第78話:白き尋問官と、心根の看破
#### 尋問の舞台
「――あなた様が、神々の御業を、どのような**『理屈』**で、この地に顕現させておられるのか、その、深遠なる**『真実』**の、お話を」
司祭マティアスの、あまりにも丁寧な問いかけは、尋問の宣告のように、重く、冷たく、響き渡った。
アルフォンスが、その隠しきれない敵意に、咄嗟にアークの前に立とうとするのを、父が、静かな視線で制する。この場は、剣や斧が支配する戦場ではない。言葉と魂が交錯する、より高度な戦場なのだと、その目が語っていた。
アークは、その場で、子供らしい、無垢な笑顔を浮かべてみせた。
「お話、ですか。嬉しいな。でしたら、僕の一番のお気に入りの場所で、お話しさせてください。きっと、聖なる教会からいらしたマティアス様も、気に入ってくれると思うんです」
アークが、マティアスとその護衛たちを案内したのは、村の中心にある、**『聖浄樹の苗床』**だった。
何十本もの若木が、清浄な生命力を放ち、その根元では、奇跡の作物が、豊かに実っている。そこは、アークの力の象徴であり、彼の魂そのものとも言える、聖域。
彼は、自ら、この尋問の「舞台」を、完璧に設定したのだ。
マティアスは、その場所に満ちる、あまりにも清浄で、教会の聖堂すら凌駕しかねない神聖なマナに、その柔和な笑みの奥で、眉を僅かにひそめた。
#### 言葉の罠
聖浄樹の木陰に腰を下ろし、セーラが淹れたハーブティーを一口含んだ後、マティアスは、その本題を切り出した。
「素晴らしい。実に、素晴らしい場所です。ですが、アーク様、一つ、不思議なことが」
彼は、柔和な笑みを崩さぬまま、その剃刀のように鋭い瞳で、アークを見つめた。
「我が精霊教会の教えでは、世界は、火、水、風、土、光、闇、雷、氷の、八柱の偉大なる精霊様の御業によって成り立っております。ですが、あなた様のこの力……『木』の奇跡は、その、いずれの教えの中にも、存在しない。――教えてはいただけませんか? あなた様のその、偉大なる祝福は、一体、**いずれの神、あるいは、精霊様**から、授かったものですかな?」
それは、完璧な罠だった。
八柱の精霊の名を語れば、即座に嘘だと見抜かれるだろう。かといって、別の神の名を語れば、その瞬間に「異端」として断罪される。
ローランの額に、一筋の、冷たい汗が伝った。
だが、アークは、動じなかった。
彼は、足元の、聖浄樹の根に、誰にも気づかれぬよう、そっと、指先で触れていた。
「**『心根の看破』**」
彼の魂が、苗床の根のネットワークを通じて、マティアスの魂の「根」へと、静かに接続する。
マティアスの言葉は、どこまでも穏やかだ。だが、僕の指先から伝わる、彼の魂の『根』は、まるで氷のように冷たく、疑念と侮蔑という名の、鋭い棘を隠し持っているのが、はっきりとわかった。
#### 創造主の視点
アークは、ゆっくりと顔を上げると、困ったように、首を傾げてみせた。
「……神様? 精霊様? ごめんなさい、僕には、難しいことは、よくわかりません」
そして、彼は、目の前の、聖浄樹の葉を、一枚、優しく指で撫でた。
「僕に聞こえるのは、偉大な神様の声じゃありません。この、一枚の葉っぱが、『お日様の光が気持ちいい』って、喜んでいる声。あっちの苗木が、『お水がほしい』って、甘えている声。この、苗床全体が、みんなで一緒にいられて、嬉しいなって、笑っている声。ただ、それだけなんです」
彼は、マティアスを、真っ直ぐな瞳で見つめ返した。
「僕の力は、神様から授かったものじゃない。この子たちが、僕に、教えてくれるんです。どうすれば、自分たちが、もっと元気に、もっと幸せになれるのかを」
それは、精霊教会の教義を、否定も、肯定もしない。
ただ、その、矮小な人間の教義すらも、優しく包み込む、生命そのものの、あまりにも壮大な「理」の提示だった。
マティアスは、一瞬、言葉に詰まった。
目の前の少年は、「子供」という完璧な仮面の下で、まるで、世界の理を創った、創造主そのもののような視点から、物事を語っていたからだ。
彼は、話題を変えた。今度は、アークが生み出した『太陽のリンゴ』を指し示す。
「なるほど。では、アーク様。あの、見たこともない、黄金の果実は、どうですかな? 我が教会の、全ての文献を調べても、あのような植物の記録は、存在しない。あなたは、神にしか許されぬはずの、『生命の創造』を、行使なされたのではありませんか?」
それは、先ほどよりも、遥かに直接的な、「神への冒涜」という名の、断罪の刃だった。
だが、アークは、その刃を、いとも容易く、笑顔で受け流した。
彼は、苗床の向こうで、元気に駆け回り、アークイモを頬張っている、フィンたちの姿を、指し示した。
「神様、なんて、大それたものじゃありませんよ、マティアス様」
「僕がやったのは、ただ、昔からあった、寒さに強い木と、元気に育つ木を、一緒にしてあげただけ。そうすれば、この村の子供たちが、冬の間も、お腹いっぱい、甘い果物を食べられるかなって、思っただけなんです」
そして、アークは、究極の問いを、尋問官へと、静かに、突き返した。
「――マティアス様。教えてください。お腹を空かせた子供たちを、笑顔にすることは、そんなに、いけないこと、ですか?」
#### 静かなる宣戦布告
その、あまりにも純粋で、あまりにも根源的な問いかけを前に、マティアスは、ついに、完全に沈黙した。
彼の、いかなる神学論争も、いかなる異端審問の技術も、この、子供の笑顔という、絶対的な「正義」の前では、無力だった。
この村にいる限り、この、幸福に満ちた光景が広がる限り、彼を「異端」として断罪することは、不可能だ。それをすれば、民の幸福を否定する、教会こそが「悪」となる。
長い、長い沈黙の後。
マティアスは、ゆっくりと立ち上がると、これまでで、最も完璧な、聖職者の笑みを浮かべた。
「……素晴らしい。実に、素晴らしい、お話でした、アーク様」
その声には、もはや、一片の温かみもなかった。
「あなた様のお話、そして、この村で起きております『奇跡』の数々。責任を持って、教会の、上層部へと、報告させていただきます。ええ、一言一句、違わぬように、ね」
それは、事実上の、敗北宣言。
そして、同時に、この静かなる思想戦が、辺境の村という小さな盤上から、精霊教会の本拠地という、より大きく、より危険な盤上へと、移行したことを告げる、冷たい宣戦布告だった。
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