第69話:墓場の主と、生命の鎮魂歌
#### 絶対的捕食者
古龍の墓場に、王が目覚めた。
虚ろな眼窩に深紅の鬼火を宿した『墓場の主』は、生命ある者への、数万年分の憎悪を込めて、絶叫した。
**キシャアアアアアアアアアアアッ!**
それは、ただの咆哮ではなかった。音の衝撃と共に、凝縮された瘴気の波動**『瘴気の咆哮』**が、一行へと襲いかかる。
「来るぞ!」
ローランの叫びと同時に、水晶の小鳥ルナが、一行の前に展開した。彼女の小さな体から、月光のような神聖な結界が広がり、瘴気の直撃をかろうじて防ぐ。だが、その衝撃だけで、パーティ全員の足がよろめき、魂が直接握り潰されるかのような、強烈な不快感が全身を襲った。
「小手先の技は通用せん! 俺が前に出る!」
アルフォンスが、瘴気の名残に顔を歪めながらも、敢然と前へ進み出た。
墓場の主は、その巨大な頭蓋を振りかぶり、アルフォンスへと叩きつける。
ゴウッ!と、空気が爆ぜるような轟音。アルフォンスは、ドワーフアックスの柄を大盾に添え、全体重をかけてその一撃を受け止める。彼の足元の地面が、蜘蛛の巣のように砕け散った。
「ぐっ……おおおおおおっ!」
(――来い! ジャイアント・ロックバグとは比べ物にならん、本物の『神話』の重さだ! だが、今の俺は、もうあの時の俺じゃない! この背中には、世界の未来を創る弟がいる。この盾は、絶対に砕かせん!)
骨の軋む音をさせながらも、彼は、確かに、その一撃を、耐えきってみせた。
#### 限界の戦い
戦いの火蓋は、切られた。
「怯むな! 奴の動きは大きい! 懐に潜り込み、体勢を崩す!」
ローランの的確な指揮が飛ぶ。
アルフォンスが、命がけで敵の攻撃を受け止め、巨大な的となる。その隙に、カエルが、壁面の肋骨を駆け上がり、鬼火のように揺らめく、眼窩の深紅の光へと、狙いを澄まして矢を放つ。
矢は、光に吸い込まれるように消えるが、その一瞬、墓場の主の動きが、確かに鈍った。
だが、決定打には、程遠い。
「キシャアアアアッ!」
再び、瘴気の咆哮が放たれる。ルナの結界が、悲鳴を上げてひび割れた。仲間たちの顔に、絶望の色が濃くなっていく。
このままでは、ジリ貧だ。いや、数分後には、全滅しているだろう。
#### 生命の賛歌
絶望的な戦況の中、アークだけが、冷静に、その戦いを分析していた。
(違う…戦う相手を、間違えていた。こいつは、敵じゃない。数万年の憎悪と瘴気に囚われた、『被害者』だ。この古龍の骸は、死の墓場なんかじゃない。弔われることなく、ただ、助けを求めて叫び続けていただけなんだ。だったら、僕がやるべきことは、破壊じゃない。――鎮魂だ!)
アークは、胸の護符を握りしめ、目を閉じた。
彼の意識が、再び、この古龍の骸、その全てへと、同調していく。
そして、その魂に、語りかけた。
(――もう、眠っていいんだよ)
アークの全身から、これまでのどの魔法とも比較にならない、温かく、そして、どこまでも優しい、生命そのものと言うべき、深緑の光が溢れ出した。
「**『世界樹の鎮魂歌』**!」
次の瞬間、奇跡が起こった。
どこからともなく、荘厳で、しかし、どこまでも優しい『歌』のようなものが、戦場に響き渡った。それは、音ではない。生命そのものが奏でる、魂への鎮魂歌。瘴気の冷たい波動が、その温かい旋律に触れて、雪のように溶けていく。
この古龍の墓場の、全ての「骨」から――地面の鱗から、壁面の肋骨から、天を突く牙から、一斉に、浄化の光を放つ、無数の聖浄樹の根と蔓が、芽吹いたのだ。
死せる神の骸が、生命の光に満たされていく。
そして、その、何万本という生命の奔流は、ただ一つの目標――『墓場の主』へと、殺到した。
「ギ……シャ……!?」
墓場の主は、その身を破壊するものではない、あまりにも温かい光に、戸惑うように動きを止める。
浄化の根と蔓は、その巨大な骨格を、まるで愛しい者を抱きしめるかのように、優しく、しかし、力強く、包み込んでいく。
そして、その動力源である、凝縮された瘴気を、内側から、根こそぎ、吸い上げ、浄化し始めた。
墓場の主の、虚ろな眼窩に宿っていた、憎悪の深紅の鬼火が、ゆっくりと、その色を変えていく。
やがて、その光は、嵐の後の、静かな夜空を思わせる、穏やかで、どこか哀しげな、青い光へと変わった。
それは、数万年の呪縛から解き放たれた、古龍の魂、そのものの輝きだった。
彼は、アークに向かって、一度だけ、静かに、その巨大な頭蓋を垂れた。それは、感謝の礼。
その瞬間、アークの脳裏にだけ、古の、しかし、穏やかな竜の声が、響き渡った。『……アリガトウ……ヤサシキ……オウ……』
そして、次の瞬間。
墓場の主の巨体は、音もなく、光の粒子となって、霧散していった。
#### 最初の破片
後に残されたのは、絶対的な静寂と、浄化された、清らかな空気だけだった。
そして、墓場の主がいた、その中心の空間に。
一つの、人頭大の、黒曜石のように、しかし、内側から、禍々しい紫色の光を放つ、**『陰の世界樹の破片』**が、静かに、宙に浮いていた。
賢者の鱗が、温かい光を放ち、その存在が、本物であることを、一行に告げていた。
「……やった……のか?」
アルフォンスが、呆然と呟く。
一行は、疲れ果て、その場に座り込みながらも、目の前の、最初の「戦果」を、ただ、見つめていた。
世界の半身を取り戻す旅。
その、あまりにも重い、最初の一歩は、確かに、今、成し遂げられたのだった。
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