第68話:龍の顎と、骨の飛竜
#### 古龍の墓場
陽炎の揺らめく荒野を越え、アーク一行は、ついに最初の目的地、『龍の顎』の入り口へとたどり着いた。
そこに広がっていたのは、彼らの想像を、あらゆる意味で裏切る光景だった。
「……これは、峡谷などではない」
ローランが、その声に、畏怖と戦慄を同時に滲ませて呟いた。
アルフォンスが何気なく触れた崖の表面。それは、冷たい石ではなかった。数万年の時を経て化石化した、紛れもない**『骨』**の感触だった。天を覆うアーチは、巨大な肋骨。大地に突き刺さる岩山は、風化した牙。
ここは、ただの地形ではない。遥か古の時代、神話の戦いの果てに斃れた、一体の古龍の骸。彼らは今、その巨大な顎の門から、死せる神の胎内へと、足を踏み入れようとしていたのだ。
空気は、硫黄の匂いと、そして、魂の芯まで凍てつかせるような、濃密な死の気配に満ちていた。
#### 死者の軍勢
一行が、古龍の肋骨に囲まれた、巨大な通路を進んでいく、その時だった。
カラン、コロン、と。
地面に散らばっていた、無数の骨の破片が、まるで意志を持ったかのように、ひとりでにカタカタと震え始めた。
「来るぞ! 総員、構えろ!」
アルフォンスの号令が響き渡る。
次の瞬間、大地に散らばっていた無数の骨が、禍々しい紫色の瘴気を放ちながら、宙へと舞い上がった。骨は、互いを求め、引き寄せ合うように結合し、瞬く間に、十数体もの、翼を持つ、悍ましい骨格の魔物へと姿を変えた。
「――骨の飛竜!」
カエルの、緊迫した声が飛ぶ。
キシャアアアアッ!
生命のない顎から、魂を削るような咆哮を上げ、骨の飛竜の群れが、一斉に、一行へと襲いかかった。
「怯むな! 隊列を崩すな!」
アルフォンスが、ドワーフアックスを振るい、一体の飛竜の頭蓋を粉砕する。だが、砕かれた骨は、すぐに周囲の瘴気を吸い寄せ、元の姿へと再生してしまう。
奴らは、ただの獣ではない。一体が陽動として突撃し、その隙に別の二体が側面から回り込むなど、明らかに統率の取れた動きを見せる。その虚ろな眼窩には、個としての意志ではなく、この墓場全体を支配する、一つの冷たい知性が宿っているかのようだった。
「ダメだ、キリがねぇ!」
物理攻撃が通用しにくい、不死の軍勢。一行は、瞬く間に、絶望的な消耗戦へと引きずり込まれていった。
#### 生命の浄化枷
絶望的な戦況の中、アークだけが、冷静に、敵の「理」を見抜いていた。
(……違う。敵は、この骨じゃない。この骨を、まるで傀儡のように操っている、あの紫色の『瘴気』そのものだ! 生命がないから、生命を創る僕の魔法は効かない? 馬鹿を言うな。生命がないなら、その動力源を、僕の『生命』の力で汚染し、乗っ取ってしまえばいい!)
彼は、懐から、聖浄樹の特性を持つ種子と、森で採取した、強靭な蔓植物の種子を取り出し、その掌の上で、二つを融合させる。
「兄さん、みんな! あと少しだけ、時間を稼いで!」
アークは、完成した、淡い緑色の光を放つ、新たな種子を、弓を構えるカエルに手渡した。
「カエルさん! この種子を、奴らの胸の、瘴気が一番濃い場所に、撃ち込んで!」
カエルは、一瞬の躊躇もなく、その神業的な弓術で、アークの指示通り、飛竜の胸部へと、次々と種子を撃ち込んでいく。
そして、アークが、その撃ち込まれた、全ての種子に向かって、手をかざした。
「芽吹け! **『生命の浄化枷』**!」
次の瞬間、戦場の理が、再び、覆った。
種子が撃ち込まれた、全ての飛竜の体内から、浄化の光を放つ、無数の緑色の茨が、爆発的に噴出したのだ。
茨は、骨の飛竜を内側から縛り上げる、生命の枷。それは、物理的に動きを封じるだけではない。骨を動かしていた動力源、禍々しい瘴気そのものを、養分として、貪欲に吸収し、浄化していく。
「ギ……シャ……ァ……」
力を失った骨の飛竜たちが、一体、また一体と、その結合を維持できなくなり、ガラガラと音を立てて、ただの骨の山へと崩れ落ちていった。
#### 墓場の主
不死の軍勢を、鮮やかな逆転劇で沈黙させた一行。
茨に吸収され、浄化された瘴気は、霧散するのではなく、まるで何かに引き寄せられるかのように、古龍の骸の、遥か奥へと、一筋の流れとなって吸い込まれていった。
アークが持つ、賢者の鱗が、これまでで、最も強く、そして、最も熱い光を放ち始めた。
そして、古龍の骸の、遥か奥。巨大な心臓があったであろう、巨大な空洞の中心で。
全ての瘴気をその身に集約させたかのように、一体の、ひときわ巨大な影が、ゆっくりと、その身を起こした。
それは、この古龍の、巨大な**頭蓋骨**と、長くしなやかな**背骨**だけで構成された、全長30メートルはあろうかという、この墓場の「主」。
その、虚ろな眼窩に、知性と、数千年の憎悪を宿した、深紅の鬼火が、静かに灯った。
そして、その視線は、確かに、アークたちを、捉えていた。
最初の破片を守る、最後の門番。
その、絶望的なまでの威圧感を前に、一行は、ゴクリと、乾いた喉を鳴らすしかなかった。
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