第63話:理の森と、真実の川
#### 世界の設計図
水のカーテンが左右に開かれ、その先に広がる光景に、アーク一行は完全に言葉を失った。
そこは、森ではなかった。
少なくとも、彼らが知る「森」という概念を、遥かに超越した場所だった。
巨大な樹木は、その枝を、まるで数学者が描いたかのように、完璧な黄金比の螺旋を描いて天へと伸ばしている。地面を流れる小川には、水ではなく、銀河の星々を溶かし込んだかのような、光の粒子がゆっくりと流れていた。空気は、ただ清浄なだけではない。吸い込むと、魂そのものの純度が、一段階引き上げられるかのような、濃密なマナで満ちていた。
「……すごい」
アークが、呆然と呟いた。
「まるで、世界が生まれる前の、神様の『設計図』の中に、迷い込んだみたいだ」
ルナの警告通り、ここは、人間の常識が通用する場所ではない。世界のあらゆる法則――**『理』**が、剥き出しのまま存在する、原初の聖域。
もしアークの『調律の護符』がなければ、常人では、この場に存在するだけで、魂そのものが世界の理に溶かされ、個を失ってしまうだろう。
一行は、自らが身につけた『調律の護符』が、温かい光を放ち、この世界の圧倒的なマナの奔流から、かろうじて自分たちの存在を守ってくれているのを、肌で感じていた。
#### 最初の試練
一行が、その異質な世界の光景に圧倒されながら、しばらく進んだ先。
彼らの行く手を、一本の、穏やかな川が遮っていた。
川幅は、十数メートルほど。流れも速くなく、一見すれば、容易に渡れそうに見える。
「俺が行こう」
護衛隊長アルフォンスが、その屈強な足で、川の浅瀬へと一歩、足を踏み入れた。
その、瞬間。
ドッ!という、目に見えない衝撃と共に、アルフォンスの巨体が、まるで巨人の掌で突き飛ばされたかのように、岸辺へと弾き返された。
「ぐっ……!? なんだ、これは……!?」
何度試しても、結果は同じだった。見えない壁が、物理的な侵入を、完全に拒絶している。ローランが投げ入れた石も、水面に触れることなく、弾き返される。
アークが試しに放った、岩をも砕くはずの『木の根』の魔法すら、川面に触れることなく、まるで存在しなかったかのように霧散してしまった。
それは、力でも、魔法でも越えられない、絶対的な「結界」だった。
#### 理との対話
仲間たちが途方に暮れる中、アークは、じっと、その光の川を見つめていた。
彼は、川が自分たちを「攻撃」しているのではないことに気づいていた。川は、ただ、そこに「在る」だけ。自らの「理」にそぐわないものを、ただ、受け付けないだけなのだ。
(……だったら、聞けばいいんだ。君が、何を求めているのかを)
アークは、川岸に膝をつくと、その、光が流れる水面に、そっと、指先を浸した。
そして、意識を集中させる。
「**『理との対話』**」
彼の魂が、川の理へと、問いかける。
『僕らは、君を壊しに来たわけじゃない。道を通してほしい』
すると、川のせせらぎが、アークの魂にだけ聞こえる「声」となって、応えた。
『――我は、偽りを映す鏡、真実を測る天秤。我が流れに身を委ねられるは、その魂に、一点の曇りなき“理”を宿す者のみ――』
アークは、全てを理解した。
この川を渡る唯一の方法。それは、自らがこの地を訪れた「理由」そのものを、この川に示し、その「純度」を、試されること。
#### 覚悟の証明
アークは、仲間たちに、川の理を説明した。
最初に、試練に挑んだのは、兄アルフォンスだった。
彼は、一度、深く呼吸をすると、覚悟を決めた目で、再び川へと足を踏み入れた。
彼の脳裏に、ただ一つの、純粋な想いが灯る。
(――俺は、弟を守る。この剣で、この盾で、アークが創る未来を、絶対に守り抜く!)
その、揺るぎない覚悟は、まるで鍛え上げられた鋼のような、揺るぎない銀色の光となって、その魂から放たれた。川は、その純粋な『守護の理』を受け入れ、道を開いた。
続いて、ローランが、カエルが、それぞれの覚悟を胸に、川を渡っていく。
『この若き王の行く末を、最後まで見届ける』
『アーク様に、この命を捧げる』
彼らの、偽りのない忠誠は、川の理に、確かに認められた。
そして、最後に、アークが、ウルを胸に抱き、川の中心へと、静かに足を踏み入れた。
彼の魂に宿る、たった一つの、原初の願い。
(――ウルの、お母さんを助けたい。瀕死の世界樹を、この森の、全ての生命を、僕の手で、必ず救う!)
その、あまりにも純粋で、あまりにも強大な「愛」という名の理に、川そのものが、歓喜の声を上げたかのように、眩いばかりの輝きを放った。川の光は、もはや彼を包むだけでなく、彼の魂が放つ生命の緑色の輝きに共鳴し、一つに溶け合っていった。
アークの脳裏に、まだ見ぬ、青々とした葉を茂らせる、健康な世界樹の、幸福な未来のビジョンが、一瞬だけ流れ込んできた。
それは、この森の理が、アークを、正当な「救い手」として、完全に認めた証だった。
最初の試練を乗り越え、川の対岸に立った一行。
彼らの目の前には、これまで以上に、神秘的で、荘厳な森が広がっていた。
そして、その森の、遥か奥深く。
霧の向こうに、まるで天を突くかのようにそびえ立つ、一本の、巨大な枯れ木のシルエットが、微かに、しかし、確かに見えていた。
それこそが、この森の理そのものを体現する、神話の賢者。『最初の眷属』が住まうという、伝説の**『世界樹の原木』**。
一行は、ゴクリと喉を鳴らすと、その、世界の理の最奥へと続く、次なる一歩を、踏み出すのだった。
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