第62話:最初の眷属と、理の森への扉
#### 陽光の朝
エルフの隠れ里に、穏やかな朝が訪れた。
月光樹から放たれる光は、もはや消え入りそうに明滅することなく、谷全体を、春の陽だまりのような、安定した優しい輝きで満たしていた。一行は、死闘の疲労と、張り詰めていた緊張から解放され、久しぶりに、心からの安息を味わっていた。
焚き火を囲み、カエルがエルフの里で採れた滋養豊かな木の実で作ったスープを啜りながら、一行は、水晶の小鳥ルナから、次なる目的地についての話を聞いていた。
「ルナ。君が言っていた、『最初の眷属』とは、一体何者なんだ?」
アークの問いに、ルナは、そのサファイアの瞳を、遠い過去を見つめるように細めた。
『理の森。そこは、この世界のあらゆる法則、すなわち“理”が生まれた、原初の聖域。時間すら、外の世界とは違う流れを持つ場所です』
ルナの、魂に直接響く声が、静かに紡がれる。
『そして、最初の眷属とは、我らが母なる世界樹が、その叡智を守り、その歴史を記録するために、自らの身から、最初に生み出した存在。神ではなく、しかし、誰よりも神に近い、森の記憶そのものが歩む姿。我々エルフですら、その存在を直接知る者はなく、ただ、最古の伝承に『理を識る者』として記されるのみ。森の図書館司書であり、悠久の時を生きる賢者です』
その、あまりにも壮大な物語に、ローランですら息を呑んだ。
「……つまり、我々は、神話そのものに会いに行く、というわけですかな」
『ええ』とルナは頷いた。『ですが、その賢者は、悠久の時の中で、世界への干渉を厭うようになりました。彼に助力を乞うには、まず、彼が住まう聖域、理の森に入らねばなりません。そして、その森は、自らの理にそぐわぬ者を、拒絶します』
#### 理への調律
力ずくでは、決して入れない。
その言葉の意味を、アークは即座に理解した。必要なのは、森を制圧する「力」ではない。森に受け入れられるための「資格」。
「……わかった。みんな、少しだけ時間をくれるかな」
アークは、仲間たちにそう告げると、一人、月光樹の元へと向かった。
彼は、その足元に落ちていた、水晶化した小さな枝を、一本だけ拾い上げる。
そして、その枝を、まるで音叉のように、そっと眉間に当て、目を閉じた。
彼の意識が、この聖域を支配する、清浄で、純粋なマナの「周波数」へと、同調していく。
アークの耳にだけ、この世界の始まりの音とも言うべき、どこまでも澄み切った、一つの『音階』が聞こえ始めた。
「**『理への調律』**」
それは、何かを創り出す魔法ではない。
世界の『音楽』を理解し、自らの魂という『楽器』を、その音楽の一部として完璧に調和させる、究極の受容と共感の魔法だった。
アークは、仲間たちの元へ戻ると、一人ひとりのために、小さな木の護符を創り始めた。月光樹の枝を核とし、その周りに、この里の植物の蔓を編み込んでいく。そして、仕上げに、彼が同調した、森の清浄な周波数を、その護符へと、静かに定着させていった。
「この『調律の護符』を、身につけていてほしい。そうすれば、森は、僕らを『異物』ではなく、『仲間』として、認識してくれるはずだ」
仲間たちは、その、淡い光を放つ護符を、それぞれの胸に、固い決意と共に身につけた。
アルフォンスは、護符から伝わる、まるでアーク自身の心音のような、温かい脈動を感じ、静かに頷いた。(また、お前に道を作ってもらうな、アーク)。ローランは、その護符に込められた、あまりにも高度で、神聖な魔法の理に、畏敬の念を禁じ得なかった。
#### 新たなる扉
全ての準備が、整った。
一行は、ルナの先導で、エルフの里の、さらに奥深く、これまで誰も近づかなかった、巨大な滝が流れる崖の前へとたどり着いた。
「この滝の向こうに、『理の森』への入り口があります」
ルナが告げた。
「どうやって、この滝を……?」
アルフォンスが問いかけた、その瞬間。
一行が身につけた『調律の護符』が、一斉に、淡い光を放ち始めた。
その光に応えるかのように、世界そのものが、一度、息を止めたかのような、絶対的な静寂が訪れた。轟音を立てて流れ落ちていたはずの巨大な滝が、まるで天から降ろされた、巨大な水のカーテンが、王の登場を前に、ゆっくりと開かれていくかのように、その水流を、左右に、二つに分かち始めたのだ。
そして、その中央に現れたのは、水に濡れることのない、世界の理へと続く、神聖な産道とも言うべき、洞窟への、静かなる入り口だった。
その、あまりにも神秘的で、荘厳な光景を前に、一行は、言葉を失う。
ルナが、一行を振り返り、静かに告げた。
『これより先、皆様の常識は、通用しないかもしれません。ですが、恐れずに。あなた方の心にある、世界樹を救いたいという、その純粋な“理”こそが、道標となるでしょう』
アークは、仲間たちの顔を見回し、そして、力強くうなずいた。
一行は、決意を胸に、世界の理が生まれた場所、『理の森』へと続く、その最初の扉を、くぐるのだった。
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