第67話:南への旅路と、陽炎の奇跡
#### 新たなる世界の夜明け
『理の森』への扉が、静かに背後で閉じる。
神話の時代から続く、壮大な使命のバトンを受け取った一行は、決意を新たに、エルフの隠れ里を後にした。
水晶の小鳥ルナを新たな仲間に加え、彼らは、自らが創り出した『経済回廊』を通り、数週間ぶりに、人々の営む世界へと帰還した。
一行が、山脈の出口に設定された合流地点にたどり着いた時、彼らを待っていたのは、息を呑むような光景だった。
そこには、銀月商会の美しい三日月の紋章を掲げた、十数台もの荷馬車からなる、大規模な補給部隊が、完璧な陣容で野営をしていたのだ。
「お待ちしておりました、アーク様、皆様」
部隊の責任者と名乗る、壮年の男が、深々と頭を下げる。
「我が主、ディアナ様より。皆様の次なる旅路に、我が商会の全てを以て、支援せよとの厳命にございます」
それだけではなかった。責任者は、汗だくのアルフォンスを一瞥すると、別の荷馬車から、見事な装飾が施された、軽量な金属鎧一式を差し出した。
「ディアナ様より、アルフォンス様へ。『北の鋼は、南の太陽には重すぎましょう』とのことでございます」
「……ははっ、すげぇな」
アルフォンスが、呆気にとられたように呟く。
アークとディアナ。二人の共犯者が交わした約束が、もはやただの言葉ではなく、現実に世界を動かす、巨大な力となっている。その事実を、誰もが、改めて実感していた。
#### 灼熱の洗礼
銀月商会の支援を受け、万全の準備を整えた一行は、最初の目的地、南方地方の『龍の顎』を目指し、長い旅路を開始した。
故郷である北方の、針葉樹の森と、厳しいが清浄な空気が、次第にその姿を変えていく。
広大な穀倉地帯を抜け、温暖な気候に育まれた、活気溢れる街を通り過ぎる。世界の広さと、人々の多様な営みを肌で感じながら、一行は、大陸を南へと進んでいった。
そして、旅が始まって一ヶ月が過ぎた頃。
彼らの前に、ついに、南方地方の、本当の顔が牙を剥いた。
緑の平原は、赤茶けた、乾ききった荒野へと姿を変え、大地からは、陽炎が、まるで亡霊のように立ち上っている。
「……くそっ、ディアナさんにもらった鎧じゃなきゃ、とっくに倒れてたぜ……」
軽装鎧をまとったアルフォンスの額からも、滝のような汗が流れ落ち、その呼吸は、明らかに荒くなっていた。
地面は卵が焼けるほどに熱せられ、揺らめく陽炎は視界を歪ませ、まるで世界そのものが熱に浮かされているかのようだった。水筒に残ったぬるい水を一口飲むことすら、躊躇われる。誰もが口には出さないが、このままオアシスを見つけられなければ、数日後には死が待っていることを、肌で感じていた。
#### 陽炎の奇跡
その夜、一行は、岩肌が剥き出しになった、荒涼とした大地で、火を囲んでいた。
「この暑さが続くとなると……水の補給が、今後の生命線となりますな」
ローランが、厳しい表情で呟く。
仲間たちの顔に、疲労と、かすかな不安の色が浮かぶ。
その時、アークが、静かに立ち上がった。その手には、いくつかの、奇妙な形をした種が握られている。
「大丈夫だよ、ローランさん。水がないなら、創ればいい」
アークは、少し離れた場所に歩いていくと、その乾ききった大地に、種を、一つ、一つ、丁寧に植えていった。
そして、その中心に膝をつくと、両手を、大地にかざした。
「**『種子合成』**、そして、**『植物育成(中)』**!」
彼が創り出したのは、前世の知識――砂漠に生きる植物の生態を元に、この世界の植物の特性を掛け合わせた、全く新しい魔法の植物。
夜の間に、空気中のわずかな水分を、その巨大な葉で集め、純粋な水として、幹の中心にある果実へと蓄える能力に特化した**『結露樹』**。
翌朝。
仲間たちが目を覚ました時、彼らは、自らの目を疑った。
昨夜まで、ただの荒野だったはずの場所に、十数本の、瑞々しい緑の葉を茂らせた、奇妙な、しかし、生命力に満ち溢れた木々からなる、小さな森が出現していたのだ。
周囲の空気は、昨夜までの灼熱が嘘のように、ひんやりと潤っている。そして、荒野の静寂を破り、葉末から滴り落ちる水の音だけが、まるで生命の音楽のように、優しく響いていた。
アルフォンスが、半信半疑で、その木に実っていた、水晶のように透き通った皮を持つ瓜のような果実を斧で断ち割る。
すると、その中から、まるで泉が湧き出るかのように、冷たく、清らかな水が、溢れ出した。
「水だ……!」「こんな、何もない場所から、水が!」「アーク様……!」
仲間たちの、歓喜の声が、荒野に響き渡った。
アークが、たった一夜で創り出した、陽炎の中の奇跡。それは、どんな過酷な環境であろうと、仲間たちの命を守り抜くという、彼の、揺るぎない覚悟の証明だった。
生命線を取り戻した一行は、決意を新たに、再び歩みを進める。
アークが持つ、賢者の鱗が、これまで以上に、温かい光を放ち始めた。
そして、陽炎が揺らめく、遥か彼方。
大地そのものが裂け、古の竜が天を喰らった痕跡とでも言うべき、二本の巨大な牙が、不吉な影を荒野に落としていた。
「……見えましたぞ」
ローランが、ゴクリと喉を鳴らす。
「あれが、古の竜すら生きては帰らぬと伝えられる、不毛の峡谷……**『龍の顎』**」
最初の目的地は、もう、目の前だった。
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