第70話:最初の破片と、生命の器
#### 勝利の代償
絶対的な静寂が、浄化された古龍の墓場を支配していた。
一行は、疲れ果てた体を引きずり、ついに手に入れた最初の戦果――宙に浮かぶ、黒曜石のような**『陰の世界樹の破片』**へと、ゆっくりと近づいた。
だが、アークがその5メートル手前まで近づいた、その瞬間。
「――っぐ!?」
彼の全身を、魂の芯まで凍てつかせるような、強烈な悪寒と、それに宿る、数万年分の「哀しみ」の奔流が襲った。彼の足元の地面が、その瘴気に触れ、一瞬にして生命力を失い、黒く変色してひび割れていく。伸ばしかけた指先の血色が、僅かに失せるのを、アークは確かに感じ取った。
胸に抱かれたウルが、「きゅぅぅん!」と悲鳴のような鳴き声を上げ、アークのマントの奥へと必死に潜り込もうとする。
「アーク様、お下がりください!」
ローランが、厳しい声で制止する。
「その破片は、瘴気の源泉そのもの。生命力を持つ者が近づけば、魂そのものが吸い取られますぞ!」
一行は、愕然とした。
命がけでボスを倒し、ついに手に入れたはずの至宝。だがそれは、触れることすら叶わない、あまりにも危険な『呪物』だったのだ。
「どうするんだよ、これじゃ、持って帰れねぇじゃねぇか!」
アルフォンスの焦りの声が、静寂に響く。
このままここに留まれば、いずれまた別の魔物を引き寄せるだろう。だが、この破片を運ぼうとすれば、その道中で、一行全員が瘴気に蝕まれ、朽ち果てる。
勝利の直後に訪れた、完全なる手詰まりだった。
#### 叡智の融合
「……いや、方法はあるよ」
仲間たちの絶望的な視線を受けながら、アークは、静かに言った。
彼の目は、破片そのものではなく、その周囲の空間――浄化された古龍の骨と、自らが咲かせた聖浄樹の蔓が残る、この戦場全体を見つめていた。
(ダメだ、瘴気の放出量が桁違いだ。ただの箱では、箱ごと汚染されて崩壊する。遮断じゃない…封じ込めた上で、内側からエネルギーを『無害化』し続ける、自己完結型のシステムが必要だ。……待てよ、無害化? 聖浄樹の『浄化』能力。強靭な器? この戦場に眠る、『古龍の骨』…。……そうだ、できる!)
「危険なものを運ぶなら、それを完全に遮断する、完璧な『器』を創ればいい。幸い、最高の『材料』は、ここに揃っているからね」
アークは、仲間たちが見守る中、墓場の主が霧散した後に残された、ひときわ見事な**『古龍の牙の欠片』**を拾い上げた。そして、懐から、大切に保管していた**『聖浄樹の種子』**を、一粒取り出す。
彼は、その二つを、掌の上で、そっと重ね合わせた。
「**『種子合成』**!」
アークの魔力が、二つの、全く異なる理を持つ素材を、強引に、しかし、精緻に融合させていく。
数万年の時を経て、魔力と親和した古龍の骨が持つ**「強靭さ」**と**「魔力への絶対的な耐性」**。
聖浄樹が持つ**「生命力」**と**「瘴気を浄化する神聖な力」**。
その、相反する二つの力が、アークの魔力の中で、一つの完璧な調和へと至る。
彼の掌の中に生まれたのは、象牙のように白く、そして、淡い緑色の光の筋が脈打つ、一つの、全く新しい種子だった。
#### 生命の器
「……これが、『竜骨聖樹』の種だよ」
アークは、その種子を、破片の真下の地面に、そっと植えた。
そして、その大地に、再び、両手をかざす。今、彼が挑むのは、神の領域の創造魔法。
「来たれ! 闇を封じる、生命の器よ! **『植物成形(理)』**!」
アークの魂の叫びに、大地が応えた。
竜骨聖樹の種子が、爆発的な速度で芽吹き、成長していく。だが、それは、天を目指す木ではない。
白く、硬質な幹が、まるで熟練の職人が彫り上げたかのように、精緻な紋様を刻みながら、破片を包み込むように、美しい曲線を描いて伸びていく。その表面には、まるで古の封印の儀式のように、浄化のルーン文字が、ひとりでに浮かび上がっては、木肌に刻み込まれていく。そして、その幹に絡みつく緑の蔓は、まるで生命の脈動を可視化したかのように、穏やかな光を放ちながら、封印の器に『心臓』を与える。
ほんの数分後。そこに出現したのは、人頭大の破片を、寸分の狂いもなく内包する、美しい、卵型の**『封印の器』**だった。
器が完全に閉じた瞬間、周囲に満ちていた、あの禍々しい瘴気の気配が、嘘のように、完全に消え失せた。
アークが、その白く滑らかな器に、そっと触れる。それは、ひんやりとしながらも、確かに、温かい生命の脈動を宿していた。内側で荒れ狂う瘴気を、器自身が、絶えず吸収し、浄化し続けているのだ。
「……すげぇ……」
アルフォンスが、その、あまりにも美しく、あまりにも完璧な光景に、ただ、呆然と呟いた。
#### 次なる道標
安全を確保した一行は、その夜、久しぶりに安らかな休息を取った。
そして、アークは、ザターラで待つディアナへ、『契約樹の交信』で、全てを報告した。ディアナは、その神話のような戦果に、しばし絶句した後、魂からの歓喜と、全面的な支援を、改めて約束してくれた。
翌朝。
全ての準備を終えた一行は、次なる目的地を定めるため、再び、賢者の鱗を取り出した。
アークが魔力を注ぐと、鱗は、再び光の地図を映し出す。
今度は、灼熱の南方を示す光点ではなく、大陸の遥か東を示す光点が、明滅を始めた。
光の地図が映し出したのは、荒れ狂う嵐の海と、その中心に、まるで墓標のようにそびえ立つ、巨大な、古代遺跡の塔だった。
「……あれは」
地図を覗き込んだローランが、その顔を、これまで以上に、険しく歪めた。その目は、ただの地理情報ではなく、船乗りたちの間で囁かれる、血塗られた伝説そのものを見ていた。
「東の果て、『嵐の海域』。船乗りたちが、『船の墓場』と呼び、決して近づかぬ、呪われた海です。**その海域では、羅針盤は狂い、空は常に鉛色の雲に覆われ、海の魔物だけでなく、過去に沈んだ船乗りたちの亡霊すら彷徨うという……。**そして、あの塔は……数千年前に、海に沈んだと伝えられる、伝説の『水の都』の、名残……」
山から、海へ。
灼熱の大地から、荒れ狂う海原へ。
二つ目の破片を巡る、次なる冒険の舞台が、今、示された。
一行は、その、あまりにも過酷で、壮大な旅路を前に、静かに、決意を新たにするのだった。
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