第74話:共犯者の鍵と、深淵の衛兵
#### 共犯者の鍵
「大丈夫だよ、兄さん。この扉を開けるための『鍵』は、もう、とっくの昔に、ディアナさんが用意してくれているから」
アークの、あまりにも自信に満ちた言葉に、アルフォンスは呆気に取られた。
「ディアナさんが? 遥か遠くのザターラから、どうやって……」
アークは、悪戯っぽく笑うと、懐から、防水加工された、一枚の『ライナス和紙』を取り出した。それは、ディアナからの、最後の報告書だった。
「僕が、次の目的地が『水の都』だと伝えた、あの日。ディアナさんは、すぐに、銀月商会の全ての情報網と財力を動かして、この都に関する、ありとあらゆる文献や遺物を、世界中からかき集めてくれたんだ。吟遊詩人が歌う、忘れられた叙事詩から。禁書を扱う、闇市場の目録まで。城が一つ建つほどの金貨を、たった数日で溶かして、このたった一行の『言葉』を探し出してくれたんだ」
ローランが、その、あまりにも恐るべき手際の良さに、ゴクリと喉を鳴らす。
「そして、彼女が雇った最高の学者たちが、それらを解読して、この扉を開けるための、たった一つの『言葉』を見つけ出してくれた。これこそが、僕と彼女の、共犯関係の証だよ」
アークは、古代遺跡の巨大な扉の前に立つと、一度、深く息を吸い込んだ。そして、羊皮紙に記された、古の民の言葉を、静かに、しかし、はっきりと、紡ぎ始めた。
「――月影は、静かの海に、夢を見る」
その言葉が、聖域の空気に溶けた、瞬間。
これまで、数千年間、沈黙を続けていた扉の表面に刻まれた、無数のルーン文字が、一斉に、穏やかな蒼い光を放ち始めた。
ゴゴゴゴゴ……と、地響きを立てて、巨大な石の扉が、ゆっくりと、内側へと開かれていく。
#### 深淵の回廊
扉の先に広がっていたのは、幻想的な、しかし、どこか物悲しい、静寂の回廊だった。
壁には、月光苔よりもさらに青く、深く輝く『深海苔』が群生し、通路全体を、蒼い光で満たしている。天井からは、鍾乳石のように、巨大な水晶が垂れ下がり、壁面には、今は滅びた、水の民たちの、華やかな暮らしぶりを描いた、壮麗な壁画が、どこまでも続いていた。
「……すごい。まるで、竜宮城みたいだ」
アルフォンスが、その美しさに、感嘆の声を漏らす。
だが、その美しさとは裏腹に、回廊は、無数の分岐と、巧妙に隠された罠に満ちていた。
一行が、最初の分岐点で、どちらに進むべきか迷っていた、その時だった。
「……待って」
アークは、壁際にまで伸びてきていた、自らが創り出した『空気根』の一本に、そっと、手を触れた。
「**『植物脈のソナー(プラント・ソナー)』**」
彼の魔力が、根のネットワークを通じて、周囲の遺跡全体へと、波紋のように広がっていく。
アークの意識が、拡張された。石と珊瑚でできた無機質な世界が、緑色に輝く、生命の脈動のネットワークへと姿を変える。彼は、地図を見ているのではない。彼自身が、この遺跡の神経網そのものになったのだ。罠として設計された空洞の『沈黙』を、衛兵たちが放つ瘴気の『不協和音』を、そして、最深部で眠る、巨大な瘴気の『心臓』の鼓動すらも、彼は、その魂で、感じ取っていた。
「……こっちの道は、行き止まりだ。その先に、巨大な空洞がある。あっちの道は、罠があるね。床が抜けるみたいだ。……そして、三番目の道の先に、動くものが、三体」
その、あまりにもチート級の探索能力に、仲間たちは、もはや驚きもせず、ただ、感心したように頷くだけだった。
#### 深淵の衛兵
アークのソナーが示した通り、三番目の道の先。広々としたホールで、一行を待ち受けていたのは、三体の、美しい、人型の自動人形だった。
その体は、白く輝く珊瑚と、虹色に光る真珠層で形作られ、その手には、水晶でできた、鋭い三叉槍を握っている。
だが、その、芸術品のように美しい顔には、瞳があるべき場所がなく、代わりに、胸の中心にある核が、禍々しい紫色の瘴気を、不気味に明滅させていた。
「……あれが、『深淵の衛兵』か」
ローランが、警戒に声を低くする。
キィィィィン、と、甲高い起動音と共に、三体の衛兵が、アークたちを侵入者と認識する。
次の瞬間、彼らは、床を滑るのではなく、壁や天井を、重力を無視したかのような軌道で駆け巡り、三方から、同時に襲いかかってきた。
その動きは、機械的で、一切の無駄がなく、そして、一切の慈悲もなかった。
「来るぞ! 俺が前だ!」
アルフォンスが、ドワーフアックスを構え、一体の槍を、大盾で弾き返す。
ガキンッ!と、火花が散る。その硬度は、鋼鉄以上。
カエルが放った矢も、その滑らかな装甲に弾かれ、ローランの魔法ですら、その動きを、一瞬、鈍らせることしかできない。
#### 共犯者たちの連携
「――兄さん、右!」
「おう!」
アークのソナーによる、完璧な未来予測。それに応え、アルフォンスが、衛兵の、次なる攻撃地点に、先回りして斧を叩きつける。
一体が、体勢を崩した、その刹那。
「――今だ!」
カエルの矢が、寸分の狂いもなく、その衛兵の、胸の核を、深々と射抜いた。
瘴気の光が消え、美しい自動人形は、ガラガラと音を立てて、ただの珊瑚と真珠の残骸へと崩れ落ちた。
アークの「目」と、アルフォンスの「剣」、そして、カエルの「牙」。
ディアナとの知略戦で磨かれた、遠く離れた仲間との連携。それが、今、この深海のダンジョンで、完璧な戦闘術として、開花していた。
残る二体も、彼らの、完璧な連携の前には、敵ではなかった。
最初の戦闘を終え、一行は、アークのソナーを頼りに、遺跡の最深部へと、着実に進んでいく。
賢者の鱗が、これまで以上に、強く、熱く、脈打っている。
やがて、一行は、一つの、ひときわ巨大で、荘厳な扉の前に、たどり着いた。
扉の向こうから、これまでとは比較にならない、濃密な瘴気の気配が、漏れ出してきている。
そして、その扉を守るように、一体の、ひときわ巨大な『深淵の衛兵』が、静かに佇んでいた。
その体は、黒真珠で作られ、四本の腕を持ち、その全てに、異なる形状の、禍々しい武器を握っている。その威容は、もはやただの衛兵ではない。**『霊廟の守護者』**とでも呼ぶべき、王の風格をまとっていた。
胸の核は、もはや明滅してはいない。まるで、ブラックホールのように、周囲の光すらも吸い込みながら、静かに、しかし、力強く、脈打っていた。
「……どうやら、こいつが、この霊廟の、最後の番人らしいな」
アルフォンスが、斧を握り締め直す。
その、絶望的なまでの威圧感を前に、一行は、静かに、決意を固めるのだった。
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