第41話:過去の息吹と、癒やしの響き
奈落からの生還を果たした一行は、古のドワーフが遺した『地下庭園』で、気を失うように、丸一日、眠り続けた。
彼らが目を覚ました時、迎えてくれたのは、月光苔が放つ、穏やかな青白い光と、どこからか聞こえてくる、心地よい鈴のような音色だった。
それは、『癒やしの響き花』が奏でる、聖なる音楽。ただ心地よいだけではない。死闘の記憶が生んだ悪夢や、張り詰めた神経を、静かに、静かに、解きほぐしていく、魂への子守唄だった。
この聖域が、単なる回復ポイントではなく、キャラクターたちのPTSDすらも癒やす、魂の休息所であることを、誰もが、肌で感じていた。
数日間、一行は、この聖域で、穏やかな休息の時間を過ごした。
『癒やしの響き花』の音色の中で傷を癒やし、セーラが持たせてくれた食料と、庭に実る『岩根菜』で作った温かいスープで、体力を回復させていく。仲間たちの間には、死線を共に乗り越えた者だけが分かち合える、言葉にならない、深い絆が生まれていた。
#### 古の鍛冶場
体力が完全に回復した日、一行は、この巨大な地下施設の、本格的な探索を開始した。
アルフォンスは、自らが手にしたドワーフの戦斧に導かれるように、施設の奥深くにある、古の鍛冶場へと足を踏み入れた。
彼が鍛冶場に近づくにつれて、その手の中の戦斧が、微かに、しかし、確かに「脈動」し始めたのだ。それは、まるで、故郷に帰ってきたことを喜ぶかのような、温かい、魂の脈動だった。
そこは、数百年もの間、時が止まったかのような空間だった。見事な作りの鉄床や、壁に掛けられたままの、様々な種類の槌。アルフォンスは、この場所で、自らの武器が生まれたのだという、魂の共鳴のようなものを感じ、畏敬の念に打たれた。
そして、彼は、作業台の隅に、一冊の革張りの日誌が、ひそりと置かれているのを発見する。彼は、それが、この場所の謎を解く、重要な鍵であることを直感し、ローランの元へと持ち帰った。
#### ドワーフの最後の記録
その夜、焚き火を囲む中、ローランが、緊張した面持ちで、その日誌を読み解き始めた。
そこには、この『忘れられた王の道』が、いかにして作られ、山の民たちが、いかにこの地で繁栄したかが、生き生きと綴られていた。
しかし、物語は、ある時点から、不穏な影を帯び始める。地下深くで発見された、巨大な鉱脈。その採掘を進めるうちに、坑道の奥から、奇妙な「振動」が、記録されるようになる。
日誌の記述は、次第に、焦燥と、恐怖に満ちたものへと変わっていった。「我々は、あまりにも深く、掘りすぎた」「地の底で、何かが、目覚めようとしている」
#### 絶望の警告
ローランが、震える指で、日誌の最後のページをめくる。
そこに記されていたのは、インクではない、血を思わせる、赤黒い染みで書かれた、走り書きのような、悲痛な文字だった。所々が滲み、判読が困難な、その最後の伝言を、ローランは、声を絞り出すように読み上げた。
「……地の底から、奴の振動が、日に日に強くなる。我らが、あまりにも深く、掘りすぎた。もはや、我らの斧も、魔法も、奴には届かぬ。王の道を、ここで放棄する。我らの王よ、我らの欲望が、眠りし**『山の心臓』**を目覚めさせてしまったことを、どうか、お許しください……」
そして、そのページの最後に、インクが滲むような、絶望的な追記が、残されていた。
「――奴は、マナを喰らう」
その言葉を理解した瞬間、一行の脳を、凄まじい衝撃が撃ち抜いた。
あれほど心地よかった癒やしの響き花の音色が、自らの死を告げる警鐘のように聞こえ始めた。
あれほど美しかった月光苔の光が、巨大な獣の顎の中で、己を照らし出す、無慈悲な照明のように感じられた。
アークの、木魔法。ウルの、神聖な力。そして、この『地下庭園』そのものが放つ、清浄な魔力。
それら全てが、この山の主を、さらに強大にさせ、そして、自分たちの元へと引き寄せる、最高の「餌」でしかないという、あまりにも残酷な事実。
安息の地は、一瞬にして、檻へと姿を変えた。
彼らが、安息の地だと思っていたこの場所は、実は、巨大な獣の顎の上で、最も目立つ、光り輝く餌だったのだ。
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