の仕事を、始めよう」
次の日の、深夜。
月明かりすらない、新月の闇。
二つの、小さな影が、音もなく、偽りの聖庭園の、その最も神聖で、最も危険な場所へと、吸い込まれるように、消えていった。
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