第43話:地底の王都と、木の記憶
#### 光なき都
『沈黙の衣』をまとった一行は、地の底から響く、巨大な心臓の鼓動を背に、息を殺して、暗い坑道を進んでいった。
どれほど歩いただろうか。道の先に、微かな、しかし、確かな光が見え始める。一行は、希望を胸に、その光が漏れる、巨大な洞門へとたどり着く。
洞門を抜けた先に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
地平線の見えない、巨大な地下の大空洞。その天井には、無数の巨大な水晶が、星々のように青白い光を放っている。そして、その星明りに照らし出されて、眼下に広がるのは、壮麗な、しかし、誰一人いない、静寂に包まれた、**ドワーフの巨大都市**の遺跡だった。
#### 時が止まった都
一行は、畏敬の念と共に、その忘れられた王都へと、足を踏み入れた。
そこは、戦争や災害で破壊された廃墟ではなかった。まるで、昨日まで、人々がそこで暮らしていたかのような、時が止まった都だった。
「すごい……!」
フィンが、子供らしい感嘆の声を上げた。「まるで、国中のみんなが、かくれんぼしてるみたいだ!」
その、無邪気な言葉に、ダグが、厳しい表情で静かに首を振った。
「……かくれんぼ、だと? ちげぇな。見ろ、あの鍛冶場に作りかけの剣を。あれは、明日の仕事のために、熱を冷ましてる最中の鉄だ。……こいつらは、『明日が来る』ことを、微塵も疑っちゃいなかったんだ」
その言葉が、この都を襲った悲劇の「突然性」と「無慈悲さ」を、より鮮烈に、そして、より不気味に、一行に予感させた。
アルフォンスは、都を探索する中で、彼が手にしたドワーフの戦斧が、微かに、しかし、温かく「共鳴」しているのを感じていた。それは、まるで、故郷に帰ってきたことを喜ぶかのような、そして、その変わり果てた姿を悲しむかのような、不思議な脈動だった。彼が手にした武器が、ただの道具ではなく、この都の記憶を受け継ぐ、特別な遺産であることが、彼には、痛いほど伝わってきた。
#### 木の記憶
一行は、都の中央広場にたどり着く。そこには、天にそびえる水晶の光を浴びて、一本の、巨大な化石樹が、ひっそりと佇んでいた。
アークは、その、石のように硬化した、しかし、その奥底に、僅かな生命の記憶を宿す、古の木に、吸い寄せられるように、その手を触れた。
そして、彼は、これまでの魔法とは全く違う、新たな境地を試みる。
**『樹木の記憶』**。植物が見てきた、悠久の記憶の断片を、自らの魂に直接、ダウンロードする、あまりにも危険な魔法。
アークの脳内に、断片的な光景が、奔流となって流れ込む。
鎚の音と、陽気な歌声に満ちた、温かい都の日常。
地の底から響く、不気味な振動と、壁を走る、僅かな亀裂。
鳴り響く警鐘と、逃げ惑う、ドワーフたちの悲鳴。「奴が、目覚めた!」「下から、来るぞ!」
そして、最後の光景。都全体を、音もなく包み込む、全てを石へと変える、灰色の光の波。人々が、木々が、その表情を恐怖に歪ませたまま、一瞬にして、石化していく。
#### 真実と、次なる道
「うわぁぁっ!」
アークは、短い悲鳴を上げ、化石樹から弾き飛ばされるように、その場に倒れ込んだ。膨大な記憶と精神的な負荷に、彼の身体が耐えきれなかったのだ。
「アーク様!」
仲間たちが駆け寄る。アルフォンスが、弟の体を抱きかかえた時、彼は、息を呑んだ。
アークの、金色の髪。その、こめかみの辺りが、一筋だけ、まるで雪のように、真っ白に変色してしまっていたのだ。神の領域に触れた、そのあまりにも大きな代償が、彼の身に、不可逆的な「刻印」として、確かに刻まれた瞬間だった。
意識を取り戻したアークは、仲間たちに、自らが垣間見た、この都の、最後の日の記憶を、途切れ途切れに語る。『山の心臓』とは、ただのマナを喰らう獣ではない。その存在そのものが、生命を無機物へと変える、天災級の「石化」の能力を持つ、恐るべき存在であることを。
その、あまりにも絶望的な真実に、一行は言葉を失う。
百戦錬磨のローランですら、ゴクリと、乾いた喉を鳴らした。
「……剣も、魔法も、通用しない。ただ、そこに存在するだけで、生命を無に帰す、歩く天災。……それは、もはや『魔物』などではない。我々が対峙しようとしているのは、『神』そのものの、不機嫌なのかもしれん」
ローランが戦慄することで、読者は、『山の心臓』が、これまでのどんな敵とも、次元が違う、抗うことすら許されない、理不尽なまでの「格上」の存在であることを、心の底から理解し、絶望する。
だが、アークが見たのは、絶望だけではなかった。
「……道が、あった」
彼は、最後のビジョンを思い出す。石化の光に飲まれる、その直前。一人のドワーフの王が、民を逃すため、都の、さらに奥にある、巨大な門を開き、その先へと続く、地上へと向かう、螺旋状の道を、指し示していた光景を。
「この都の先に、出口がある。それこそが、『忘れられた王の道』の、本当の出口だ」
彼らの、当初の目的は、達成されようとしていた。
だが、アークの顔に、喜びはなかった。彼らは知ってしまったのだ。この道の先に待つのは、故郷への帰還だけではない。いつか、必ず、対峙しなければならない、あまりにも強大な、世界の理そのものに匹敵する、途方もない脅威の存在を。
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