第4話:小さな収穫祭と、笑顔の食卓
秘密の畑に種イモを植えてから、アークの日課が一つ増えた。
毎朝、誰よりも早く起き、畑の様子を見に行くことだ。
「すごい……」
アークは思わず感嘆の声を漏らした。
種イモを植えてから、まだ三日しか経っていない。それなのに、土の表面からは、力強い双葉がいくつも顔を出していたのだ。
前世のジャガイモでは考えられないほどの、異常な成長速度。
(これが、僕の魔力と、この世界の生命力の力……!)
確かな手応えを感じたアークは、それから毎日、魔力筋トレで回復した魔力の一部を、慈しむように畑へと注ぎ続けた。
彼の『植物育成(小)』の魔法を受けたジャガイモは、その期待に応えるかのように、ぐんぐんと成長していく。
青々とした葉を茂らせ、小さな白い花を咲かせ、辺境の短い夏の日差しを貪欲なまでに吸収していった。
そして、種イモを植えてから約一ヶ月後。
茎や葉が少し枯れ始め、収穫の時期が来たことを告げていた。
「よし……!」
アークは意を決して、これも木魔法でこっそり作った粗末な木のシャベルを手に、秘密の畑の土へと差し込んだ。
期待と、ほんの少しの不安が入り混じった、緊張の一瞬。
ザクッとシャベルを土に差し込み、ぐっと力を込めて掘り返す。
すると、ふかふかに改良された土がもこりと盛り上がり、その下から、まるで地中の宝石を掘り当てたかのように、艶やかなイモが姿を現した。
「うわっ……!」
土を払いのけると、そこには丸々と太ったイモが、一つの茎から大家族のようにゴロゴロと連なっていたのだ。
大きさは、どれもアークの握り拳ほどもある。たった一つの小さな種イモから、軽く二十個以上は収穫できそうだった。
(大成功だ……!これなら……!)
アークは泥だらけになるのも構わず、夢中でイモを掘り出していく。
収穫したイモは、とても一人では抱えきれないほどの量になった。
問題は、これをどうやって家族に食べさせるか、だ。
「僕が魔法で作りました」などと言えるはずもない。
考え抜いた末、アークは一番信頼できる人物に助けを求めることにした。
収穫したイモの中から特に出来の良いものを数個だけ布に包み、彼は厨房にいるギデオンの元へと向かった。
「ギデオン、ちょっとお願いがあるんだけど」
「おや、アーク坊ちゃま。どうなさいましたかな?」
調理台を磨いていたギデオンは、優しい笑顔で振り返る。
アークはおずおずと布包みを差し出した。
「あのね、屋敷の裏の森を散歩してたら、これ、見つけたんだ。見たことないイモなんだけど……毒がないか、少しだけ試してもらえないかな?」
子供らしい言い訳に、ギデオンは目を細めた。
彼は布包みを受け取ると、中から現れた見慣れないイモに少しだけ眉をひそめる。
「ほう……これは確かに、辺境イモとは全く違いますな。……しかし、得体の知れないものを奥様方にお出しするわけには……」
「お願い! もし毒がなかったら、きっと美味しいと思うんだ!」
アークが必死に食い下がると、孫の頼みを断れないお爺さんのように、ギデオンは「やれやれ」と肩をすくめた。
一番素材の味が分かるようにと、彼はそれをシンプルに蒸し上げることにしたようだ。
やがて、厨房に香ばしい匂いが立ち上り始める。辺境イモを茹でた時の、土臭い匂いとは全く違う、食欲をそそる甘い香り。
湯気の上がった蒸し器から、黄金色に輝くイモが姿を現した。
ギデオンは用心深く、まずは爪の先ほどの量を口に含む。
そして、次の瞬間。
彼の目が、カッと見開かれた。
「こ、これは……ッ!?」
ギデオンは信じられないといった表情で、今度はもっと大きな欠片を口に放り込む。
そして、その場で完全に動きを止めた。
「……な、なんという……! なんというホクホクとした食感! 舌の上でとろけるように崩れ、噛むほどに優しい甘みが口いっぱいに広がりますぞ……! 筋っぽさなど微塵もなく、土の香りすらも上品……。芋という食材が持つ可能性の、全てがこの一つに凝縮されている……! これは、もはやただの芋ではございません。これは……天上の恵みですぞッ!」
老執事は、長年の料理人人生のすべてを懸けて、最大級の賛辞を叫んだ。
その日の夕食。
食卓には、いつもの辺境イモのスープと並んで、こんがりと焼き色のついた『天上の恵み』が大皿に乗せられていた。目を爛々と輝かせたギデオンが、アークが「森で見つけた」という体で、家族に料理を勧める。
最初に声を上げたのは、母だった。
「まあ……美味しい……。こんなにホクホクで、甘いおイモ、初めていただきましたわ」
続いて、兄のアルフォンスが目を丸くした。
「うまっ! なんだこれ! 辺境イモの100倍うまいぞ! ギデオン、おかわり!」
そして、最後に父が、無言で二つ目のイモを口へと運った。
アークは息を呑む。母や兄の称賛も嬉しい。だが、元騎士であり、この家の誰よりも厳格な父に認められてこそ、本当の成功だと感じていた。
父はゆっくりと咀嚼し、飲み込むと、深く一度だけ頷く。
そして、アークの方を真っ直ぐに見つめて、静かに、だがはっきりと言った。
「……アーク、よくやった」
その短い一言が、どんな賛辞よりもアークの心に響いた。
自分の知識と魔法が、また一つ、家族を笑顔にした。
皆が「美味しい、美味しい」と言いながら、幸せそうに食卓を囲んでいる。アークがずっと見たかった、夢のような光景だった。
「なあアーク、このイモ、なんて名前なんだ?」
「アークが見つけたんだから、『アークイモ』だな!」
兄が笑いながら言うと、母も「素敵な名前ですわね」と微笑んだ。
こうして、後に辺境の食卓を、そして人々の運命をも変えることになる『アークイモ』が、この世に誕生した瞬間だった。
この『アークイモ』の安定生産、そしてその先に見据えるのは、村全体の食糧事情の改善だ。
この温かい食卓を、家族だけでなく、村の皆と分かち合う。そのための、次なる設計図が、アークの頭の中ではすでに描かれ始めていた。
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