第61話:希望の設計図と、月の使い魔
#### タイムリミット
静寂に包まれたエルフの隠れ里。
弱々しく明滅を繰り返す月光樹の下で、アーク一行は、突きつけられた絶望的な現実に、言葉を失っていた。
「……つまり、我々は、ただ待つことしかできんのか」
アルフォンスが、絞り出すように言った。その手は、自慢の斧を強く握りしめていたが、その力が、このどうしようもない状況の前では、あまりに無力であることを痛感していた。 ローランも、その長い人生で培った叡智が、神の領域の寿命の前では何の意味もなさないことに、唇を噛み締めていた。
「森の奥深くにあるという世界樹が、奇跡でも起こして回復するのを。この、今にも消えそうな光の下で」
その言葉に応えるかのように、月光樹の光が、ふっ、と一際弱く揺めいた。まるで、風の中の蝋燭のように。
エルフたちが滅びるまでの、タイムリミット。その無慈悲なカウントダウンの音を、誰もが肌で感じていた。
「いや、違うよ、兄さん」
絶望的な沈黙を破ったのは、アークの、静かだが、揺るぎない声だった。
彼は、月光樹を、ただの木として見てはいなかった。彼の目には、それは、無数の配管とエネルギーラインで構成された、巨大で、精巧な**「生命維持装置」**として映っていた。
「どんな複雑な問題も、分解して、一つ一つ解決していけば、必ず道は見える。僕らは、二つの問題を、同時に解決しようとしていたんだ。『世界樹の根本治療』と、『エルフたちの延命』。でも、優先順位は、一つしかない」
アークは、仲間たちを真っ直ぐに見つめ返した。
「根本治療には、時間がかかる。だから、僕らはまず、この生命維持装置の、**応急処置**から始める。僕の魔法で、エルフたちが目覚めるまでの時間を、稼いでみせる!」
その、あまりにも頼もしい「設計士」の言葉に、仲間たちの瞳に、再び希望の光が宿った。
#### 月の使い魔
アークの計画は、こうだ。
世界樹からの生命力供給が途絶えかけているなら、外部から、新たなエネルギーを供給すればいい。幸い、この里には、まだ汚染されていない、清浄なマナが満ちている。その、最も純度の高いマナが集まる「源泉」を見つけ出し、月光樹へと繋ぐのだ。
一行は、ウルの羅針盤を頼りに、その「源泉」を探し始めた。
やがて、ウルに導かれてたどり着いたのは、里の奥にある、小さな泉が湧き出る洞窟だった。洞窟の空気は、これまで以上に清浄なマナで満たされている。
そして、その泉の中央、苔むした台座の上で、一体の、美しい「生き物」が、静かに眠っていた。
いや、それは、最初は生き物には見えなかった。まるで、悠久の時の中で結晶化した、一輪の水晶の華。
だが、アークの胸に抱かれたウルが、微かな神聖な気配を放った、その瞬間。その水晶の華が、カシャリ、と心地よい音を立てて花弁を開き、その中から、月光そのものを削り出して創られたかのような、透き通った小鳥が、ゆっくりと翼を広げたのだ。
その瞳は、サファイアのように、どこまでも蒼く、そして、深い叡智を宿していた。
小鳥は、翼を広げると、音もなく宙に浮かび、一行を警戒するように、静かに問いかけてきた。その声は、風鈴のように、直接、魂に響いた。
『……何者です、古の眠りを妨げるのは』
それは、エルフたちが、未来の救い手を導き、そして、この聖域を守るために遺した、魔法の使い魔**『月の使い魔』**だった。
ローランとアルフォンスが、咄嗟に身構える。
だが、アークは、その小鳥に敵意がないことを見抜いていた。彼は、一歩前に進み出ると、自らの胸に抱いていたウルを、そっと、両手で差し出した。
『僕らは、この子の母親を……世界樹を、救うために来ました』
水晶の小鳥――**ルナ**は、ウルの姿を認めると、そのサファイアの瞳を、驚きに見開いた。
彼女は、ウルの魂の奥にある、気高く、懐かしい、世界樹の分霊としての気配を、確かに感じ取ったのだ。
『……まさか。預言は、真だったのですね』
ルナの警戒は、確信へと変わった。彼女は、アークの周りを一度だけ旋回すると、静かに言った。
『わかりました。我が主たちが待ち望んだ、救い手よ。この聖域の力、あなたに貸しましょう』
#### 生命力のバイパス
ルナに導かれ、一行は、この洞窟こそが、里で最も清浄なマナが湧き出す「源泉」であることを知る。そして、そのマナは、泉の底に根を張る、三本の巨大な古木によって、大地に蓄えられているという。
全てのピースは、揃った。
アークは、月光樹と、泉の古木々の前に立った。
「兄さん、ローランさん、カエルさん。僕が魔法を使っている間、周囲の警戒をお願いします」
彼は、全神経を、その一点に集中させる。
「**『生命力の循環路創造』**!」
アークの両手が、眩いばかりの緑色の光を放つ。
彼の意志に応え、月光樹の根元と、泉に眠る三本の古木の根元から、光そのもので編まれたかのような、何本もの**『光る根』**が、地面を走り始めた。
光る根は、互いを求め、引き寄せ合うように伸びていく。そして、ついに、月光樹の根と、古木の根が、完全に連結された。
その瞬間、泉の古木が蓄えていた、膨大で、清浄な生命エネルギーが、光の奔流となって、バイパスを駆け巡り、月光樹へと、とうとうと流れ込んでいった。
それは、まるで枯れ果てた大地に、慈雨が降り注ぐかのようだった。
弱々しく明滅を繰り返していた月光樹の光が、次第に、力を取り戻していく。消え入りそうだった光は、もはや明滅することなく、穏やかで、安定した、優しい輝きを放ち始めた。
そして、その安定した光に応えるかのように、里に咲き誇る光る花々も、これまで以上に力強い輝きを取り戻し、谷全体が、まるで夜明けを迎えたかのように、希望の光に満ち溢れていった。
エルフたちが滅びるまでの、残酷なタイムリミットは、今、アークの、生命を繋ぐ奇跡によって、確かに停止されたのだ。
「……やった……!」
魔力を使い果たし、その場に膝をついたアークの周りに、仲間たちが駆け寄る。
誰もが、その奇跡的な光景に、安堵の涙を浮かべていた。
アークは、肩で息をしながら、目の前で静かにホバリングする、水晶の小鳥ルナを見上げた。
「……応急処置は、終わったよ。ルナ。さあ、世界樹を、完全に癒やす方法を、教えてほしい」
その問いに、ルナは、静かに、そして、重々しく、首を横に振った。
『その方法は、わたくしたちにも、わかりません。それは、月の民の叡智ではなく、大地の民の剛力でもなく、森の、始まりの記憶を持つ、最初の眷属の領域』
ルナは、アークの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
『それを知る、唯一の存在が、この森の、さらに奥深く……**『理の森』**の最奥で、あなたを待っています』
新たな謎。そして、次なる道標。
アークたちの、世界の真理へと迫る冒険は、まだ、その序章を終えたばかりだった。
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