第81話:白亜の王都と、偽りの聖域
#### 獅子の顎の中へ
レナトゥス王国の心臓部、王都。
その威容は、辺境育ちのアークとカエルの想像を、遥かに絶していた。
天を突く、何百という白亜の尖塔。磨き上げられた石畳の上を、貴族の豪華な馬車が、人々を分け隔てるように行き交う。その、圧倒的なまでの富と権力の光景の裏側で、裏路地に目を向ければ、痩せた子供たちが、物乞いをする姿があった。
そして、その全てを、まるで天上の神殿から見下ろすかのように、街の中心には、巨大な**『大聖堂』**が、絶対的な権威として君臨していた。
「……すごいな。街全体が、教会の手のひらの上にあるみたいだ」
アークは、栗色の髪の、平凡な少年の姿で、その光景を、静かに見上げていた。
二人は、街の喧騒から少し離れた、労働者向けの安宿に、小さな部屋を確保した。ここが、これから始まる、静かなる戦争の、最初の拠点だった。
#### 都市の根系網
その夜。
アークは、人々の寝静まった、王都の中央広場に、一人で立っていた。
広場の中心には、この都の、数百年の歴史を見守ってきたであろう、一本の、巨大なクスノキが、静かに佇んでいる。
アークは、周囲に誰もいないことを確認すると、その、ごつごつとした幹に、そっと、掌を触れた。
「……君が見てきた、この街の『流れ』を、教えて」
「**『都市の根系網』**」
アークの意識が、クスノキの根を通じて、地下へと、深く、そして、広く、広がっていく。
彼の魂は、この王都の、アスファルトの下に張り巡らされた、無数の、名もなき植物たちの、見えざるネットワークそのものと、一体化した。
――感じる。
大聖堂へと向かう、敬虔な信徒たちの足音が運ぶ、希望に満ちた**『光の流れ』**を。
だが同時に、裏路地の石畳の隙間で、誰にも見られることなく生きる雑草たちの、生きるだけで精一杯の、か細く、しかし、気高い**『生命の脈動』**も感じていた。
そして、そのどちらにも属さない、人工的で、生命を強制されているかのような、歪んだ**『悲鳴の流れ』**が、大聖堂の東側から、確かに響いてくる。
#### 偽りの聖域
翌日。
アークとカエルは、昨夜感じ取った、その「不協和音」の場所へと向かった。
そこで、彼らが目にしたのは、巨大な壁に囲まれた、広大な建設現場だった。
壁の向こうからは、本来この季節には咲くはずのない、色とりどりの花々が、不自然なまでに咲き誇っているのが見えた。その美しさは、どこか、魂のない造花のようだった。
壁に掲げられた、巨大な看板には、こう記されている。
『――神々の祝福、再び! 辺境の地に顕現せし「第九の精霊 森の聖霊」様の御業を、この王都に! 教会直轄 **『奇跡の聖庭園』**、まもなく開園! 庭園の造営に携わる、敬虔なる庭師、労働者を、広く募集す!――』
「……これか」
アークは、唇を噛み締めた。
教会は、アークの奇跡を、自らの「偽りの教え」へと、完全に取り込もうとしていた。この庭園は、そのための、巨大なプロパガンダ装置。そして、王女が遺した言葉――『人の欲望と、偽りの教え』。その全てが、今、この場所に、凝縮されている。
最後の破片は、間違いなく、この、偽りの聖域の、どこかに眠っている。
#### 潜入
「……行くしかない、みたいだね」
アークの、静かな決意に、カエルは、ただ、無言で頷いた。
その日の午後。
『奇跡の聖庭園』の、労働者募集の受付に、二人の、ごく平凡な男の姿があった。
「……名前は」
受付の、気だるそうな下級神官が、ぶっきらぼうに尋ねる。
「……アッシュです。こっちは、護衛の、カイ」
アークは、気弱な少年の声で、そう名乗った。
神官は、二人のみすぼらしい身なりを一瞥すると、興味もなさそうに、一枚の木札を、放り投げた。
「人手はいくらあっても足りん。明日から、東門に来い。お前らの仕事は、雑草抜きと、水運びだ」
アークは、その木札を、固く、握りしめた。
(雑草抜きと、水運びか。……面白い。この庭園の、本当の『雑-雑草』が誰なのか、教えてあげるよ)
それは、ただの労働許可証ではない。
敵の本拠地の、その心臓部へと至る、最初の「通行証」だった。
その日の夕暮れ。
庭師見習いとして、初めて、聖庭園の内部へと足を踏み入れたアーク。
彼は、誰にも気づかれぬよう、そっと、その、不自然なほどに青々とした芝生に、指先で触れた。
そして、その土の奥底に感じる、微かな、しかし、紛れもない、あの禍々しい気配に、確信と共に、戦慄した。
(……見つけた。こんな、場所に……)
(この、神を騙る偽りの奇跡。その、腐った根が養分としているのが、お前だったのか……!)
最後の戦いの舞台は、整った。
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