第75話:霊廟の守護者と、砕かれた円舞
#### 死の円舞
キィィィィン、と。
霊廟の守護者の、黒真珠の巨体が、その四本の腕を、ゆっくりと掲げた。
右の上腕には、全てを貫く水晶の**三叉槍**。右の下腕には、全てを断ち切る黒曜石の**長剣**。左の上腕には、全てを砕く鉄の**流星錘**。そして、左の下腕には、全てを阻む、虹色の真珠層の**大盾**。
次の瞬間、それは、悪夢の円舞となって、一行へと襲いかかった。
「――来るぞ!」
ローランの絶叫が響く。
守護者は、盾でカエルの矢を弾きながら、槍でアルフォンスの突撃をいなし、その隙に、剣がローランの死角を薙ぎ、鎖がアークを捕縛せんと伸びる。
まるで、四人の、寸分の狂いもなく連携する、歴戦の騎士団を、同時に相手にしているかのようだった。
いや、違う。それは、もはや戦闘ではなかった。完璧に計算され尽くした、殺戮のための**『アルゴリズム』**。一つの腕が攻撃すれば、他の三つの腕が、その攻撃によって生まれるであろう、あらゆる反撃の可能性を、予測し、事前に潰しているのだ。
アークの『植物脈のソナー』による未来予測がなければ、一行は、開戦数秒で、全滅していただろう。
「くそっ、硬ぇだけじゃねぇ! どこを狙っても、別の腕が守りやがる!」
アルフォンスの焦りの声が響く。
一行の完璧な連携ですら、守護者の、それを遥かに上回る「四位一体」の完璧な攻防の前には、ただ、じりじりと、絶望的な消耗戦を強いられるだけだった。
#### 瘴気の魔光線
そして、ついに、守護者が、その必殺の一撃を放つ。
四本の腕の動きが、ぴたりと止まる。胸の中心にある、ブラックホールのような核が、不気味なほどの静寂の後、急速に収縮を始めた。
「――まずい! 全員、伏せろ!」
アークの、魂の叫び。
次の瞬間、守護者の胸から、夜の闇そのものを凝縮したかのような、禍々しい紫色の**『瘴気の魔光線』**が、轟音と共に射出された。
一行は、紙一重で、その直撃を回避する。
だが、魔光線が掠めた、背後の古代遺跡の壁が、音もなく、塵となって、消滅した。
その、あまりにも絶対的な破壊力を前に、仲間たちの顔に、初めて、明確な「死」の影が落ちた。
ローランは、自らの戦術の全てが、この完璧な機械の前では無力であることを悟った。カエルの矢は、もはや嫌がらせにもならない。パーティの誰もが、その脳裏に、『全滅』という二文字を、はっきりと刻み込まれていた。
#### 一点突破の設計図
「……はぁ、はぁ……」
アルフォンスが、盾を構えながら、荒い息をつく。
(ダメだ……勝てねぇ。俺の盾じゃ、あの一撃は防げない。守れない。また、俺は……!)
絶望が、彼の心を支配しかけた、その時だった。
「――兄さん!」
アークの声が、彼の魂を、現実に引き戻した。
「勝てるよ。あいつは、完璧すぎる。だからこそ、たった一つの『綻び』で、全てが崩壊する!」
アークのソナーは、ただ敵の動きを読んでいたのではない。その、完璧な連携の「設計図」そのものを、逆解析していたのだ。
アークは、瘴気の余波で咳き込みながらも、叫んだ。
「兄さん、ローランさん、カエルさん! 聞いて! チャンスは一度きりだ! 全員で、奴の左腕、流星錘を持つ腕だけを狙う! 全ての攻撃を、そこに集中させて、僕に、コンマ一秒の隙を作ってくれ!」
#### 竜骨の封印樹
その、魂の叫びに、嘘はなかった。
「……面白い! その賭け、乗ったぜ、弟よ!」
アルフォンスの瞳に、再び、不屈の闘志の光が宿る。
「我らの若き王に、続け!」
ローランの号令の下、一行は、最後の、そして、最大の賭けに出た。
アルフォンスが、防御を捨て、渾身の力を込めた、捨て身の突撃を敢行する。守護者は、その動きに応じ、槍と剣、そして盾の三本を、アルフォンスの迎撃へと集中させた。
その、刹那。
ローランとカエルの、寸分の狂いもない連携攻撃が、守護者の足元を狙い、その体勢を、コンマ一秒だけ、ぐらつかせた。
――空いた。
四本の腕のうち、流星錘を持つ、左の上腕が、完全に、無防備に、晒される。
「――今だ!」
アークは、その、仲間たちが、命がけで創り出した、神の一瞬を、逃さない。
彼の手に、白く、そして、聖なる緑の光を放つ、『竜骨聖樹』の種子が、握り締められていた。
「喰らえ! これが、僕らの『理』だ! **『竜骨の封印樹』**!」
アークの手から放たれた種子は、光の矢となって、守護者の、左腕の関節部へと、深々と突き刺さった。
次の瞬間、守護者の体内から、奇跡が、芽吹いた。
突き刺さった種子が、黒真珠の硬い装甲を内側から食い破り、一本の、白く、神聖な**『竜骨聖樹』の木**となって、爆発的に成長を開始したのだ。
黒真珠の、冷たく、無機質な装甲を、内側から食い破って、温かい、生命の脈動を持つ、白き『竜骨聖樹』が、産声を上げた。機械仕掛けの関節を、生きた根が粉砕し、瘴気のエネルギーラインを、神聖な枝が浄化し、焼き切っていく。それは、無機質な**『死の円舞』**を、有機的な**『生命の侵食』**が、完全に打ち破った瞬間だった。
「ギ……ギギギ!?」
初めて、守護者の動きに、明確な「混乱」が生じた。
一本の腕を失ったことで、その完璧な円舞は、完全に崩壊した。動きは、ちぐはぐで、隙だらけ。
もはや、それは、ただの、的の大きい、壊れかけの自動人形だった。
「――終わりだァァァッ!!」
アルフォンスの、勝利の雄叫びが、聖域に響き渡った。
彼の、古のドワーフアックスが、がら空きになった、守護者の胸の核へと、怒りの全てを込めて、叩き込まれる。
パリンッ、と。
ブラックホールのような核が、甲高い悲鳴を上げて、粉々に砕け散った。
霊廟の守護者は、その動きを、完全に停止させると、やて、ただの、美しい珊瑚と、黒真珠の残骸となって、静かに崩れ落ちていった。
そして、その背後で、数千年の沈黙を守り続けていた、霊廟への、最後の扉が、ゴゴゴゴゴ……と、重い音を立てて、ゆっくりと、開かれ始めた。
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